第58話 学校~放課後の女子会
校舎の廊下に、男子生徒たちの悲痛な呻き声が響き渡っていた。
「無詠唱で『爆炎魔法』の制御とか無理ゲーすぎるだろ……!」
「三姉妹、なんであんなサラッと高位魔法撃てるんだよ……」
厳しすぎる実技講習とドリル課題に打ちのめされ、机や床に突っ伏す男子たちを横目に、女子生徒たちの区画には華やかな熱気が満ちていた。
「……ふふ、男子たちはすっかり伸びていますわね」
修道服の裾を軽やかに揺らしたリゼがクスクスと笑う。その隣で、志保が手帳を閉じながら、集まった留学生たちへと優しく語りかけた。
「みんな、今日の授業お疲れ様。慣れない環境で大変だったでしょう? せっかくなんだから放課後、第一区画の市場へ遊びに行かない? 美味しい食べ物や可愛いお店がたくさんあるのよ」
「あ、買い食いツアーですね! 私、絶対行きたいです!」
こずえが目を輝かせて即座に賛同する。
サクラも和やかな笑顔で深々と頷いた。
「東方国から届いた新しい生薬や茶葉、それに可愛い簪を扱う店も増えておりますの。ご案内いたしますわ」
その提案に、海洋都市からやってきたアンネは、鋭く計算深い瞳を光らせた。
(……交易都市の市場! アキラの経済的基盤と、市民の懐事情を観察する絶好のチャンスですわ……! あわよくば、アキラへのアプローチの糸口も……)
「ふふ、お姉様方がそうおっしゃるなら、付き合ってあげてもよろしくてよ?」
腕を組んで高飛車に胸を張るのは、同じく海洋都市のメーベルだ。
その横で、政略結婚から逃れて平民のフリをしているノルトと、ハーフエルフの少女・シェニーが遠慮がちに顔を寄せ合っている。
「私……行ってみたいです。お兄ちゃんにお土産も買いたいですし……」
「あ、私も……この街の市場、すごく綺麗だって聞いていたので」
さらに魔王国の三姉妹(ティロッセ、ミュゼット、シュティト)も「魔王国にはない文化を勉強させていただきますわ」と同行を決め、総勢十数名の賑やかな女子会ツアーが校門を飛び出した。
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第一区画の市場に足を踏み入れた瞬間、留学生たちはその光景に息を呑んだ。
石畳の路上にはゴミひとつ落ちておらず、爽やかな柑橘の香りと香ばしい甘い匂いが漂っている。
「な……なんですの、この人だかりは!?」
メーベルが指をさした先には、色鮮やかな旗がたなびくスイーツの露店があった。
「はーい、焼きたての極上生クリームクロワッサンと、フルーツてんこ盛りのシュワシュワパフェだよ〜!」
「シュワシュワ……パフェ……!?」
志保がにっこり微笑み、人数分のパフェと焼きたてパンを買い揃えて手渡した。
ガラスコップに盛られた真っ白な生クリームと、透明感のある氷、赤や黄色の瑞々しい果実。
アンネはおそるおそるスプーンを伸ばし、一口口に運んだ。
「〜〜〜〜〜ッ!?」
口の中で弾けるシュワッとした冷たい炭酸ゼリーと、濃厚で滑らかな生クリームの甘み。
(な、なんですのこの甘みは……!? 氷の魔法を使わずにこの冷たさを維持し、この高純度の砂糖と新鮮な乳製品を惜しげもなく……! 一体原価はどうなっていますの……!?)
頭の中で高速計算を弾き出そうとしたアンネだったが、あまりの美味しさに目元がトロけ、語彙力が一瞬で吹き飛んだ。
「んん〜〜〜っ! 美味しすぎますわ……! おかわりを……おかわりを要求いたします!」
「ふ、ふん! この程度の甘味、うちの商会でも……んぐっ!? や、柔らかい……! 甘美すぎますわ……っ!」
メーベルも強がりきれずに頬を真っ赤にしてパフェを頬張り、シェニーはみたらし団子を大事そうに噛み締めながら「美味しぃ……お兄ちゃんにも絶対買って帰ります!」と目を輝かせている。
三姉妹も「荒野の魔王国では考えられない優しさですわ……」と、温かいかき氷(特製ぜんざい)に感動の溜息をもらしていた。
「ふふ、みんな良い顔をして食べるわね」
お財布を預かりつつ、ティッシュを差し出す志保のお姉さん力に、ノルトはどことなく懐かしさと温もりを感じていた。
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続いて訪れたのは、色とりどりの小物が並ぶ雑貨店だった。
東方の細やかな木彫り細工や、地球由来のカラフルなヘアゴム、香水瓶がズラリと並んでいる。
ノルトがふと、繊細な銀細工のリボンに目を留めた。一瞬、愛おしそうに手に取ったものの、自分の着ている平民の服を見下ろし、慌てて棚に戻そうとする。
(……ダメね。今の私は、ただの留学生なんだから……)
そんなノルトの背後に、志保がそっと寄り添った。
「ノルトちゃん、それ、すごく綺麗な色ね。髪につけてみたら?」
「えっ……あ、でも私には……」
「ううん、ノルトちゃんの綺麗な髪に絶対似合うわ」
志保は優しく微笑みながらリボンを取り、ノルトの髪にそっとあててあげる。
ノルトの洗練された立ち振る舞いや、ふとした瞬間に覗かせる品格から、志保は彼女がただの平民ではないことを見抜いていた。だが、理由を追及することなく、ただ一人の女の子として接してくれる志保の温かさに、ノルトの胸がじんと熱くなった。
「……ありがとうございます、志保さん」
横では、こずえが
「メーベルちゃんにはこの赤いピン留めが絶対似合うよ!」
と強引に押し付け、メーベルが
「な、なんですの急に! 似合うなんて……当然ですわ!」
と真っ赤になって照れ隠しをしていた。
ショッピングを楽しんだ後、一行は大森林と交易都市を一望できるカフェテラスへと向かった。
テーブルには、淹れたての緑茶と香ばしい焼き菓子が並べられる。
「はぁぁ……買い食いの後のこの余韻、まさに至福ですわ……」
リゼがトロけきった顔でお茶をすする。
すると、アンネが素早く身を乗り出し、サクラと志保に向かって扇をかざした。
「ところで……お姉様方。この街の主であるアキラ様について、少々お伺いしたいのですが」
「アキラのことですか?」
サクラが静かに耳を澄ませる。アンネはニヤリと商人らしい笑みを浮かべた。
「ええ。圧倒的な技術と無限の物資を誇りながら、奢ることなく農家を自称する男……まさに超優良物件ですわ! マークス商会としても、私個人としても、ぜひ『深い関係』を築きたいと考えておりますの」
次の瞬間、テーブルの空気の温度が急速に氷点下まで下がった。
「……アンネ。アキラへの想いと信頼は、私と東方国が一番に育んできたものにございますわ。易々と横から拐わせはいたしません」
サクラの瞳がキリリと冴え渡り、背後に凄まじいオーラが立ち昇る。
「あら、サクラ。私だって譲るつもりはありませんよ?」
志保もまた、完璧な仏の笑みを浮かべたまま、一切の隙がない圧力を放ち始めた。
(っ〜〜〜〜〜!? な、なんですのこの圧倒的正妻オーラと威圧感は……!? 前に続いて、まったく太刀打ちできませんわ……!)
背筋に走る冷や汗を感じ取り、アンネは商人特有の危機管理能力を発揮して、扇で顔を隠しながらそっと身を引いた。
「……ふ、ふふ、冗談ですわ! ほんの商談の糸口を探るための軽い打診ですもの、そうお怒りにならないでくださいな……っ」
早々に撤退を選択したアンネに、周りの留学生たちは「お、おそろしい……」「アンネさん、引き際が早すぎる……」と引きつった笑いを浮かべた。
しかし、こずえがクスクスと笑いながらお茶を一口飲んだ。
「ふふ、でもねアンネちゃん。アキラは『超優良物件』とか『権力者』だからすごいんじゃないんだよ」
「……と、おっしゃいますと?」
アンネが冷や汗を拭いながら尋ねる。
「アキラはね、車椅子で泣いていた志保や、病気で苦しんでいたサクラのお父さんを、見返りも求めずに助けてくれたの。『困っている人がいたら助ける』って、当たり前みたいに手を差し伸べてくれる人なんだよ」
志保もサクラも、先ほどまでの威圧感が嘘のように柔らかく目を細めた。
「ええ。この清潔なお風呂も、美味しいご飯も、誰もが笑って暮らせる仕組みも……すべてアキラの優しさから始まっているんです」
その言葉に、アンネもメーベルも、そしてノルトも静かに言葉を失った。
利欲や権力争い、泥臭い政略結婚が当たり前だった外の世界。そんな苛烈な環境からやってきた彼女たちにとって、誰かを蹴落とすことなく、ただ純粋な善意と仕組みで人を満たすこの街の空気は、何よりも眩しく、温かかった。
「……ふん。そういうお人好しだからこそ、つけ込まれないように私たちが商売で支えてあげなきゃいけないんですわ」
アンネはフッと柔らかく微笑み、撤退の照れ隠しをするように素直じゃない言葉を口にした。
メーベルも
「ま、まあ、少しだけ尊敬してあげてもよろしくてよ」
とそっぽを向く。
「あはは、みんなアキラのこと大好きになっちゃったね!」
こずえの楽しそうな声が、カフェテラスの夕空に響き渡った。




