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第38話 閑話 温かい手と憧れの商人さま

冷たくて暗い物置の片隅で、熱にうなされながら思っていたのは、「私はこのまま死んじゃうんだ」ということだけでした。


集落のエルフの人たちは、ハーフエルフの私やトゥーンお兄ちゃんをいつも「混ざりモノ」と呼んで、冷たい目で見下していました。里長の息子に錆びた鉄の剣で傷つけられ、高熱と激しい痛みに苦しんでいたときも、誰も助けてはくれませんでした。エルフの治癒魔法をかけてもらうことすら断られ、傷口は赤く腫れあがり、お喋りどころか口を開けることすらできなくなっていったのです。


そんな絶望の淵から私を掬い上げてくれたのは、不思議な魔法でも、エルフの崇高な薬学でもありませんでした。


「当都市の基本理念は『困っている方に手を差し伸べる』ことにございます」


薬師ギルドの冷たい床で崩れ落ちた私たちに、優しくそう声をかけてくれたのは、綺麗な服を着た人間の商人様でした。手品のように取り出された小さな薬瓶や清潔な器具、そして魔法を使わない丁寧なお手当てによって、あれほど私を苦しめていた高熱と痛みが、奇跡みたいにスーッと引いていったのです。


私を「混ざりモノ」ではなく、「シェニー様」とひとりの人間として呼んでくれたその温かい手と柔らかな笑顔。その人懐っこくて優しい眼差しに、私の幼い心は激しく揺さぶられていました。-----


森の中の教室と、胸に秘めた想い


集落をあとにして、広い「魔の森」を通って交易都市へと向かう旅が始まりました。


恐ろしい魔物がたくさんいると聞いていた深い森なのに、商人様と一緒に歩く道のりは、驚くほど穏やかで温かな時間でした。商人様は旅に慣れているみたいで、危険な場所をさりげなく避けてくれて、私たちが疲れると軽くてふかふかのお布団や、食べたこともないほど美味しい温かなごはんを用意してくれました。


夜、パチパチと燃える焚き火のそばで、私はずっと聞きたかったことを商人様に尋ねました。


「商人様……エルフの偉いお医者様たちが治せなかった私の傷を、どうして商人様は魔法も使わないで治せたの?」


商人様は私の目線に合わせて腰を落とすと、お兄さんらしい優しい笑顔を向けてくれました。


「シェニー様。エルフの方々の回復魔法は素晴らしいものですが、体に力を与える仕組みになっています。ですが、あなたの体内には『破傷風菌』という、目に見えないほど小さな生き物が侵入して毒を出していたのです。その状態で魔法を使えば、その生き物まで元気になって暴れてしまいます」


「目に見えない……ちいさな生き物……?」


「はい。ですから、まずは『抗菌薬』というお薬でその生き物をやっつけて、毒を取り除く必要があったのですよ。魔法が効かなかったのではなく、治す順番が大切だったのです」


言葉を失って聞き入る私に、となりに座っていたお兄ちゃんが大きく頷きながら言いました。


「シェニー、覚えているかい? 里のエルフの人たちは『ハーフエルフに魔法をかけるのは無駄だ』とか『邪悪な呪いだ』って言っていたよね。でも、本当は違ったんだ。正しく病気の理由を知って、助けるための知識を持っていなかっただけなんだよ」


「……うん。商人様は、私がハーフエルフだから助けてくれたんじゃないよね? どんな人でも、困っている人を助けるために……その正しい知識を使ってくれたんだよね?」


私が尋ねると、商人様は「その通りですよ」と言って、優しく私の頭を撫でてくれました。


「知識や学問は、誰かより威張るためや、人を仲間外れにするためにあるのではありません。『困っている人に手を差し伸べる』ためにこそあるのです」


そう語る商人様の大きな手と、自分に向けられる温かな瞳に触れていると、胸の奥がキュッと愛おしく締め付けられました。


(ああ……私、この商人様が大好きだ……)


命を救ってくれた格好いいお兄さんだから、というだけではありません。誰もが諦め、蔑んだ私たちの命をひとりの人間として尊重し、優しく救ってくれたその誠実な心に、私は強く憧れ、恋心を抱いていたのです。


「商人様……! 私、いっぱい勉強したい! 目に見えない小さな病気のこと、本当のお薬のこと……たくさん勉強して、商人様みたいに正しい知識を使って、困っている人を助けられる大人になりたい!」


「私とお兄ちゃんで、もう誰も見捨てたくないの。どんな人でも笑顔にできる……本当の『聖女』みたいなお医者さんになりたい!」


思わず立ち上がって思いを伝えると、商人様は嬉しそうに目を細めてくれました。


「素晴らしいお心持ちですね、シェニー様。私たちの『交易都市』には、たくさんの本と学びの場があります。一生懸命勉強する方には、誰にでも等しく道が開かれていますよ」


「シェニー、一緒に頑張ろう。僕たちを救ってくれた商人様や、この街のために……僕たちも強く、優しくなろうね」


お兄ちゃんが私の手をぎゅっと握り返してくれました。虐げられて泣いてばかりいた過去の自分には、もう戻りません。商人様が教えてくれた「本当の学び」と「人を救う心」を胸に、立派な大人になることを心に誓いました。-----


交易都市への到着と、これからの未来


何日か歩いた末に森を抜けると、目の前に太陽の光を受けてピカピカ輝く、見たこともないほど大きな「星型要塞都市」が現れました。


綺麗な水が流れるお堀を渡り、大きな門をくぐった瞬間に広がっていたのは、ゴミひとつ落ちていない清らかな石畳と、あらゆる種族の人たちが笑顔でおしゃべりしている温かい街並みでした。ハーフエルフの私たちを嫌な目で見たり、追い払おうとしたりする人は、ここには誰もいませんでした。


街の管理者であるタマモ様という綺麗なキツネ耳のお姉さんや、アキラ様という優しそうなおじさんに迎えられ、ふかふかのベッドがあるお部屋に案内されたとき、私は静かに商人様の服の裾をギュッと握りしめました。


「商人様……ここまで一緒に来てくれて、本当にありがとうございました」


「いいえ、シェニー様。あなたの素敵な新しい毎日は、ここから始まるのですよ」


いつも通り穏やかに微笑む商人様を見上げながら、私は胸の中でそっと誓いました。


(いつか私が大きくなって、本当のお医者さんになって……商人様やアキラ様たちが作ってくれたこの温かい街を、今度は私の手で守れるようになります。……その時まで、この大好きな気持ちと一緒に、一歩ずつ前へ進んでいきます!)


冷たく絶望的だった過去をあとに、大好きな商人様の手で導かれた私は、希望と学びに満ちた新しい未来へ向かって、確かな第一歩を踏み出しました。



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