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第53話 閑話 創世の女神の困惑

地上から遥か高みに隔絶された、神々の領域――神界。

澄み渡る蒼穹と白銀の宮殿が佇むその静寂の地で、この世界の頂点に君臨する「創世の女神」は、美しくもどこか疲れ切った表情で深いため息を漏らしていた。


「はぁ……。最近の聖堂教会から捧げられる祈りときたら、どろどろとした権力闘争や『だれそれを倒してください』『我が教会にさらなる富を』といった泥くさい欲望ばかり……。信仰の質が落ちすぎて、胃もたれを起こしそうですわ……」


女神は優雅なドレスの裾を揺らし、目の前に浮かぶ『遊戯盤(ゲーム)』のホログラムを前に愚痴をこぼしていた。

世界のシステムを維持するためのエネルギー源である「信仰」だが、人間の欲望にまみれた不純な祈りは、神にとっても酷く後味の悪い粗悪な燃料に過ぎないのだ。


その時だった。


『SYSTEM:規格外の超高純度信仰エネルギーの流入を検知』

『概念経路:シスター・リゼの祈りを経由し、創世の女神へ直接接続されます』


「……はい? 概念……なんですの……ッ!?」


突如として、白銀の宮殿全体が激しく揺動した。

天井を突き破らんばかりの勢いで、黄金色に眩しく輝く「圧倒的な純光の信仰」が、滝のごとく女神の胸元へとドバドバと流れ込んできたのだ!


「ひゃう!? な、なんですのこれぇぇぇぇっ!?」


あまりの密度の高さと、一切の欲望や不純物を含まない「純度100%の感謝と喜び」の塊。

まるで極上の蜜を直接流し込まれたかのような甘美な衝動に、女神は可憐な悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。


「あ、甘い……ッ!? 尊すぎる……っ! 欲望の混ざり物が一切ありませんわ! 『助けてくれた』『生きていてよかった』『自分の足で立てた』という、魂の根底からの純粋な感謝……! 誰!? 一体どこの大聖者がわたくしにこれほどの尊い祈りを捧げていますの!?」


女神は震える指先で慌てて『遊戯盤』を操作し、信仰の発生源――大森林にそびえる交易都市「第一区画」の座標を拡大した。


画面に映し出されたのは、目を疑うような光景だった。


綺麗に洗濯された服を身に纏い、帳簿や文房具を鞄に詰めた数十人の青年たち――かつて海洋都市の闇で「文字も知らず、地下で使い潰される所有物」として放置されていた元・逃亡奴隷たちである。

彼らは「職業安定相談所(ハローワーク)」の門前で、感動に目を潤ませながら石畳へ膝をつき、胸の前で強く手を組んでいた。


『救いの聖女・リゼ様……! あなた様がくださったこの温かい手と、学ぶ機会を一生忘れません……!』

『リゼ様、本当にありがとうございます!!』


数十人規模の派遣労働者たちが一斉に捧げる、魂の底からの大歓声と純粋な信仰。


「え……? あの者たち、わたくしが適当に放置して『そのまま野垂れ死ぬかしら』と思っていた元奴隷たちではありませんの!? なぜあんな綺麗で洗練された姿で笑っていますの!? 奴隷制度はどうなりましたの!?」


さらに女神が注視すると、数十人からの超重圧な信仰を正面から受け止めた一人の少女――修道服姿のシスター・リゼが、顔を蒼白にして大パニックを起こしていた。


『ち、違います! 違いますわ〜っ! 私を拝んでも何も出てきませんし、ご利益もございませんのよ〜っ! 創世の女神様、どうか彼らをお赦しくださいまし〜っ!』


リゼは石畳に膝をつき、天を仰いで全力で創世の女神へ祈りを捧げ始めている。


「あ……あぁぁぁぁっ……理解できましたわーーーっ!!」


女神は頭を抱えて絶叫した。


元奴隷たち(数百人)が捧げた「リゼ様への純粋な感謝(信仰)」。

それを受け止めきれないリゼが、パニックを起こして「創世の女神様へ全額丸投げ(連鎖祈祷)」したことで、リゼという天然のパイプライン(変換器)を経由し、すべての感謝エネルギーが『創世の女神への直接の祈り』として丸ごと自動転送されて届いているのだ!


「わ、わたくし……何もしていませんわよ!? むしろあの者たちを見捨てて、あの遠藤アキラが勝手にハローワークとかいう教育システムで自立させただけですわよ!? なのに、なぜわたくしの元にこんな極上の信仰が全額自動転送されてきますの……!?」


モニターの映像を追うと、奉行所のテラスからお茶を飲みながら高みの見物を決め込むアキラとタマモの会話まで鮮明に再生された。


『ふふ、どれほどマスターが「教育と市場の仕組み(ハローワーク)」という完璧なロジックで彼らを救おうとも、人々の心が最初に捉えるのは「最初に手を差し伸べてくれた個人の温もり」にございます。リゼ様の無自覚な聖女属性は、もはや不可抗力ですね』

『まあ、リゼがどれだけ「違います!」って叫んでも、あいつらからすれば「あぁ、なんて奥ゆかしいお方だ……」ってさらに信仰が深まる悪循環だな』


「悪循環の被害が神界にまで及んでいますのよーーーーっ!!」


女神は涙目で神殿の床をバンバンと叩いた。


自分は何もしていない。むしろ都合良く放置していた側である。

それなのに、地上でアキラたちが作り上げた「自立支援と教育」の成果と、リゼの「無自覚な聖女属性」が化学反応を起こした結果、神界の歴史上最高レベルの「純光のエネルギー」がドバドバと誤送されてくる。


「うぐぐ……尊厳が……創世の女神としての尊厳が痛みますわ……! 貰う筋合いのない信仰エネルギーですのに……でも、でも……ッ! 聖堂教会の祈りより万倍美味しくて身体に染み渡りますわぁぁぁ……っ!」


罪悪感に苛まれながらも、あまりのエネルギーの美味さにうっとりと頬を染めてしまう女神。


「誰の仕業ですの……!? 攻撃兵器も使わず、ただ人を教育して自立させただけで、なぜ神界のシステムまでバグらせて困惑させていますのよーーーーっ! 私、何かしましたかしらーーーーーッ!?」


神界に響き渡る創世の女神の悲痛な悲鳴は、地上でお茶をすするアキラたちの耳に届くことは、永遠にない。


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