第60話 学校~男子学生たちの成長
男子学生達が漫画やラノベを元にした知識チート――という名の甘い幻想を抱えて、意気揚々と訓練場へとやってくる。
「いいかみんな、よく聞け! 異世界主人公の基本は『イメージ力』なんだよ!」
訓練場の土煙の中、一人の男子生徒が自信満々に鼻を鳴らした。その手には、図書館で読み漁ったサブカルチャーの知識がぎっしりと詰まっている。
「ラノベやマンガじゃ、魔力の流動を想像するだけで一瞬で大魔法が発動するんだ! 俺たちが今まで勝てなかったのは、正しいコツ(チート)を知らなかったからなんだよ!」
「なるほど……! 確かに理にかなっているな」
周囲の男子生徒たちも「よし、俺も!」「これで留学生たちを見返してやる!」と大張り切りで、拳を握りしめていた。
「行くぞ……! 体内の魔力を手に集中……爆発するイメージ……喰らえッ! 無詠唱・超圧縮爆炎波――――ッ!!」
男子生徒がカッコよく右手を突き出し、魂の叫びを上げる!
……ポスッ。
彼の手のひらから、手のひらサイズの小さな灰色の煙が、気まずそうにゆらりと立ち上って消えた。
「……あれ?」
「おい、何も起きてないぞ?」
「お、おかしいな……! イメージが足りなかったのか!? 喰らえ! 爆炎波! 爆炎波ぁぁっ!」
勢いよく披露しようとするが、未知の魔法が使えるはずもなく轟沈していく。必死に手をかざしてポーズを変えるが、手のひらから出るのは生温かい風だけ。他の男子生徒たちも叫びながら必死に腕を振り回すが、誰一人としてまともな魔法を発動できず、訓練場の真ん中で息を切らせて膝をついた。
惨敗を喫し、地面に這いつくばって肩で息をする彼らの耳に、木陰から楽しげな可憐な声が届いた。編入してきた魔王国三姉妹だ。
「ねえ、お姉様。異世界の学術に触れるのも良いですが……ふと気になりましたの。お姉様方にとって、理想の男性像とはどのような方ですの?」
三女シュティトが無邪気に問いかけると、次女のミュゼットがフッと口元を和ませ、木漏れ日を見上げた。
「そうですね……目先の華やかさに惑わされず、粘り強く地道な努力を重ねられる方でしょうか。どんな困難があっても、他者を思いやる優しさを忘れない方が素敵ですわ」
長女のティロッセも深く頷き、穏やかに言葉を繋ぐ。
「ええ。飢えや魔物の脅威、聖堂教会からの圧力に怯える日々の中でも、決して諦めず泥にまみれて国民を守り抜いてくださった……あのお父様のような方こそ、真の男ですわね。ふふ、どこかにそんな殿方がいないかしら?」
「ふふ、ですね。我が国の食料難を支え続けてくれたお父様を超えるのは大変そうですけれど」
微笑み合う三姉妹の声を泥の中で聞く男子生徒たちは、胸を直接抉られるような衝撃を受けていた。
「……俺たち、この世界に来てから一体何をしてたんだ……?」
泥にまみれたまま、一人の男子生徒が掠れた声でぽつりと呟いた。その問いに、誰も反論することができない。
「『ゲームの世界に来た』って浮かれて、都合のいいチートでちやほやされる展開ばっかり夢見てさ……楽な方へ逃げて、泥臭い下積みからは目を背けてたんだ」
「……ああ。俺たち、まるっきり子供だったんだな」
胸を刺すような苦い後悔が全員を包み込む。自嘲混じりに
「一念発起して……頑張ろうぜ。明日から……」
と弱々しい声が漏れたが、誰も笑わなかった。
重苦しい沈黙の中、一人がハッとしたように周囲を見回して視線を落とす。
「……なぁ、周りを見てみろよ。海洋都市の奴ら、伴侶探しや人脈作りに力を入れてるように見えて、講義の理解度は俺たちを遥かに凌駕してる。その上で、さらに努力を重ねて高みを目指してるんだぞ」
「三姉妹だってそうだろ。長女のティロッセさんは食品加工や保存の調理技術、次女のミュゼットさんは農政と流通、三女のシュティトさんは魔法と料理の融合……みんな明確に国の未来を見据えてここに留学してきてるんだ」
「……あっちのハーフエルフの兄妹を見ろよ。俺たちよりずっと幼いのに、あの難解な医学や薬学の文献に必死で食らいついてる……」
自分たちの甘さと、周囲の圧倒的な本気度。その決定的な差を会話の中で突きつけられ、男子学生たちは言葉を失った。
「……なあ」
膝をついたまま、一人の男子生徒がぽつりと零した。
「俺たち……本当に、元の世界に帰れるのかな……?」
その言葉に、周りの男子生徒たちが息を呑む。これまで考えないように伏せてきた恐怖が、一気に押し寄せてきた。
「……無理、かもな。チート能力すら発動しない俺たちが、世界を渡る大魔法なんて使えるわけない」
「スマホも通じない……親の顔も、いつもの日常も……全部もう、ここには無いんだ」
「異世界で生きていくしかないのに、俺たちは魔法どころか、この世界で役立つスキルも知識も何一つ持ってない……」
「地球に帰れる」という甘い逃避すら打ち砕かれ、現実の重みが重くのしかかる。自分たちが立っている現実の足場の脆さに、全員が顔を青くさせて震えていた。
泥と汗にまみれた地面を見つめたまま、乾いたつぶやきが漏れた。
「俺たちガキじゃん……」




