第46話 東方国~謁見と新たな絆
東方国の王都・宮中――重厚な木造建築がそびえる大広間には、ピンと張り詰めた静寂が満ちていた。
正面の玉座には、緋色の装束に身を包んだ東方国の皇女ヒノモト・ヒミコが凛とした佇まいで鎮座している。その脇にはコノエ・ヒロツグ前公爵と現当主ヨシツグ、そして居並ぶ重臣たちが緊張した面持ちで控えていた。
「大森林の『交易都市』の主、遠藤アキラ殿。ならびに使節団の皆様……ようこそ東方国へお越しくださいました」
ヒミコは通る声で歓迎の言葉を述べた。しかし、その瞳は扇の陰で激しく揺れていた。
(こ、このお方が……サクラの文にあった『遠藤アキラ』様……!?)
ヒミコは、玉座からアキラの姿を食い入るように観察した。
アキラが身に纏っていたのは、過剰な装飾を排した深みのあるダークグレーのシックなスーツだった。長年の社会人経験と元サラリーマンとしての矜持を感じさせる、無駄のない着こなし。背筋をすっと伸ばしたその佇まいは、一国の王に対する礼節を弁えつつも、過度に卑屈にならない大人の品格と落ち着きを漂わせている。
(見た目は……落ち着いた誠実な大人の男性……。ですが、サクラが『身も心も捧げたい』とまで激しく恋焦がれるほどの男とは……一体どのような魅力を秘めているのですか……っ!?)
サクラの手紙を読んだ時の「サクラに先を越されかねない」という乙女の焦りが再燃し、ヒミコは思わず頬を朱に染めそうになるのを、扇で必死に覆い隠した。
「ヒミコ様、ご紹介いたします」
サクラがすっと前に出て、美しい所作で一礼した。
「こちらが、私と父の命をお救いくださった『交易都市』の主、遠藤アキラ様でございます」
「……遠藤アキラです。この度は丁寧なお招きをいただき、ありがとうございます」
アキラが礼儀正しく一礼すると、ヒミコは凛とした声を保ちつつ尋ねた。
「遠藤殿。サクラからの文にて、貴殿の街の素晴らしさや、我が国の死病であった『脚気』を一瞬で治す医術の噂は聞き及んでおります。……しかし、何より確かめねばならぬことがございます」
ヒミコの視線が、アキラの隣に立つアマテラスとツクヨミへと向けられた。大広間に緊張が走る。
「……そちらに佇むお方は、真に我が国が古より奉る『太陽の女神様』と『月の女神様』でいらっしゃいますか?」
大臣たちが唾を呑む中、アマテラスはカラカラと朗らかに笑った。
「やあ、女王の娘。そんなに硬くならなくても大丈夫だよ。アタシたちはダンジョンワールドのシステム顕現……まあ、平たく言えば、みんなが美味しくご飯を食べて笑い合えるあの街が気に入って、受肉して遊んでる神様さ!」
「か、神様が『遊んでいる』……!?」
大臣たちが泡を食って狼狽する中、ツクヨミが静かに歩み出た。
「ヒミコ。教えや信仰の形は様々ですが、私たちが望むのは、人々が争うことなく穏やかに暮らすことです。遠藤殿が創り上げた交易都市は、まさにその平穏を体現する場所。サクラもまた、その温もりに触れ、自らの意志でこの街との架け橋にならんとしています」
神々からの直接の言葉に、大広間全体が神聖な雰囲気に包まれ、重臣たちは思わず深く平伏した。ヒミコもまた胸を強く打たれ、深く息を吐き出した。
(神々が自ら降臨され、認めるほどの存在……。サクラが惹かれたのも、決して気の迷いなどではなかったのですね……)
ヒミコは扇をそっと下ろすと、ほんのりと赤みの残る顔で、アキラを真っ直ぐに見つめた。
「遠藤殿。神々のお言葉、そしてコノエ前公爵の全快の姿……すべて納得いたしました。我が国は、大森林の交易都市と正式に国交を結び、永続的な平和交易協定を締結いたしたく存じます!」
「おおお……!」と大広間に歓喜のどよめきが広がる。アキラもホッと胸を撫でおろし、笑みを浮かべた。
「ありがとうございます、ヒミコ様。お互いの文化や産業を尊重し合って、良い関係を築いていきましょう」
協定の締結が宣言された瞬間、タマモが九本の尾を誇らしげにパタパタと揺らし、和やかに微笑んだ。
「マスター、これで『東方国』との正式な国交が開かれましたね。当都市の農作物や技術と、東方の豊かなお茶や絹、和の文化との循環型交易がスタートいたします」
謁見が滞りなく終了し、宮中の庭園で豪華な歓迎の宴が催された。
賑やかな宴の席では、アマテラスが東方国特産の極上の酒を「うまい! これは絶品だねぇ!」とぐびぐびと飲み干し、東方の醸造職人たちとすっかり意気投合していた。学生たちも見たこともない和菓子や珍味に舌鼓を打ち、「修学旅行最高ー!」と大はしゃぎしている。
そんな宴の輪から少し離れた縁側で、ジャケットを脱いでネクタイを少し緩めたアキラが温かいお茶をすすっていると、サクラと、装束を少し崩したヒミコが静かに歩み寄ってきた。
「アキラ様、お茶のおかわりはいかがですか?」
サクラが甲斐々々しく急須からお茶を注ぐ。
「ありがとう、サクラちゃん」
アキラが微笑むと、隣のヒミコが少し気恥ずかしそうに咳払いをした。
「……遠藤殿。サクラから、貴殿が元は『ノウカ』という土を耕すお方であったと伺いました」
「ええ、しがない専業農家ですよ。まあ、昔は長いことサラリーマンもやっていましたけれどね」
アキラが飾らない笑顔で答えると、ヒミコはその澄んだ瞳に少しだけ乙女の陰りを込めて呟いた。
「権力や武力ではなく、社会で揉まれた誠実さと、豊かな実りを慈しむ温かさで人を惹きつける……。サクラがそれほどまでに夢中になる理由が、分かった気がいたします。……正直、サクラだけに独占させておくのは、少し惜しい気もいたしますね」
「へ……? ヒミコ様……?」
アキラが素でテンパると、サクラが「ヒミコ様!?」と頬を染めてすかさず割り込んできた。
「ヒミコ様、いくら従姉妹とはいえ、アキラ様への想いは私が一番に抱いたものにございます! 譲るわけにはまいりませんわ!」
「ふふ、サクラ。皇女としてではなく、一人の女性として興味を持っただけですよ」
二人がそんなやり取りを交わしているところへ志保が手にお盆を載せてすっと間に割り込んできた。そこには、アキラが普段から一番好んでいる温かい特製のお茶と、志保が手作りしたお茶菓子が乗っている。
「ちょっと二人とも、宴会の最中にアキラさんを困らせちゃダメですよ?」
志保は可愛らしくフフンと胸を張ると、アキラのすぐ隣に腰掛け、自然な動作でお茶とお菓子を差し出した。
「アキラさん、長旅とお仕事でお疲れでしょう? はい、アキラさんの好きなお茶を淹れてきましたよ。一口どうぞ?」
「あ、志保さん! 助かるよ、ありがとう」
アキラがほっとした顔でお茶を受け取り一口啜ると、「やっぱり志保さんのお茶は落ち着くなぁ」と表情を緩めた。
その光景を見たサクラとヒミコが、ピクッと眉を動かす。
「し、志保様……!? 抜け目なくご自分の存在をアピールされるとは……っ!」
サクラが上気した頬をさらに真っ赤にしながら身を乗り出せば、志保も優しく、けれど絶対に引かない笑みを浮かべて見つめ返す。
「ふふ、サクラちゃん『絶対負けない』って大浴場で約束したでしょ? 私はアキラさんの毎朝のお手伝いも、夜の相談もずっとしてるんだから、東方国に来たって譲りませんよ!」
「なっ……! 志保様、素晴らしいお覚悟……! ですが、東方の茶の湯の儀礼を添えた私の淹れたお茶も負けてはおりませんのよ!」
対峙する志保とサクラ、そしてその横で「なるほど、交易都市にはこのような可憐で強い競合もおられるのですね……」と興味津々に扇を口元に当てるヒミコ。
熱い視線と仄かな乙女たちの情熱に挟まれ、アキラは「あ、あの……三人とも……?」と冷や汗を流しながら、お茶をぎゅっと握りしめてタジタジになるのだった。




