第68話 聖堂教会~襲撃
教皇や枢機卿をはじめとした聖堂教会の上層部は、魔の森に突然あらわれた集落に困惑していた。出入りの商人からの断片的な情報で集落ではなく街、都市、要塞などという眉唾なものまである。10日前に勇者召喚をして有象無象を棄ててきたときには何もなかった森の中なのだ。しかもよりによって魔王国と交易を始めたという。創世の女神と聖堂教会の教義に反する決して赦せる行為ではない。
聖堂教会は暗部による通商破壊を決定。10人以上で不可思議な呪いが発動することは商人や密偵などから聞いており、先ずは8人の暗部と1人の現地連絡員による9人での破壊工作を行ったが、たまたま居合わせた所属不明のシスターにより潰滅。襲撃は失敗に終わる。
この時、捕らえられた襲撃部隊の9人は、貴重な装備をすみやかに剥ぎ取られ、全身の毛穴を開くという拷問(毛穴まで徹底洗浄)を受けた。さらに負傷や古傷などの女神の試練を邪法により消され(治療)、教義に反する衣をまとい(清潔なインナー)、悪魔により供された美味しい食事を口にさせられた。
そして都市からは「お帰りはあちらです。速やかにお帰りください。」と言われて解放された。
教会に報告に戻った暗部たちは唖然としており、以前の鬼気迫る気迫は微塵も感じなくなっていた。それどころか、大聖堂の分厚い重装扉を開けた瞬間――
「ぐああぁぁぁッ!? な、なんだこの猛烈な激臭はぁぁッ!!」
「目が、目が焼けるように痛いッ! 息が吸えない……っ!」
「あ、悪魔の呪いだぁぁぁッ! 鼻腔が粉砕されるぅぅッ!」
長年住みなれたはずの大聖堂に充満する、蓄積された汗と皮脂、雑菌、そして生乾きの衣服から発せられる濃厚な「日常の体臭」が、完全に分子レベルで洗浄され五感が研ぎ澄まされた暗部たちの鼻腔を容赦なく破壊したのだ。彼らは泡を吹いてその場に悶絶した。
彼らは後日、内勤から巡回司祭という閑職へ転属願いを出すこととなる。
暗部組織による通商破壊から数日後、勇者パーティーと後続の本体500人による攻略本体による侵攻が行われた。この時も水濠端にいたシスターによる10人ルールにより呪いが発動。あろうことか召喚した勇者・聖女・賢者を奪い去られる大失態を犯している。責任者は拘束し牢につないでいる。
尚、攻略本体は勇者達を除き一兵も失うことなく前回同様に装備を回収され、洗浄され、病気や怪我を治療され、衣類を支給され、食事を与えられた上で「お帰りはあちらです。速やかにお帰りください。」とあっけなく送り返されたのだった。
当然ながら扉を開けた瞬間に500人が悶絶し、苦しむ様子は教会関係者を震撼させた。
「わからない、理解できない。兵を傷つけず全員を返す意味は何だ?」
「それに何だ、あの呪いは!」
三回目、最高の軍師による侵攻も失敗。
装備を没収され徹底的に洗浄され、病気や怪我、古傷や失明などの治療を受け、清潔なインナーと美味しい食事を無理やり知らされて解放された兵士たち。
そして彼らもまた、無傷で健やかな身体のまま大聖堂へと帰り着き、重々しい扉を開けた瞬間に揃って崩れ落ちた。
「おえぇぇぇッ!! ごふっ……! く、腐っている……空気が腐っているぞ!!」
「助けてくれ! 息に……息がぁぁぁッ!」
「これが悪魔のニオイかかぁぁッ!!」
完璧に清めてリセットされた肉体で戻ってきた兵士たちにとって、かつて当たり前だった大聖堂の不衛生な空気は、文字通り「耐え難い地獄の毒気」へと変貌していた。
密閉された部屋に恐怖し、人との接近に怯え、唯一の娯楽だった食事に落胆する姿は教会関係者に深い恐怖を植え付けた。
以降、聖堂教会は交易都市を接触不可案件とし、しばらくの間関わりを絶つことになる。
「わかりません……わかりませんぞ! 兵を一切傷つけず、傷や病まで癒やして返してくるとは、一体奴らは何を企んでいるのだ!?」
大聖堂の奥深く、最高会議室に集まった教皇と枢機卿たちは、頭を抱えて慄いていた。
戻ってきた暗部も、500人の兵士たちも、肉体はかつてないほど健康的で健やかそのものである。しかし彼らは大聖堂に足を踏み入れた瞬間、まるで猛毒でも浴びたかのように激しく悶絶し、「空気が腐っている」「鼻腔が砕ける」と叫んで泡を吹いて倒れてしまうのだ。
「……間違いない。これは肉体ではなく『精神と知覚』を歪める、悪魔の高度な精神汚染攻撃(精神毒)だ!」
一人の枢機卿が拳を打ち鳴らし、大真面目な顔で叫んだ。
「奴らは兵たちの五感を異常に過敏にさせ、我が聖なる大聖堂の『神聖な空気』を『邪悪な毒気』と錯覚させる禁忌の呪いをかけたのだ! なんという恐ろしい、陰湿な悪魔の知恵……!」
「な、なんだと……!? では、大聖堂の神聖なる空間が侵されているというのか!?」
教会上層部は即座に「悪魔の精神汚染対策」を開始した。
まず、大聖堂全体に『高濃度聖水』の散布が命じられた。
修道士たちが総出で、聖水を床や壁、天井に撒き散らす。しかし、ただでさえ蓄積された汗や皮脂の汚れに大量の聖水(ただの水)が加わったことで、大聖堂の湿度は100%近くにまで跳ね上がり、じめじめとした強烈なカビ臭と生乾き臭が爆発的に増幅された。
さらに教皇は、結界師たちを総動員して『広域精神防御魔導結界』を展開。外気との途絶を図り、大聖堂を完全密閉空間へと変えた。
換気すら遮断された結果、湿気と熟成された体臭、そして生乾きの猛臭が逃げ場を失い、大聖堂内部はもはや生物が生存できないレベルの「熟成された高濃度温室」へと変貌を遂げたのである。
「これで悪魔の精神攻撃は遮断された! さあ、兵たちよ、大聖堂へ戻るのだ!」
結界の完成を誇らしげに宣言し、扉を開け放つ教皇。
しかし、待機させられていた兵士たちがそこに足を踏み入れた瞬間――
「「「ぐわあああぁぁぁッッ!!!???」」」
先ほどまでの比ではない、目を焼き鼻を粉砕する「超・濃縮温室生乾き臭」が襲いかかった。
先頭の兵士たちは叫び声をあげる間もなく白目をむいて崩れ落ち、後続の者たちは「毒だ! 毒だーッ!」とパニックを起こして逃走。あまりの惨状に、陣頭指揮を執っていた枢機卿までもが「ぐふっ……!? こ、コレが……悪魔の……真の力……」と胸を押さえて膝をついた。
「バ、バカな……! 聖水を撒き、結界で満たしたはずの大聖堂が、なぜこれほどまでに邪悪な毒気で満ちているのだ……!?」
教皇たちは、増幅され知覚可能になった臭いに震える手で鼻を覆い、涙目になりながら絶望に打ちひしがれた。
彼らには最後まで理解できなかった。悪魔の恐ろしい呪いなど存在せず、ただ自分たちの溜め込んだ長年の汚れと、見当違いな対策によって自爆しただけだという事実には。
以降、聖堂教会は交易都市を「絶対接触不可案件」に指定し、静かにその関わりを絶つこととなる。
【作者より】
……いつの間にか、話が大きくなってました。
作者は次のプロット、何も考えてません。
……それは作者もわからない……




