第45話 東方国~到着と皇都の混乱
東方国諸島の主要な港町――そこは木造の平底船や小型の漁船が十数船ほど身を寄せ合うように繋がれた、風情ある静かな港であった。水深は浅く、石積みの小さな桟橋と木造の埠頭があるばかりの、ごくささやかな港湾である。
その日、港で網を繕っていた漁師や、荷揚げ作業をしていた役人たちは、沖合から迫り来る「異形」を目撃して作業の手を完全に止めた。
「な……なんじゃあ、あれはぁぁぁっ!?」
海を割り、滑るように押し寄せてきたのは、東方国の大型木造船など優に十倍以上飲み込めるであろう、白亜の巨大な鉄の城郭――アキラたちの乗る『フェリー』であった。
「城が……城が海を浮いて迫ってくるぞーっ!」
「敵襲だぁぁっ! 水軍を出せ! 警鐘を鳴らせぇぇぇっ!」
港は一瞬にして未曾有の大パニックに陥った。
東方国の警備兵や水軍の兵士たちが慌てて木造軍船に飛び乗り、櫂を漕いで威勢よく沖合の巨大船へと向かっていく。……しかし、近づけば近づくほど、彼らは自らの無力さと圧倒的な規模差に戦慄することとなった。
「な、なんだこの高さは……っ!?」
見上げるような白亜の船体は、まるでそびえ立つ断崖絶壁のようだった。東方国の船員たちが鉤縄を取り出し、必死に頭上へ投げつけようとするが、縄はフェリーの滑らかな鉄の舷側にするりと弾かれ、甲板の遥か下で虚しく海へと落ちていく。
長梯子をかけようにも長さがまったく足りず、弓矢を射かけようにも垂直にそびえる鉄の壁に阻まれ、甲板にいる人物の姿すら視認できない。
「登れない……! 梯子も縄も届かんぞ!」
「おい、この船の横に横付けしたら、我が方の船が波で押しつぶされるぞーっ!」
さらに決定的な問題として、この港はあまりにも小さすぎた。
フェリーほどの巨大船が近づけば浅瀬に座礁するのは確実であり、万が一桟橋に横付けしようものなら、船体が触れただけで木造の埠頭や石積みの港湾設備は脆くも粉砕されてしまう。巨大すぎるがゆえに、そもそも物理的に「入港」すら不可能な状態だったのだ。
パニックと混乱が極限に達しようとしたその時――
巨大フェリーの船首甲板に、優美な着物姿の少女がすっと立ち現れた。コノエ家の姫君・サクラである。
サクラは風に長い髪をなびかせながら、凛とした力強い声で沖合と港全体に響き渡るよう叫んだ。
「敵ではない! ヒミコ様の客人である! 兵をひけ〜っ!」
その一声明瞭な言葉は、静音拡声システムの補助も相まって、港中の兵士や民衆の耳にハッキリと届いた。
「……っ!? あ、あの声とお姿は……サクラ様!?」
「コノエ家のサクラ姫様だぁぁっ!」
「ヒミコ様の客人……!? 敵襲ではないのか!?」
サクラの一声により、混乱を極めていた水軍や兵士たちは一斉に武器を下ろし、呆然と船首を見上げるのだった。
「……ふぅ、サクラちゃんの一言で助かったよ。しかしこの港、浅いし小さすぎてとても横付けできないな……」
船首の横で胸を撫でおろしながら港を見下ろすアキラに、隣のタマモが九本の尾をそっと揺らしながら可憐に微笑んだ。
「ご安心くださいませ、マスター。この港は吃水が非常に浅く、本船の直接接岸は港湾設備の破壊および座礁の危険性が高いと判断いたしました。これより沖合に停泊したまま、全天候型ホバー式揚陸舟艇を展開いたします。水深や地形の影響を受けず、港を一切傷つけることなく迅速に人員を移送可能にございます」
タマモが手元の端末を操作すると、船首の車両出入口が重厚な機械音とともに開放され、海面を滑るように浮上する静音ホバー艇が滑り出した。波をほとんど立てず、浅瀬の上すら滑らかに進む未知の技術に、港の兵士たちは目を見張った。
「――ご、無事でいらっしゃいましたか、サクラ様、コノエ様ぁぁっ!」
陸地に降り立った一行を、顔面を蒼白にした宮中の重臣や役人たちが取り囲んだ。案内役の使者も必死に息を整えながら平伏する。
「皆様、お騒がせいたしました。あれは大森林の『交易都市』が誇る移動用貨客船にございます。私や父の命を救ってくださった遠藤アキラ様が、正式な使節としてお越しくださったのです」
「か、客船……あのような巨大な城が……!?」
役人たちが絶句する中、ホバー艇からは「修学旅行気分」を取り戻した地球人の学生たちや志保、佐々木たちが賑やかに降りてくる。
さらに決定打として、黄金の後光を纏う「太陽の女神アマテラス」と、藍色の着物を身にまとった「月の女神ツクヨミ」がしとやかに姿を現した。
『やあやあ! 東方のお国柄もなかなか風情があって良いねぇ!』
『アマテラス、出迎えてくださった方々をあまり驚かせてはなりませんよ』
神々しいその威光を目にした瞬間、周囲の兵士や役人、民衆は一斉にその場にひれ伏し、涙を流して拝み始めた。
「ご、後光が……っ!? 本物の太陽の女神様と月の女神様が……降臨されたぁぁぁっ!?」
こうして、巨大船の出現と入港不能によるパニックは、サクラの一声とタマモの迅速なホバー移送、そして神々の威光によって見事に収束し、一行は厳重かつ最上級の歓迎のもと宮中へと案内されるのだった。




