第57話 学校~図書館にて
中学生・高校生クラスの男子生徒たちにとって、学校生活は想像を絶する「敗北の連続」であった。
アンドロイド先生による容赦のない完全マンツーマン授業。上級算術の理解度テストで突きつけられた「34%」という絶望的な数値。起死回生を狙った実技授業での可憐な魔王国三姉妹による無詠唱『フレイムアロー』の炸裂――。
「……もうダメだ。現実が厳しすぎる……」
放課後、擦り切れきった精神を抱えた男子生徒たちは、吸い寄せられるように新設された学校図書館の門をくぐった。せめて人目のない静かな空間で、現実逃避の読書でもして心を癒やそうという魂胆であった。
しかし、広々とした無音の空間に足を踏み入れた瞬間、男子たちは思わず足を止めた。ずらりと立ち並ぶ美しい書架。だが、そこに並んでいるはずの紙の本が一冊も見当たらなかったのだ。
「……あれ? ここ、本当に図書館か? 本が一冊もねぇぞ……?」
困惑する男子たちが受付に歩み寄ると、司書(生体アンドロイド)が手元から薄く平らな黒い板を取り出し、淡々と提示した。
「当図書館では紙の書籍は取り扱いません。学生証を提示してください。『タブレット』を貸与いたします」
言われるがままに学生証をかざすと、黒い板がふわりと青い光を放ち、見たこともない滑らかな液晶画面が立ち上がった。
『認証完了:高校生クラス 伊藤シン様』
『ダンジョンワールド・アカデミックネットワークへ接続しました』
「うおっ!? タブレットじゃん! しかも液晶の解像度、地球の最新端末より高ぇ……!」
かつてハーフエルフの兄妹がこの画面を目にした際は、1万年分の医学・薬学アーカイブ「4,820,000件」という莫大な学術データと、エルフ国の常識を覆す科学的真実に涙を流して衝撃を受けた。
だが――日本の男子高校生たちが画面の「検索」ウィンドウをタップし、そこから表示された階層ディレクトリ(カテゴリ一覧)を目にした瞬間の衝撃は、全く別の意味で圧倒的なものであった。
「……なぁ、はじめ」
シンが震える指先で画面を指さした。
「この『一般教養・娯楽』ってフォルダ……何だ……?」
学生の一人が目を丸くしながら静かにタップした。そこに広がったのは、かつて地球で彼らが愛してやまなかった、そして異世界に召喚されて二度と拝めないと諦めていた**「聖典」の山**であった。
『該当コンテンツ:3,500,000件/日本国内流通サブカルチャー・デジタルアーカイブより抽出』
画面には、ズラリと並ぶ見慣れたタイトルと美しい表紙イラスト。『転生したら〇〇だった件』『無職の〇〇』といった往年の人気ライトノベル全巻。週刊少年ジャンプ、少年サンデー、少年マガジン等の過去数十年分のバックナンバー。さらには少女マンガ、SF小説、ミリタリー・歴史雑学本、TCGのルールブックや設定集に至るまで、ありとあり得る日本のエンタメコンテンツが完全収録されていたのだ。
「「「う、うおおおぉぉぉぉっっっ!!!???」」」
静寂がルールであるはずの図書館に、男子生徒たちの血の叫びのような大歓声が響き渡った。
「マジで!? ラノベもマンガも全部入ってるじゃん!!」
「ちょっと待て! これ元々『ダンジョンワールド』が日本のゲームベースだったから、裏データとして日本のサブカルコンテンツが全部アーカイブされてたってことかよ!?」
「神……! この図書館は神の神殿だぁぁぁっ!!」
感涙を流しながらタブレットを掲げ、まるで聖遺物を拝むかのように狂喜乱舞する男子生徒たち。
そんな彼らの盛り上がりを、少し離れた閲覧席から静かに見つめるふたつの影があった。小学生クラスのハーフエルフ兄妹、トゥーンとシェニーである。
二人は膝の上にタブレットを載せ、第92階層管理者の論文(医学書)を真剣に読み込んでいた最中だった。
「……ねえ、お兄ちゃん」
シェニーが目をパチパチさせながら、涙を流して「神! 神の神殿だ!」と叫んでいる上級生の男子たちを指さした。
「あのお兄さんたち……『神』って何度も叫びながら、板を拝んでいるよ……?」
トゥーンは感心したように深く頷き、温かい眼差しで男子生徒たちを見つめた。
「きっと……『神学』や『宗教考古学』の勉強をしているんだよ、シェニー。このネットワークには一万年分のあらゆる知識があるからね。あの人たちも、僕たちと同じように真実の教義を見つけて、感動して泣いているんだ……!」
「そっか……! 地球から来たお兄さんたちも、一生懸命お勉強しているんだね。すごいなぁ……」
純粋な尊敬の眼差しを向けるエルフ兄妹。彼らが「不治の病を治す医学」という真理に感動していたのに対し、高校生男子たちは「ラノベとマンガ」という娯楽に感動しているだけなのだが、その無邪気な勘違いを知る者は誰もいなかった。
一方、男子生徒たちの間では、起死回生の思考革命が始まっていた。
「待てよ……」
夢中でマンガのページをスワイプしていたシンが、ハッと目を見開いてはじめを振り返った。
「はじめ……俺たち、勉強や魔法のスペックじゃ留学生の奴らに絶対に勝てねぇと思ってたろ?」
「……ああ。相手は貴族教育や実戦を叩き込まれた英才だからな」
「けどよ……『物語』や『エンタメの発想』なら、俺たちのほうが圧倒的に引き出しが多くないか……!?」
はじめがピクッと眼鏡の位置を直した。その瞳に、かつてない知的な光が宿る。
「……確かに。異世界の人間は魔法や武術を『実利』としてしか捉えていない。だが、このアーカイブには『魔法の新しい組み合わせ』や『カードゲームによる心理戦』『演出と企画力で人を魅了する技術』という、彼らが想像もつかないノウハウが数百万冊分詰まっている……!」
「だろ!? 座学で勝てねぇなら、この『サブカルの知識』を活かして、留学生たちも巻き込んだ面白いこと(企画)をやればいいんだよ!」
これまで死んだ魚のような目をしていた男子生徒たちの顔に、一気に生気と野心が戻ってきた。
エルフの兄妹が「第92階層管理者」の論文から真実の医学を学んだように、地球の男子生徒たちは「日本のサブカルチャー」という秘宝を手に入れ、学園生活における起死回生の反撃(エンタメ革命)を誓うのだった。




