第4話 地球人学生たちの受難
「やっば! 見ろよこれ、本物の剣だぜ!?」
「てか、マジで異世界じゃん! 俺、絶対に隠されたチート能力あるって!」
「勢いで行動して破滅するラノベもあったじゃない?」
「魔法で地球に帰れるようにならないかな?」
第1階層の居住区。昨日までごく普通の学生だった中学生や高校生たちは、すっかり異世界の雰囲気に呑まれ、興奮を隠せずにいた。
目の前に広がる美しい街並み、飛び交う魔法の光、耳や尻尾を生やした獣人たち。そして、自分たちを保護するように完璧に整備された巨大な街。彼らの目には、この場所がまるでアニメやゲームの物語そのものとして映っていた。自分たちも特別な能力を手に入れ、いずれは大冒険へ繰り出すのだと、期待に胸を膨らませている。
「おい、あんまり調子に乗るなよ。まずは安全の確保だ」
俺――遠藤アキラは、呆れ顔で注意を促す。しかし、テンションの上がった男子生徒たちに聞く耳はない。
「大丈夫だって、おっさん!」
「早く外に出て魔物倒そうぜ!」
「レベル上げしようぜ、レベル上げ!」
完全に物語の主人公気取りだ。そんな彼らの姿を、九本の白い尾を揺らす管理AI・タマモが静かな笑みを浮かべながら見つめていた。
「皆様の冒険心と適応能力の高さは、大変素晴らしいですね」
「だろ?」
「ですが――その前に、本日予定されている重要なイベントがございます」
「イベント?」
男子生徒たちの目が一斉に輝く。
「なになに? 魔法の適性検査とか!?」
「それとも職業選択? 俺、絶対勇者がいい!」
沸き立つ生徒たちに対し、タマモは一切答えず、和服の袖から静かに一枚の端末を取り出した。空中にホログラムのリストが投影される。
【午前:全学生一斉・歯科精密検診および集中治療】
「…………は?」
一瞬でその場の空気が凍りついた。タマモはいつもの穏やかな笑みを崩さぬまま、淡々と説明を続ける。
「昨夜実施いたしました生体スキャンの結果、学生の皆様のうち十八名に虫歯が確認されました」
「十八……」
「中には、かなり進行している重度のものも含まれております」
「…………」
「当ダンジョン内で健やかな生活を送っていただくため、本日、全員残らず治療を行います」
「えっ……」
「いやいやいや! 異世界に来て虫歯治療!?」
「意味わかんないって! 俺、歯医者大嫌いなんだけど!?」
「異世界なら歯医者なんて必要ないんじゃないの!?」
「それは根拠のない思い込みですね」
タマモはにっこりと微笑んだ。
「ご安心ください。第18階層『医療都市』の魔法再生医療を行使すれば、患部の処置から歯質の再生まで、わずか数分で完了いたします」
「じゃ、じゃあ痛くないの……?」
基本的に無痛治療なのだが――タマモは無言の笑顔で強烈な圧をかけていく。
「…………」
顔を見合わせる生徒たちに、タマモは容赦なく追撃した。
「なお、治療を拒否することはできません」
「なんで!?」
「健康管理上、必要な措置だからです」
「逃げればいいだろ! よし、逃げるぞーっ!」
「逃げろーーーーっ!」
男子生徒たちが一斉に回れ右をして走り出した。しかし――。
――転移。
次の瞬間、彼らの進路を塞ぐように数体の巨大な医療用ゴーレムが出現した。
「え?」
「……え?」
「はい、確保いたしました」
「嫌だあぁぁぁぁ! 歯医者嫌だぁぁぁ!」
「誰か助けてぇぇぇ!」
数時間後。第18階層から響き渡っていた悲痛な叫び声が止み、ぐったりとした学生たちが第1階層の広場へ戻ってきた。
治療自体は魔法再生医療によって一切の痛みもなく、あっけなく終わったのだ。叫び声の大半は、久しぶりに現れた「治療しがいのある患者」にテンションを上げすぎたエルフや獣人の歯科医たちに対する、精神的な恐怖によるものだったらしい。
「うぅ……」
「歯は治った……治ったけど……」
「心の傷がすごい……」
「異世界に来て最初にやったことが虫歯治療って何なんだよ……」
魂が抜けたような顔で地に座り込む学生たち。俺はそんな彼らを見回し、手をポンと叩いた。
「よし」
「……?」
「虫歯も治ったことだし、午後は今後のスケジュールについて説明するぞ」
「スケジュール……?」
一人の男子生徒が望みを捨てきれない目で顔を上げる。
「今度こそ魔物退治?」
「違う」
俺は即答した。
「勉強だ」
「「「はぁぁぁぁぁぁっ!?」」」
今度は女子生徒まで含めた全員から、この日一番の悲鳴が上がった。
「なんで異世界にまで来て勉強しなきゃいけないの!?」
「意味分かんない! 教科書もないじゃん!」
不満を爆発させる生徒たちに対し、タマモが静かに前へ出る。
「地球の教科書はございません」
「ほら!」
「ですが、この世界の言語、歴史、魔導数学、基礎魔法学、自然科学、社会倫理などの教材はすべて完備されております」
「…………」
「また、第1階層には成人の方も含めた総合教育施設――学校がすでに整備されております」
「学校があるの!? 異世界に!?」
「当然だろ」
俺は腕を組んで彼らを見つめた。
「お前たちがこの世界で生きていくにしても、地球に帰る方法を探すにしても、言葉やこの世界のルールを知らなきゃ話にならない」
「でも魔法があるじゃん!」
「だからこそだ」
俺は真顔で言い聞かせる。
「魔法を使うのにだって、基礎的な理論と計算が必要なんだよ」
「…………」
「それに、知らない世界で無知でいるってことは、それだけで命取りになる」
学生たちの表情から、少しずつ突っぱねるような反発が消えていく。
「知識は、自分や仲間を守る一番の武器になる」
俺は静かに彼らを見渡した。
「暴走して事故を起こされるより、しっかり学んで賢くなってくれたほうが、俺たちも安心して放し飼いにできる」
「放し飼いって言うな!」
即座にツッコミが飛んできて、思わず笑みがこぼれた。
「まあ、そういうことだ」
「納得いかない……」
「異世界なら剣と魔法だろ……」
「学校なんて聞いてない……虫歯治療まで聞いてない……」
ブツブツと愚痴をこぼしながらも、学生たちは少しずつ現実を受け入れ始めていた。
ここはゲームの画面の中ではない。命があり、生活があり、守るべきルールが存在する現実の世界だ。そして――異世界へ来たからといって、勉強から逃げられるわけでもないのだ。
こうして、憧れの異世界生活に胸を躍らせていた地球人学生たちの「最強勇者への道」は、虫歯治療、健康管理、異世界の基礎知識習得、手厚いサポートと毎日の猛勉強という、極めて堅実で地道な日常から始まることとなった。
なお――。
「タマモさん」
「はい?」
「魔法の授業って、いつから?」
「明日からです」
「……本当に異世界なんだな」
一人の少年が遠い目をした。
そして翌朝、彼らは人生で初めて、魔法の教科書を開くことになるのだった。-----他にも加筆したいシーンや調整したいニュアンスなどがございましたら、お気軽にお申し付けください。




