第47話 東方国~交易都市への帰還
交易に関する話し合いとサクラの正式な大使任命式が無事に終わり、アキラたちは帰還の準備を始めていた。
実務交渉の間、大人たちの引率のもとで東方国の皇都を巡っていた学生たちは、まさに修学旅行そのものの浮かれ気分で城下町の商店街を楽しんでいた。
「おい見ろよ! 木刀だけじゃなくて、黒光りする本格的な十手まで売ってるぞ!」
「うわ、かっけぇ! こっちには本物っぽい日本刀もある……!」
男子たちは武具店や刃物屋の店頭に並ぶ男心をくすぐる品々に目を輝かせ、テンションを爆発させていた。
「なあ志保さん! 記念にこの日本刀買っていい!?」
と一人がおねだりしたものの、
「刃物は危険だし、そもそも高価すぎるから絶対にダメです」
と志保に一蹴されてしまう。
「ちぇー、じゃあ木刀と十手ならいいだろ!」
「構えの練習くらいできるし!」
と、男子たちは結局、昭和の修学旅行定番の木刀や十手に走るのだった。
一方、女子たちは伝統工芸品や小物が並ぶ雑貨屋で目を輝かせていた。
「見て花奈ちゃん、この簪、彫刻がすっごく細かくて可愛い!」
「本当だ! こっちのにおい袋もすごく良い香りがするよ。お母さんへのお土産にしようかな」
志保の両手は花奈とサチにしっかりと握られており、二人も嬉しそうに笑顔を浮かべて歩いている。女子たちはこれまでコツコツ貯めていたお小遣いの財布と相談しながら、お気に入りのアクセサリーや小物を楽しそうに選んでいた。志保がお財布の管理をしつつも、買い物の様子を優しく見守る。
しかし、世間知らずで裕福そうな子供たちが無防備に街を歩いていれば、当然ながら裏通りの怪しい視線が集まる。
「へへっ、カモがぞろぞろ歩いてやがる……人買いに売れば良い値になりそうだ」
「あの小僧たちの懐から財布を抜くなんて朝飯前だな」
物陰から狙いを定めたならず者や人買い、そしてスリの子供たちが忍び寄ろうとした――その瞬間。
路地裏の影からサッと現れたのは、コノエ家子飼いの忍び集団だった。ならず者たちが声を上げる隙すら与えず、物理的に無力化して路地裏へと引きずり込んでお帰りいただく。
さらに、人混みに紛れてすり抜けようとしたスリの子供の前には、同行していた女性型アンドロイドがすっと立ち塞がり、無言の圧と巧みな身ごなしで接近を完全に阻んだ。
裏での鉄壁の護衛体制により、子供たち自身は危機に全く気づくこともなく、
「楽しかったねー!」
「良い買い物できた!」
と大満足で平和な買い物を終えたのだった。
「よし、忘れ物はないわね? 全員ホバー艇に乗り込んで」
皇都の桟橋前で、引率役の志保が学生たちの荷物をチェックしながら声をかけていた。
上陸に使った全天候型ホバー式揚陸舟艇が、再び一行を乗せるために待機している。浅瀬が多く大型船が直接接岸できないこの港において、水深に左右されず港湾設備も傷つけないこのホバー艇は絶大な威力を発揮していた。
学生たちが賑やかにホバー艇のキャビンへ乗り込んでいく。サクラやアキラもそれに続き、座席につこうとしたその時だった。
「……ちょっと待ちなさい」
志保がふと動きを止め、乗車列の途中に混ざっていた人物をじっと見つめた。
アキラたちのすぐ後ろで、ごく当たり前のような顔をして、旅慣れた様子でホバー艇へ乗り込もうとしている少女がいる。
「……ヒミコ様?」
「えっ!?」
志保の声に驚いて振り返ったサクラが、目を丸くした。
「ひ、ヒミコ様!? なぜごく自然に乗り込もうとされているのですか!?」
「何のことでしょう? 私はただ、サクラたちと一緒に交易都市へ向かおうとしているだけですが?」
すまし顔で言い放つヒミコに、背後に控えていた側近や護衛たちが顔を蒼白にして駆け寄ってくる。
「ヒ、ヒミコ様! ご戯れが過ぎます! 皇女様が黙って他国へ行かれるなど……!」
「戯れではありません! ズルいです、サクラばかりアキラ様たちと一緒にいられて! 交易の話し合いが終わったらすぐお別れだなんて聞いていません! 私だって一緒に行きたいです!」
皇女としての矜持はどこへやら、ヒミコはサクラの袖をギュッと掴み、ホバー艇の乗降口にしがみついて駄々をこね始めた。
「私より先にサクラが夫婦になるかもしれないなんて耐えられません! 私も行きます! 連れて行ってください!」
「ヒミコ様、落ち着いてください……!」
困り果てたサクラは、困惑しつつも温かくヒミコの手を両手で包み込んだ。
「お気持ちはとても嬉しいです。ですが、ヒミコ様はこの国を背負う大切な皇女様です。そのようなお立場を放り出して行ってしまわれては、民も側近の皆様も困ってしまいますわ」
「うぐっ……それは、そうですが……」
「私だって、ヒミコ様とお別れするのは寂しいのです。ですから……どうかお聞き入れください」
真摯な眼差しで優しくなだめられ、ヒミコはぐぬぬと口篭もった。サクラにそう言われてしまっては、これ以上強く主張することもできない。
「……分かりました。今回は諦めます」
ヒミコは肩を落としたが、すぐに何かを思いついたように顔を上げた。
「ですが! 条件があります!」
「条件、ですか?」
「ええ! 交易都市と東方国の間に、定期便を就航させてください! それなら、私も公務や視察という名目で、いつでもサクラに会いに行けます!」
突然の提案に周囲の側近たちが
「定期便!?」
「しかし実務的な協議が……」
と狼狽したが、ヒミコは引き下がらない。そのままアキラの方へと向き直り、上目遣いに訴えかけた。
「大使任命式も終えたのですから、定期便の開設は当然のステップでしょう? 違いますか、アキラ様?」
決定権を持つ代表として名指しされたアキラは、困惑しつつも思案した。チラリと志保やタマモへ視線を送ると、志保は苦笑しつつ頷き、タマモも
「本船およびホバー艇の運用能力上、定期運航のスケジュール構築は十分可能でございます」
と静かに足並みを揃えた。
「……まあ、正式な使節も行き来するようになるわけだしな。定期便の就航自体は双方の交易にとっても良いことだと思う。前向きに検討して準備を進めよう」
アキラがそう答えると、ヒミコはパッと表情を輝かせた。
「本当ですか!? やったわ! 決まりですね!」
駄々をこねた結果として勝ち取った大きな成果に、ヒミコは満面の笑顔を浮かべる。
「ではサクラ、定期便の1番目で絶対に遊びに行きますから、待っていてくださいね!」
「はい! 楽しみにお待ちしております、ヒミコ様」
ハッチが閉じられたホバー艇は、水煙を上げながらスムーズに海面を滑走し、沖合に停泊しているフェリーへと接近していった。船首の車両出入口が重厚な音とともに解放され、ホバー艇は滑り込むように船内へ収容される。
やがて重厚な汽笛の音が海原に響き渡り、アキラたちを乗せたフェリーがゆっくりと東方国を後にした。
道中は何のトラブルもなく、船は順調に滑るように進み、やがて見慣れた交易都市の港湾へと到着した。
フェリーから降り立ったアキラは、深く息を吐き出した。
「ふぅ……無事に着いたな……」
無事に大役を果たし終えた安怠感と、慣れない政治交渉や社交の連続による疲労が一気に押し寄せてくる。
アキラは空を見上げ、誰に言うでもなくポツリとつぶやいた。
「……やっぱり俺には、こういう大層な仕事より、土いじりの方が合ってるな……」
その呟きを聞きつけた志保とサクラが顔を見合わせ、クスクスと楽しそうに笑い声を上げたのだった。




