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第61話 学校~知識チート

交易都市の人口急増に伴い、学校は異世界からの移住者の子供たちにも門戸を開くことになった。


もっとも、中高生世代の多くはすでに自立して働いているため、新設されたクラスのメインは小学生ほどの子供たちだ。

新入生たちが目を輝かせて見上げるのは、上級生である日本の男子中高生たちだった。


かつての彼らは、異世界転移に浮かれ「チート能力」を夢見ては空回りする存在だった。しかし、自らの甘さを省みて一から真剣に努力を始めてからは、劇的な変貌を遂げている。


陰で泥臭く努力を重ねつつも、表面上は決して威張らない。

その背中は、幼い新入生たちの目に格好よく映っていた。

そんな男子たちの変化を、同世代の日本の女子たちも驚きつつ、どこか好ましく見守っている。


そんな中、魔物や盗賊から商人を護衛する状況を想定した、シミュレーション形式の演習授業が行われた。演習が始まるやいなや、男子たちは臨機応変で無駄のない戦術を次々と展開していく。

敵を意図的に狭い道へ誘い込んで包囲する「釣り野伏せ」、風魔法で火力を爆発的に増幅させる「火炎竜巻」、周囲の馬車や荷車を素早く組み合わせた「簡易陣地の構築」。

それらは彼らがかつて漫画やライトノベルで培った知識を、地道な練習によって実用レベルへ昇華させたものだった。


その光景を、演習の見学席から見つめる一群がいた。実戦や商売の厳しさを身をもって知る「商家子女」たちである。当初、彼女たちにとって日本の男子学生らは「能力も頼りなく、実家や商会の後ろ盾もない存在」であり、価値ある「婿候補(獲物)」の選択肢からは完全に除外されていた。しかし、目の前で展開される即興の陣地構築や高度な戦術に、彼女たちの目は一変する。


「あの馬車を使った陣地構築……即興にしては手際が良すぎるわ。商隊の護衛として即戦力どころの話じゃない……」

「知識も度量もある。将来の商会を支える婿として、喉から手が出るほど欲しいわね……」


冷徹な計算のもと、商家子女たちの瞳に鋭い「獲物を狙う光」が宿る。同じく見学していた三姉妹も、彼らの洗練された立ち回りと無駄のない動きに深い興味を示していた。

演習が終わり、男子たちが道具の片付けを始めると、誰よりも早く駆け寄ってくる影があった。魔法への探求心が人一倍強い、三姉妹の三女シュティトである。


「ちょっと、あなたたち! さっきの『火炎竜巻』、どうやったの!?」

シュティトは興奮を隠せない様子で、男子学生たちの前に立ちはだかり、詰め寄った。


「ただ風で火を煽るだけじゃ、あんな渦を巻き起こして火力を爆発的に上げるなんて不可能なはずよ! 一体どんな術式を使ったの? 隠さずに教えなさい!」

突如として距離を詰めてきた美女の迫力に、男子たちは一瞬たじろぎつつも、互いに顔を見合わせた。大層な魔術の秘伝でも聞かれたのかと思いきや、彼らにとっては学校の理科で習った「当たり前の知識」だったからだ。


「いや、秘伝とか術式ってほどのもんじゃなくて……ただの『燃焼の仕組み』だよ」

男子のひとりが困惑気味に説明を始める。


「火が燃えるには『燃料』と『熱』、そして『酸素』が必要なんだ。風魔法で空気を送り込むと、新しい酸素が大量に供給されて燃焼が爆発的に促進される。そこに上昇気流の動きを加えることで、燃え上がった炎が渦を巻いて竜巻になるんだよ」


「え……サンソ? ジョウショウキリュウ……?」


聞き慣れない単語と、魔法を「現象の条件」として分解・再構築する合理的な説明に、シュティトは目を白黒させた。


「要は、魔法で火を直接大きくするんじゃなくて、火が一番燃えやすい環境を風で作ってやっただけ。効率がいいから魔力も少なくて済むんだ」


さらりと語られる高度な合理化の理論。シュティトは絶句し、紫紺の瞳を限界まで見開いた。


「魔法の威力を上げるのではなく、環境を整えて現象を倍増させる……!? ちょっと待ちなさい、それって術式の概念そのものを覆す考え方よ!」


シュティトはぐいっと男子学生の胸元へ顔を寄せた。香油の甘い香りと可憐な容姿が至近距離まで迫り、男子生徒は「お、おい……!?」と思わずのけ反る。


「風の角度は何度なの!? 空気を送り込むタイミングや魔力の密度はどう調整しているの? 隠さずに全部教えてちょうだい! 明日の放課後、私の部屋……じゃなくて図書室で特別に講義しなさい!」


「えぇっ!? いや、教えるほどの秘伝でも何でもないって! ただの理科の実験レベルだから!」


圧倒的な熱量で詰め寄るシュティトの横から、今度は艶やかな栗色の髪をなびかせたアンネが、優雅かつ素早い足取りで割り込んできた。


「シュティト様ばかりズルいですわ! 私たちだって黙っていられませんもの」


アンネは満面の笑みを浮かべつつ、すっと男子生徒の腕にそっと手を添えるように距離を詰めた。


「あなた方、さっきの馬車を使った簡易陣地や誘い込みの戦術……あまりにも見事でしたわ。あのように素早く陣を組み、敵を誘い込むなんて、一体どのような原理や計算で成り立っているのですの?」


詰め寄られた男子生徒は、タジタジになりながらも手元のスケッチや周囲の荷車を指差しながら説明を始めた。


「え、えっと……陣地の方は『輪陣』っていう基本的な防衛の形を応用しただけだよ。荷車や馬車の車輪同士を鎖や縄で連結して、隙間に盾や荷物を詰めるんだ。そうすると、敵の突撃を受け止める壁が即席で作れるだろ? 内側から槍を出したり弓や魔法を撃ったりすれば、少人数でも多勢を足止めできる。俺たちが元の世界で読んでた歴史本や漫画に載ってた陣形を、実際の荷車のサイズに合わせて配置手順を何度も練習したんだ」


「歴史本……!? 荷車の連結と配置の手順をあらかじめパターン化しておくなんて……!?」


アンネは息を呑んだ。商隊が野営や奇襲に遭遇した際、パニックにならず数分で防御陣地を完成させるシステムが、すでに彼らの中で完成されているのだ。さらに、隣にいた高飛車なメーベルも身を乗り出して口を挟む。


「じゃあ、あの敵を誘い込んで全滅させた『ツリノブセ』とかいう戦術は!? 偽装撤退なんて、一歩間違えれば本当に全軍崩壊するリスクがあるはずよ! なぜあそこまで完璧に連携できたの!?」


「ああ、『釣り野伏せ』ね……。あれは元の世界の有名な戦国武将の戦術なんだけど、要は『意図的に負けたフリをして逃げる部隊(釣り隊)』と『両脇に潜んで挟み撃ちにする部隊(伏兵)』の役割分担なんだ」


男子生徒は苦笑いしながら頭をかいた。


「確かにパニックになったら失敗するから、何度もダミーの演習で『撤退の歩幅』や『合図の口笛』を合わせたよ。敵が『勝てる』と確信して追いかけてくるように、わざと装備を少し散らかしながら逃げてさ。狭い道に引っ張り込んだ瞬間に、両脇の伏兵が挟み撃ちにする。特別なチート能力がなくても、地形と心理の裏をかけば少人数で勝てるんだ」


「敵の心理まで計算に入れて、事前に合図や歩幅まで訓練していたですって……!?」


メーベルは衝撃のあまり言葉を詰まらせた。ただの物語の知識を、血の滲むような反復練習によって「再現性のある戦術」へと昇華させていたのだ。


「商隊の護衛どころか、物流の安全管理そのものを劇的に変える知恵ですのよ……! ねえ、放課後にお茶でもいかが? 我がマークス商会の上質な茶葉と最高級のお菓子をご馳走しますわ。……もちろん、二人きりでじっくりお話ししても良くってよ?」


アンネが吐息の届く距離まで顔を近づけると、メーベルも肘を張り出して割り込んでくる。


「我がランド商会だって『人材育成』のプロなんだから! あなたたちのその知恵と訓練法、うちの商会で講義してくれないかしら!? もちろん、破格の謝礼もお支払いするわ! だから……ね? 私たちを優先してちょうだい!」


「え、あ、はい……? 謝礼……?」


「距離近くない!? というか急にどうしたんだよ!?」


興奮気味に食ってかかるメーベルや、魔法の理論に目を輝かせるシュティトたちの後ろで、ノルトは人ごみに隠れるようにしながら、おずおずと男子生徒たちの洗練された動きを見つめていた。


(すごい……すごいですわ……。整然とした無駄のない動きに、咄嗟の判断力……実家の近衛騎士団の方々よりも、遥かに頼もしくてお強いですわ……)


引っ込み思案なノルトには、前に出て声をかける度胸などない。しかし、目の前の頼もしい男子生徒たちと自分の過酷な現実を比較し、あまりの羨ましさに両手を胸の前でギュッと握りしめながら、つい心の声がボソッと口から漏れ出てしまった。


「……いいなぁ。あんなにお強くて賢い方なら……追っ手が来ても追い払ってくださいますし……一生安全においしいご飯を食べさせてくれそうですわ……」


ぽつりと呟かれた、切実で物騒な本音。声自体は小さかったものの、すぐ隣にいたアンネの耳は聞き逃さなかった。


「……ちょっとノルト? 今、さらっと『追っ手』とか言わなかった?」


「ひゃいっ!?」


急に振り向いたアンネに睨まれ、ノルトは肩をビクッと跳ねさせて縮こまった。しかし、アンネはノルトの言葉の裏にある「本質」を見逃さなかった。


(待って……この子、おとなしいフリして『守ってもらって一生養ってもらう』気満々じゃない!? しかも、この守ってあげたくなる小動物感と儚い美貌……男子が一番コロッといっちゃうタイプのやつじゃないの!?)


危機感を察知したアンネが、焦りからノルトに詰め寄る。


「あなた、おとなしそうな顔をして、裏でちゃっかり凄まじい青田買いの計算をしてないでしょうね!?」


「え、ええっ!? け、計算なんて……! 私、ただ……あんなに素敵で頼もしい方のお嫁様になれたら幸せだろうなぁって、思っただけで……っ!」


責められたノルトは、おどおどと目を潤ませながら必死に弁明した。だが、それがさらに火に油を注ぐこととなる。


「「「お嫁様ぁぁぁっ!?」」」


ノルトの本音の告白(と本人は思っていない、ただの願望の吐露)を聞きつけた周囲の商家子女たちが、一斉にハッと目を見開いた。


「ちょっとノルト! 控えめなフリして一番ヤバい爆弾投げ込まないでちょうだい!」


「『守ってあげたい』と思わせるポーズで囲い込むなんてずるいわ!」


「商隊の即戦力としてスカウトしようとしてたのに、いきなり結婚前提の雰囲気にしないで!」


「ふぇ……? み、皆様、なぜそんなにお怒りなのですの……? 私、何か失礼なことを……っ」


怒号と殺気が飛び交う事態に、ノルトはすっかり怯えてアンネの背中に隠れようとするが、当のアンネも「ノルト、あなた一番タチが悪いわよ!」と頭を抱えている。


「おい、……これ、どういう状況だ……? なんで急にこんなグイグイ距離詰めてくるんだ?」

「知るかよ! わけが分からん! さっきまでゴミを見るような目で見られてたのに!」

「俺たち、何かマズいこと口滑らせたか……!?」


ひそひそと背中を合わせながら顔を青くする男子学生たち。

さらに突如始まった「お嫁様」というワードを巡る女子たちの激しい争いに完全に置いてきぼりにされ、


「え、お嫁様? 俺たちどうすれば……?」


と顔を見合わせるばかりだった。

つい先刻まで「使い物にならない頼りない獲物外」として冷ややかな視線を向けられていたはずの男子学生たちは、怒涛の勢いで群がる少女たちの香気と情熱に包まれ、完全にパニックに陥っていた。


愚直に重ねた泥臭い努力と、地球で身につけた「当たり前の知識」。それらが図らずも異世界の少女たちの打算と探求心に火をつけ、彼らは怒涛のアプローチに翻弄されることとなったのだった。


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