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第40話 閑話 あるシスターの特別待遇

完成を迎えた交易都市の第一区画。その中央に佇む管理奉行所の奥深くに、いつもの顔ぶれが集まっていた。


円卓を囲むのは、街の管理者である遠藤アキラ、管理AIのタマモ、顧問である元商社マンの佐々木と元会社社長の大河内。そして本日の議題に配慮し、特別に志保と、東方国からの初代大使であるサクラの二人も同席していた。


「……さて。本日の議題だが」


作業着の袖を軽くまくり上げたアキラが、湯呑みのお茶を一口すすり、困ったような、しかし苦笑いを噛み殺したような表情で口を開いた。


「議題は、水濠のほとりでお祈りしているシスター・リゼの『今後の処遇』についてだ」


その名前が出た瞬間、同席していた全員の顔に、なんとも言えない微妙で温かな微笑みが浮かんだ。


「マスター」とタマモが九本の白い尾をゆったりと揺らし、和服の袖からホログラムの集計データを展開した。

「まず、直近におけるリゼ様の『防衛成果』および『回収資源データ』の更新をご報告いたします。聖堂教会の暗部9名、特別討伐遠征隊9名、500名の攻略本隊、そして軍師ヴィクトルの『双翼8名陣』16名……。すべてリゼ様が現地に佇む、あるいは親切心で駆け寄ることで『10人ルール』の重複領域が完成し、自動的に壊滅いたしました」


「結果だけ見れば、一騎当千どころか単身で敵の全軍を完封する『歩く絶対防衛兵器』ですな」

と、佐々木がメガネの奥の目を光らせて笑う。


大河内も「ワハハ!」と豪快に膝を叩いた。

「しかも、回収された騎士どもの最高級金属装備は、わが街の農業用水路のパイプ数百本、街灯、軽量クワやカマとして再資源化されております! 経済的・資源的貢献度で言えば、金貨数万枚分どころの騒ぎではありませんぞ!」


「問題はだな……」

アキラが額を押さえた。

「本人がそれを『一切自覚していない』ことと、彼女が持っている『無一文で旅をするのが女神の教え』という頑なな信仰心なんだよ」


志保がクスッと小さく笑い、優しく言葉を添えた。

「リゼさん、本当に純粋な方なんです。街の露店で美味しそうなお菓子や可愛い雑貨を見つめていても、『私には試練の旅の途中ですから』って、自分からは絶対にお金を払って買おうとしないんです。でも、お風呂上がりのかき氷を差し差し上げると、目からポロポロ涙を流して『女神様と志保様の温かいお施しですわ!』って……」


サクラも、しとやかに濡れた黒髪を耳にかけながら、涼やかな瞳を細めた。

「ふふ、東方においても『無欲にして徳を積む者』は尊ばれます。ですが、あれほどの偉功を立てながら、当人が過酷な我慢を重ねているのは、この街の義にも反するのではないでしょうか」


「まさにそこなんだ」

アキラが身を乗り出した。

「あいつのおかげで街は無傷で、莫大な資材まで手に入ってる。なのに、当人に『お給料』として金を渡そうとしても、『寸鉄も帯びず無一文で旅をするのが試練』とか言って絶対受け取らないだろ?」


「受け取るはずがございませんね」

タマモが悪戯っぽく微笑んだ。

「下手に金貨を渡せば、『私を世俗の欲で汚す気ですの!?』とパニックになりかねません」


佐々木が顎に手を当て、提案するように指を一本立てた。


「では、アキラさん。こういう形ではいかがでしょう。『内密の特別通達』を出すのです」


「特別通達?」


「ええ。交易都市内のすべての施設――宿場、食堂、大浴場、衣類・生活雑貨店に対し、『シスター・リゼ氏の利用料・飲食代・物品提供費用は全額、管理奉行所の防衛経費(あるいは特別お施し基金)より自動引き落としとし、本人からは一切の対価を受け取ってはならない』という極秘命令を回します」


「なるほど!」

大河内が手をポンと叩いた。

「街の店主たちには『あのお方は街を守る尊い神の使いであられるから、代金は奉行所からもらう。シスターには笑顔で提供せよ』と伝えておけば良い! 無料で美味しいご飯やお風呂が提供されても、リゼ殿ならどう受け取るか……」


志保とサクラが顔を見合わせ、楽しそうに微笑んだ。


「リゼさんなら絶対に……『まあ! 創世の女神様のご加護と、この交易都市の親切で敬虔な皆様からの温かいお施しですわ!』って、大感激して祈りを捧げますね」


「ええ。双方の思いが綺麗に噛み合いますわ。街側は正当な対価を支払い、リゼ様は自らの信仰を汚さずに『恵み』として受け取ることができる……誠に雅で温かな解決策にございます」


アキラは全員の顔を見渡し、大きく頷いた。


「決まりだな。……タマモ、すぐに第一区画から第三区画までの全店舗にその内密通達を出してくれ。リゼが『自分は特別扱いされている』と気付いて躊躇しないよう、あくまで『街の人々が敬虔なシスターに自発的に善意でお施しをしている』という体裁を徹底すること」


「畏まりました、マスター!」タマモが九本の尾を嬉しそうにパタパタと揺らし、手元の端末で手際よく伝達処理を完了させた。「これで、リゼ様は当都市の『衣・食・住・お風呂』を永久無料で使い放題となります。防衛予算から見れば、実質タダのような微々たる経費でございますね」



-----その日の夕方。


大浴場から上がり、柑橘の甘い香りを漂わせながら食堂へとやってきたリゼは、目の前に運ばれてきた「イチゴシロップたっぷりの特大かき氷」と「焼きたての鳥串」を前に、ぽろぽろと感動の涙を流していた。


「まあ……! 店主様、私、一文も持っておりませんのに……こんなに豪華なお食事をいただいて宜しいのですか……!?」


店主の獣人のオヤジは、アキラたちからの内密通達を思い出し、胸を張ってニッコリと笑った。


「もちろんだよ、シスター! アンタがこの街でいつも綺麗なお祈りをしてくれるおかげで、街は今日も平和で商売繁盛なんだ! これは俺たち街のみんなからの『感謝のお施し』さ! お金なんていらないから、お腹いっぱい食べてゆっくりお風呂に入っていっておくれ!」


「ああっ……創世の女神様……ッ!」


リゼは両手を胸の前でギュッと組み、天井を見上げて感涙した。


「寸鉄も帯びず、無一文で旅する私に、本日もこのような極上の温湯と美味しすぎるかき氷の恵みを与えてくださるなんて……! この交易都市の人々は、なんと敬虔で、なんと優しさに満ちあふれているのでしょう……ッ! 女神様、そして街の皆様、本当にありがとうございますわ〜〜〜ッ!!」


感謝の祈りを捧げながら、幸せそうにイチゴかき氷を口へと運ぶリゼ。


その微笑ましい光景を、食堂の隅の席でお茶を飲みながら遠目で見守っていたアキラとタマモ、志保、サクラの四人は、温かな眼差しでそっと盃と湯呑みを交わし合うのだった。-


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


作品を気に入っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけるとうれしいです。


引き続き『俺のスローライフどこいった?(旧題ダンジョンワールド)』をよろしくお願いします。

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