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第43話 交易都市の影響~東方国諸島3

「コノエ前公爵! 今すぐその『脚気』の治療法と秘薬の製法を明かされよ! それこそが東方国の重臣たる者の務めではないか!」


重厚な宮中の大広間に、大臣たちの身勝手で威圧的な怒号が響き渡った。死病と恐れられた脚気を克服し、見事な全快を果たしたコノエ・ヒロツグ前公爵の姿を目にした重臣たちは、掌を返したようにその秘術と治療法を自らのものにしようと色めき立っていたのだ。


しかし、前公爵と現当主ヨシツグの親子は、取り囲む大臣たちの必死な眼光を前にしても、眉ひとつ動かさなかった。


「――お断りいたす」


ヒロツグ前公爵は白髪交じりの髭を優しく撫でながら、静かに、だが重みのある声で一蹴した。


「な……何だと!? 国家の危機を救うための教えを拒むというのか!?」


「何を勘違いしておられるか、大臣」


それまで父の傍らに控えていた現当主ヨシツグが前に出ると、上から目線で命令を下す重臣たちを冷ややかな眼差しで見据えた。


「この治療法と食養生の知恵は、父と妹サクラが文字通り命を懸けて大森林の果てまで渡り、かの地の主より賜ったものにございます。国になにひとつ貢献してこなかった方々が、頭も下げずに上から命じれば容易く手に入るとお思いか? どうしても治療法が知りたいとおっしゃるならば、ご自身で大森林の『交易都市』まで足を運び、直接お乞いになればよろしいでしょう」


「な……っ!? 大森林だと!? 戯言を! あのような不吉な地に我ら重臣が赴けるはずが――」


「ならば、大人しく引き下がられよ」


公爵親子の毅然とした突っぱねに、大臣たちはぐうの音も出ず、顔を真っ赤にして泡を吹くばかりであった。


-----


その間、玉座に鎮座する東方国の皇女ヒミコは、周囲の喧々囂々とした騒ぎなど耳に入らないほど、己の胸中で激しい感情の嵐に苛まれていた。


(……我が国が奉る太陽の女神様と、月の女神様が降臨されている……? しかも、異国の街の民と仲良く暮らしているだなんて……っ!)


国家の最高神が他国で人々と日常を共にしているという報せは、宗教的・政治的トップであるヒミコにとって頭が痛くなるほどの衝撃であった。


だが――ヒミコの心を何よりも乱していたのは、神々のこと以上に、手紙に記されていたサクラの熱烈な文面であった。


(サクラのやつ……! 年が近く、妹のように可愛がっていたあの子が……『遠藤アキラ様への想いが抑えきれません』『生涯をお支えしたい』だなんて……っ! 恋に恋する乙女どころか、完全に『夫婦になりたい』と宣言しているではありませんか……!)


普段は気高く淑やかだったサクラが、なりふり構わず一人の男性に情熱を傾けている。


(私より先に殿方を射止めるつもりなのですか……!? というか……サクラがそこまで身も心も捧げようとしている『遠藤アキラ』とは、一体いかなるお方なのですか……っ!?)


神々の降臨に対する動揺と、サクラに先を越されかねない乙女の焦り。そして、サクラをそこまで夢中にさせた未だ見ぬ「遠藤アキラ」という存在への強い興味と対抗心。ヒミコの頭の中は、複雑な感情でいっぱいになっていた。


「……静かにしなさい!!」


大広間に響き渡ったヒミコの一喝に、言い争っていた大臣たちと公爵親子が一斉に口をつぐみ、ひれ伏した。


赤みを帯びた頬を扇で隠しながら、ヒミコは凛とした威厳を取り戻すように背筋を伸ばし、玉座から言葉を紡いだ。


「コノエ前公爵、ならびにヨシツグ。サクラの働き、実に見事である。……これより、サクラを我が東方国の正式な『初代交易大使』に任命する」


「ハッ! ありがたき幸せにございます!」


大臣たちが驚きに目を見張る中、ヒミコは扇の奥でニヤリと可憐な笑みを浮かべ、思いついた秘策を口にした。


「そして、大使の正式着任の儀と国交樹立の協議のため、サクラを一度参内させよ。――その際、サクラが駐在する交易都市の主……『遠藤アキラ』殿を必ず同伴させるのです!」


「「「な……なんですとーっ!?」」」


大臣たちの素っ頓狂な叫びが宮中にこだました。


異国の都市のトップをいきなり王都の城中へと招き入れるという前代未聞の提案に、重臣たちは泡を食って狼狽する。しかし、ヒミコの瞳には「サクラの想い人がどんな男なのか、この目で直接確かめてやる」という揺るぎない意志が宿っていた。


こうして、大森林の交易都市と東方国を結ぶ、歴史的な「参内と直接外交」の舞台が整えられたのであった。


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