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第59話 学校~魔法の鏡

昼下がりの爽やかな光が差し込む交易都市の校舎。放課後の廊下で、日本の女子生徒たちは首をかしげていた。


「ねえ……なんだか今日の男子たち、変じゃない?」


こずえが廊下の曲がり角を指さすと、花菜とサチも一緒になって隙間から覗き込んだ。


視線の先には、小中高生の男子グループが数人集まり、周囲を警戒するようにヒソヒソと密談を交わしている姿があった。


普段なら放課後になれば真っ先に運動場へ飛び出したり、木刀を振り回してはしゃいだりしている彼らが、今日に限っては妙にそわそわとし、真剣そのものの顔つきで目配せを交わしている。


「あんな真剣な顔、テスト前でも見たことないよ?」


「まさか……裏庭で決闘でもする気なのかな……?」


女子たちの間に芽生えた怪しむ気持ちは膨らむばかりだった。好奇心を抑えきれなくなった彼女たちは、気配を消しながらそっと男子たちの後をつけることにした。廊下を抜け、石造りの階段を上り、彼らが向かったのは中央区画の学術エリア――学校が誇る図書館であった。


-----

交易都市の図書館は、外の世界の知識人が見れば腰を抜かすような特殊な空間だ。ずらりと並ぶ書架には紙の本が一冊もなく、代わりに学生証と引き換えに貸し出される薄型の情報端末――『タブレット』によって、一万年分の膨大なアーカイブへアクセスする仕組みになっている。


奥の閲覧席へと回った女子たちは、棚の陰から男子たちの様子を伺った。


「見て……みんなで一つの画面を食い入るように見てる……」


男子生徒たちはタブレットを囲み、顔を真っ赤にしたり、拳をギュッと握りしめたり、時には

「うわ、この必殺技やば……!」

「一撃で魔王を粉砕するとか胸熱すぎるだろ……!」

と感嘆の吐息を漏らしていた。


「なになに、一体何を見ているのよ……!?」


耐えかねたこずえたちは、そっと受付の司書のもとへ向かった。司書から青く光る端末を受け取った女子たちは、指定の席に腰掛け、男子たちが夢中になっていた「閲覧トレンド」の項目を半信疑で操作した。そこに表示されたデータに、女子全員が呆れ顔で「……はぁ?」とため息を漏らした。


画面に並んでいたのは――


『超ド級格闘漫画・熱血バトル特集』

『最強の主人公が異世界で無双する娯楽コミック集』


「……っ!? これって、ただの格闘漫画と異世界無双モノじゃないの!」


「怪しい密談」の呆れ果てるような正体にズッコケる女子たち。だが、画面のカテゴリー一覧をスライドさせていくうちに、彼女たちの瞳の色がガラリと変わった。


「待って……漫画だけじゃなくて、日本のファッション雑誌やコスメ特集、エステ術のアーカイブも入ってるじゃない……!」


画面の一角には、最新のドレスやカジュアルなコーディネート、色鮮やかなリップやアイシャドウの塗り方、美肌を育むスキンケアやフェイシャルエステの手法など、異世界ではお目にかかれない華やかな美の世界が無限に広がっていたのだ。


-----

「あら? 皆様、何をそんなに熱心にご覧になっていらっしゃいますの?」


そこへ声をかけてきたのは、商業実践クラスの留学生であるアンネ・マークスだった。後ろには高飛車なメーベル、控えめなノルト、さらには志保に施設案内されている三姉妹の姿もあった。


「アンネちゃん、みんな! これ見て! 日本の『ファッション』や『コスメ』、それに『エステ』の本なの!」


こずえが司書から追加のタブレットを全員分借りて手渡すと、少女たちは「一人に一台……!?」と驚きつつも、興味津々で青く光るガラス板を受け取った。


「ここを指で軽くスワイプすると、ページがめくれるんだよ」


花菜とサチが親切に操作を教えると、少女たちの指先が滑らかに画面を滑り始めた。次の瞬間――色鮮やかな高解像度のグラビアや解説動画が滑らかに切り替わった。


「――ッ!?」


アンネの息が止まった。大商人マークス家の令嬢として、幼少期から最高級のシルクや仕立て技法を見て育った彼女だったが、画面に映し出された立体裁断のドレスや未知のトータルコーディネートに目を奪われた。


(縫い目が見えないほどの精密さ……! シルエットの美しさだけでなく、季節やパーソナルカラーに合わせた色の組み合わせまで理論化されていますわ……! これは貴族社会のトレンドを一変させる知恵の宝庫ですわ!)


「ちょっと、これを見てちょうだい!」


と高飛車なメーベルも画面を指さして声を張り上げた。彼女が提示していたのは『ポイントメイク&ツヤ肌特集』だった。


「この『りっぷぐろす』というもの、光を反射して唇が瑞々しく輝いていますわ! 私たちが使っている重たい塗料のような紅とは透明感が丸で違いますわね……! 塗り方の手順まで段階ごとに書いてありますわ!」


そして、普段は控えめなノルトも、自分のタブレットを両手でしっかりと抱え込みながら、静かに、しかし熱い眼差しで画面に見入っていた。ノルトが開いていたのは『素肌美を引き出すナチュラルスキンケアとセルフマッサージ』のページだった。


(派手に着飾るのではなく、日々のスキンケアや正しいマッサージで肌本来の健やかさを育てる……。自分に自信が持てなかった私でも、これなら自分の素顔を好きになれそう……)


育ちの良さが滲む美しい所作で画面をタップするノルトの頬が、ほのかに桃色に染まった。


「ノルトちゃん、その『フェイシャルエステ』のページ、すごく魅力的ね!」


魔王国の三姉妹を案内してきた志保が隣から覗き込むと、ノルトは照れくさそうに微笑んだ。


「はい……! お肌を温めてからパックをしたり、リンパの流れに沿って優しくほぐしたりするだけで、顔の印象がパッと明るくなるそうです。魔法を使わずに手入れだけでここまで変わるなんて、本当に素晴らしい知識です……!」


魔王国の三姉妹(ティロッセ、ミュゼット、シュティト)も、三人で画面を寄せ合いながら感涙にむせんでいた。


「お顔にのせる『しーとぱっく』……水分がたっぷり染み込んでいて、お肌がもちもちになるそうですわ……」


「寒風でカサカサだったお肌が、お花みたいに柔らかくなるなんて……」


「ヘアカタログもすごいです! 髪の保湿オイルやトリートメントのやり方まで載っています!」-----その時、こずえが思い出したように手を打った。


「あ、そうだ! このタブレット、画面の端にある『カメラマーク』を押すと、すごいことができるんだよ!」


こずえがアンネのタブレットを操作し、インカメラを起動させてアンネに向けた。


「な、なんですの……!? ガラス板の中に……私が映っていますわ!?」


アンネが目を見開くのと同時に、こずえが画面上の『AR着せ替えシミュレーション』のアイコンをタップした。次の瞬間、画面の中のアンネの体に、地球の最新型イブニングドレスがぴったりと重なって表示された。


「――きゃあああっ!?」


アンネが思わず上品な悲鳴をあげた。画面の中の自分が首を傾げると、画面上のドレスの裾も滑らかに揺れ、光の反射までリアルタイムで変化する。


「な、なんですのこの魔法の鏡は!? 着替えてもいないのに、私が日本のドレスを纏っていますわ!?」


「すごーい! アンネちゃん、画面をスワイプすると服もコスメも一瞬で変わるよ!」


こずえが操作すると、今度はアンネの唇に鮮やかなローズピンクのリップがのり、ヘアスタイルがエレガントなアップスタイルへと一瞬で切り替わった。


「きゃあ! 綺麗! 似合ってる!」

「本当だ、顔立ちが一気に華やかになった!」


日本の女子たちが歓声をあげる中、周囲の留学生たちも

「私にもやらせてくださいまし!」

「私も見たいですわ!」

となりふり構わず押し寄せた。


「私にも教えなさい!」

とメーベルが自分のタブレットのカメラを自分に向ける。画面上で真っ赤なカクテルドレスと華やかなアイシャドウを試着した瞬間、メーベルは「……っ!!」と息を呑み、頬を真っ赤にして画面に見入った。


「ど、どうかしら……? 似合っているかしら……?」


照れくさそうに呟くメーベルに、全員が


「すごく可愛い!」


「本当にお姫様みたい!」


と絶賛の声を送る。


ノルトもドキドキしながら自分の顔をカメラにかざした。画面の中で、透明感のあるベースメイクと可憐な淡いピンクのワンピースを纏った自分の姿が映し出される。


「これが……私……?」


いつも控えめで自信のなさそうだったノルトの目が、感動で潤んだ。志保がそっと寄り添い、

「すごく素敵よ、ノルトちゃん。本当に似合ってる」

と微笑むと、ノルトは胸の前で両手をキュッと握りしめ、

「あ、ありがとうございます……!」

と心からの笑顔を咲かせた。


魔王国の三姉妹も三人一緒に画面に収まり、色鮮やかな着物やフリルたっぷりのドレス、ツヤツヤのリップ試着を交互に試しては、


「見て、お姉様! 私の唇が果実みたいですわ!」


「あなたもすごく可愛いわ!」


と手を叩いて跳ね回っていた。-----「「「みんなで放課後、志保さんのお部屋で『お試しエステ&コスメ女子会』をやりましょう!!」」」


誰からともなくあがった提案に、全員が


「賛成ですわ!」


「絶対にいきます!」


と一斉に声を揃えた。


最初は出身国も立場もバラバラで、どこか遠慮がちだった異世界の少女たち。しかし、1人1台のタブレットを手に、AR着せ替えや美しくなるためのワクワクする話題を共有する中で、いつしか心の壁は完全に消え去っていた。


ふと閲覧席の反対側を見ると、男子生徒たちが相変わらず「この必殺技が〜!」「一撃粉砕が〜!」とタブレットを囲んで熱弁をふるっている。


女子たちは顔を見合わせ、


「男子って本当に子どもなんだから」


「ふふ、お互い様かもしれませんわね」


とクスリと笑い合い、芽生えたばかりの温かい友情と絆を確かなものにするのだった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


作品を気に入っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけるとうれしいです。


引き続き『俺のスローライフどこいった?(旧題ダンジョンワールド)』をよろしくお願いします。

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