第44話 東方国~訪問
「・・・え、俺が参内!? 謁見!?」
交易都市の執務室。ホログラムモニターに映し出されていた東方国宮中の大混乱と、女王ヒミコによる「遠藤アキラ同伴」の勅令を見届けていたアキラは、思わず手にしていた湯呑みを落としそうになりながら素声を上げた。
隣に立つタマモが、九本の白い尾をパタパタと揺らしながら、和服の袖を口元に当ててくすくすと微笑む。
「おめでとうございます、マスター。東方国の女王陛下直々のご指名にございますね」
「めでたくないよ! なんで急に一国の王様に会いに行かなきゃいけないんだよ! 俺はただの農家だぞ!?」
「ですが、サクラ様が『夫婦になりたい』とまで認められたお方でございますから。女王陛下としても、サクラ様を奪う(?)相手の面構えを直接確かめたいのでしょう」
「サクラちゃんのあの手紙、そこまで大事になってたのか……」
アキラは頭を抱えて深いため息をついた。
しかし、決定してしまった以上、うだうだと言っていても始まらない。さっそく東方国への訪問に向けた会議が開かれることとなった。
第一の議題は「移動手段」であった。
「マスター、当ダンジョンが誇る超弩級飛行戦艦にて乗り込むというのはいかがでしょうか? 空を突き破り、東方の王都上空に悠然と浮遊すれば、その威容に平伏すること間違いなしでございます!」
タマモが目を輝かせて提案したが、アキラは即座に手でバツ印を作った。
「却下! 砲艦外交しに行くわけじゃないんだから! そんなもん乗っていったら宣戦布告だと思われるだろ!」
会議に同席していた地球人の学生たちからも、口々にアイデアが飛び出した。
「じゃあドラゴンに乗っていこうぜ! 異世界っぽくて絶対格好いいって!」
「雲に乗って空を飛ぶのはどう? 東方の雰囲気にぴったりじゃない!」
「どれも目立ちすぎるだろ……」
あきれ顔のアキラは、腕を組みながら現実的な案を提示した。
「海を渡るなら、無難な船がいい。最低限の防衛用武装を付けた『貨客船』にしよう。今後の東方国との交易や物流にもそのまま使えるしな」
「なるほど。実利を兼ねた誠に合理的な選択にございますね」
方針が決まると、ダンジョン側の動きは早かった。
正式な公文書が届く前に、自動工兵ドローン群を最寄りの海岸線へと派遣。突貫工事によって最新の港湾設備があっという間に建設され、将来的には港湾都市へと発展させる計画まで策定された。
続いて行われた参加メンバーの公募では、予想以上の賑わいを見せた。
アキラ、タマモ、そして大使であるサクラの同行は確定。さらに「危険が少ない」という理由から、学生全員の参加が決定した。
「やったぁぁぁ! 異世界の船旅だーっ!」
「マジで!? これ完全に修学旅行じゃん! 露店でお菓子買い込んで乗ろうぜ!」
はしゃぎ回る学生たちのテンションは最高潮に達し、修学旅行気分で準備を進めていた。
その他にも、元商社マンの佐々木や、リハビリを終えて自分の足でしっかり歩けるようになった志保をはじめとする地球人の希望者たちが参加を表明。
そして極めつきは――
『はーい! 東方のお国訪問でしょ!? アタシも行く行く~! 極上の酒の本場を試飲しなきゃね!』
とノリと勢いで参加を決めたアマテラスとツクヨミであった。
数日後、東方国よりアキラたちを案内すべく一人の使者がやってきた。
だが、案内役として意気揚々と大森林を抜けた使者は、海岸線に出た瞬間にその場に突っ立ったまま固まった。
「な……なん……だと……!?」
使者の視界に飛び込んできたのは、以前まで何もなかったはずの荒涼とした海岸線にそびえ立つ、完璧に区画整理された真っ白で巨大な現代的港湾設備であった。滑らかなコンクリートの埠頭、整然と並ぶクレーン群、そして波を一切寄せ付けない完璧な防波堤。
しかし、使者の腰を抜かさせたのは港湾そのものではなかった。
そこに鎮座していた「船」――アキラたちが『最低限の武装を付けた貨客船』と呼ぶ巨大フェリーの存在である。
「な、なんだあの城のような巨大な鉄の塊はぁぁぁっ!?」
東方国の大型木造船など優に十倍は飲み込めるであろう、見上げるほどの巨大な白亜の船体。ビル数階分に匹敵する圧倒的なスケールと、見たこともない金属の質感に、使者は開いた口が塞がらず、手にした公文書の文箱を落とした。
「い、いやいやいや……!? 船!? あれが船なのですか!? 城が海に浮いているようなものではありませんか! こんな化け物で我が国へ乗り込むおつもりかぁぁぁっ!?」
ガタガタと膝を震わせ、パニックを起こして叫ぶ使者に対し、迎えに出ていたアキラは気まずそうに苦笑いを浮かべた。
「いや……これでも一番控えめな貨客船なんだよ。砲とか最低限しか積んでないし、乗客と荷物を運ぶためのただのフェリーだから……」
「これが……これが控えめ!? 交易都市の方々の『控え目』とは一体何なのですかぁぁぁっ!?」
腹をくくって船内へと案内された使者だったが、船内のサロンへ足を踏み入れたとき、さらなる追撃が彼を襲った。
『あ、使者さんお疲れ~! お酒飲む~?』
豪華な後光を背負い、酒杯を傾けていたアマテラスを見た瞬間、使者の顔面は蒼白となった。
「ヒッ……あ、アマテラス様……っ!? ほんとうに……ほんとうにご降臨されて……っ!?」
港の巨大さ、船の規格外のスケール、そして目の前に降臨している本物の最高神。キャパシティを完全に超えた過剰な衝撃の連続に、使者はその場に平伏したまま、白目を剥いて気絶してしまったのだった。
「あらら、倒れちゃった。打たれ弱い男ねぇ」
カラカラと笑うアマテラスを横目に、アキラは「だから神様は少し気配を隠してくれって言ったのに……」と胃の痛みに耐えるのだった。
使者を介抱しつつ、船は無事に東方国へ向けて出航した。
甲板では「修学旅行気分」の学生たちが爆発的な盛り上がりを見せていた。
「うおぉぉぉーっ! 風がすげえ気持ちいいっ! 見ろよ、海が青いぞー!」
「おい、あっちの波間に何か跳ねた! 異世界のイルカか!? 海竜か!?」
男子生徒たちは手すりに身を乗り出して海を指さし、大声を上げてはしゃぎ回る。女子生徒たちも甲板のベンチでお菓子を広げて完全なお茶会モードだ。
しかし――そんな天国のようなはしゃぎっぷりが続いたのは、出航からわずか二時間ほどのことであった。
波は穏やかだったが、船の微小な揺れと、甲板を走り回って油っこいお菓子や冷たいアイスをドカ食いした代償は、容赦なく彼らの胃袋へと襲いかかった。
「……う……ぐぐぐ……」
「な、なんか……急に視界がグルグルする……」
さっきまで船首で威張っていた男子生徒が、真っ青な顔で手すりにしがみつき、膝から崩れ落ちた。
一人、また一人と倒れ伏し、あんなに賑やかだった甲板は一瞬にして「全滅した戦場」のような静寂に包まれた。死屍累々とベンチや床に転がる学生たち。
「だから言わんこっちゃない……」
アキラは深くため息をつきながら、救命キットを手に彼らの元へ歩み寄った。
「ほら、酔い止めの薬と温かいお茶だ。飲んでじっとしてろ」
ナノマシン入りの酔い止めとお茶が効き、数分で気持ち悪さは引いていったものの、すっかり体力を使い果した学生たちは「うぅ……もう暴れません……」と魂の抜けた顔で床に座り込んでいた。
その後は、すっかり大人しくなった学生たちが大人しく海を眺めるという平和な航海が続いた。嵐に遭うこともなく二日で東方国諸島へと到着した。
「半月かかった道程をたった二日で・・・」
と使者が絶句していたのはお約束。
竹林と木造の風情ある町並みが見えて来ていた。




