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第3話 色褪せた世界にもう一度~佐藤志保

昔は、当たり前のように自分の足で歩いていた。小学校に入ったばかりの頃は、友達と一緒に校庭を駆け回り、階段を一段飛ばしで上るような元気な子供だった。そんな日常が、ある日突然奪われるなんて思いもしなかった。


放課後、階段を下りていた私の背中に、突如として強い衝撃が走った。「危ない!」という叫び声と同時に浮遊感が襲い、私は激しく階段を転がり落ちた。激痛と息苦しさの中で意識が遠のき、目を覚ましたときには、私の両足はピクリとも動かなくなっていた。


脊髄損傷。それが医師から告げられた診断だった。

何度も手術を受け、過酷なリハビリにも耐えたが、足の感覚が戻ることはなかった。私を押した犯人は、幼い子供同士の出来事として「事故」という言葉の陰に隠され、処理されてしまった。


それ以来、私の世界は車椅子の上へと移った。

中学、高校と進学しても、見上げる世界は常に低く、視界に入るのは通り過ぎる人々の足元ばかりだった。階段を見るたびに「自分には一生関係のない場所だ」と胸を痛め、世界は少しずつ色褪せていった。


それでも私は諦めたくなかった。一人で生きていくために死に物狂いで勉強し、資格を取り、幾度もの不採用通知を乗り越えて、ようやく熱望していた会社への採用を勝ち取った。これでようやく自分の人生を歩み始められる――そう信じていた。


しかし、現実はどこまでも理不尽だった。

入社して間もなく、社内で見覚えのある顔に出くわした。あの日、私を階段から突き落とした同級生たちだった。

血の気が引き、心臓が激しく脈打つ私に対し、彼らは悪びれる様子もなく言い放った。


「ああ……昔のことじゃん」

「もう何年も前だろ? 事故だったんだし」


私にとっては十年以上も苦しみ続け、足と青春を奪われた現在進行形の地獄だった。だが、彼らにとっては「終わった昔話」に過ぎなかったのだ。何も言い返せず、怒りと悔しさと悲しみに苛まれながら乗り込んだ帰宅途中の電車内で、突然周囲の音が消え、世界が眩い白光に包まれた。





光が引いたあと、気がつくと見知らぬ鬱蒼とした大森林の中に放り出されていた。

勢いよく放り出された拍子に車椅子が横転し、私は地べたに手を突いて倒れ込んでいた。パニックと恐怖が押し寄せる中、動かない足を必死に見つめることしかできなかった。


そんな私に、一人の男性――アキラさんが咄嗟に駆け寄ってきた。

彼は横倒しになった車椅子を起こし、「大丈夫ですか!?」と優しく手を差し伸べてくれた。その直後、甲冑を着た武装集団が現れ、高校生たちだけを強引に連れ去っていくという理不尽な事態が発生した。私たちが異世界の兵士たちに置き去りにされた後、アキラさんのスキルによって現れた異空間のゲートをくぐり、ダンジョン内へ保護されたのだった。


だが、あの転移の混乱の中で、私の車椅子は森の現場に置いてきぼりになってしまっていた。

安全なダンジョン施設に届いた後、動かない足のまま地べたに立ち尽くす(※座り込む)私に、アキラさんは気づいて声をかけてくれた。


「車椅子が……ないんです」


私が困惑して伝えると、アキラさんは取り乱すこともなく、傍らにいた九尾の少女・タマモさんに確認して即座に新しい車椅子を手配してくれた。「困っている人がいたら助ける」という当たり前の態度で手を差し伸べてくれた彼の存在に、私の凍りついていた心は救われたのだった。


安全なダンジョン施設へと保護された翌日、私は思いも寄らない提案を受けた。


「あなたの足を治療できる可能性があります」


高度な魔法とナノマシン医療技術によって、損傷した脊髄を完全に復元できるという。十年以上諦めていた現実を前に、喜びよりも先に「怖さ」が押し寄せた。


「怖いです……歩けるようになるのが」

「もし治療しても歩けなかったら……。そして、もし歩けたとしても、奪われた十年以上の時間は戻らない。私はこれからどう生きていけばいいのか分かりません」


打ち明けた私に、アキラさんは静かに耳を傾け、優しく言った。


「決めるのはあなたです。治療を受けるかも、これからどう歩むかも、無理に今決める必要はありません」


その言葉に背中を押され、私は意を決して治療室のベッドに横たわった。

柔らかい光が全身を包み込み、途切れていた神経回路がゆっくりと接続されていく感覚が広がった。


「……立ってみましょう」


医師に促され、おそるおそるベッドから脚を下ろした。十年ぶりに床を踏みしめる大地の感触。

膝が震えたが、私の両足は確かに自分の意思で体を支えていた。


「立てた……私、立ってる……!」


涙が溢れ出して止まらなかった。立ち上がれた喜びと同時に、奪われた十年という歳月の重みが胸を締め付けた。足が治っても、過去の傷や怒りが消えるわけではない。


リハビリを重ね、一人で歩けるようになったある日、私はアキラさんに尋ねた。


「どうして、見ず知らずの私にここまで親身になってくれるんですか?」

「困っている人がいたら助ける、ただそれだけですよ」


彼の飾らない答えを聞いたとき、世界から孤立していた私の心が解けていくのを感じた。

窓の外を眺めると、以前とは違う景色が広がる。誰かを見上げるのではなく、同じ目線で人と向き合える世界。


過去の理不尽も、不条理への怒りも、すぐには消せない。無理に許す必要も、忘れる必要もないのだと思う。


「十年は……戻らない十年なんだよね」


呟いた私に、アキラさんは静かに言葉を重ねてくれた。


「明日のことを考えられるようになった。それなら、十分じゃないですか?」


私は前を向き、一歩、また一歩と踏み出した。

ぎこちなく揺れる足取りの先には、少しずつ鮮やかな色を取り戻していく新しい世界と、私自身の未来が続いていた。


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