第34話 閑話 湯上がりの情熱を無自覚な男
大浴場から上がり、湯上がりの火照った肌を柔らかいバスタオルと清潔な衣服で包んだ四人。廊下へ出ると、柑橘のフレッシュな香りと冷たすぎない心地よい風が火照った体を優しく撫でた。
「ふぅ……極楽の後の余韻もまた素晴らしいですわ……」
「本当に。髪もサラサラで、体が軽くなったみたいです」
リゼとこずえが晴れやかな表情で髪を拭いていると、曲がり角の先から見慣れた人影が歩いてきた。
「あ、みんな。お風呂上がりか?」
そこにいたのは、執務の合間の休憩なのか、冷たいお茶のボトルを手にしたアキラだった。
「「あ、アキラさん(様)……!?」」
志保とサクラが同時に声を上げ、ピクッと体を跳ねさせる。湯船の中で互いの情熱を確かめ合った直後だけに、本心を知る対象を前にして心臓が跳ね上がった。
一方のリゼとこずえは顔を見合わせると、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべ、素早く目配せを交わした。
「あ、アキラさん! 私たち、お風呂上がりのかき氷を食べに食堂へ急ぎますの! それでは失礼いたしますわ!」
「イチゴシロップたっぷりのやつ、売り切れないうちに行ってきますね! お二人とも、ごゆっくり〜!」
「えっ、あ、ちょっ……二人とも!?」
志保の制止も聞かず、リゼとこずえは風のように廊下の奥へと走り去っていった。残されたのはアキラと、湯上がりでほんのり頬を桜色に染めた志保とサクラの二人だけだ。
「なんだか忙しそうだな……。二人は大丈夫か? のぼせたりしてないか?」
アキラが少し心配そうに二人へ歩み寄る。ほんのりとお風呂上がりの石鹸の甘い香りと、湯気を含んだ髪から漂う瑞々しい気配が鼻腔をくすぐり、アキラは思わずドキリとして視線を泳がせた。
「あ、はい! 全然大丈夫です! それより、アキラさん……っ!」
志保が浴場での「絶対負けない」という誓いを思い出し、キュッと拳を握りしめて一歩踏み出した。湯上がりの熱気と女子会の勢いが、普段なら躊躇してしまう一線を簡単に飛び越えさせる。
「あ、あのね! 今日の夜なんですけど……子供たちの見回り報告のあと、少しだけアキラさんと二人でお話ししたいです! 将来のこととか、街のこれからのこと……もっとアキラさんの考えを聞きたくて!」
志保は上目遣いにアキラの目を見つめ、ギュッと距離を詰めた。いつもより積極的な志保の態度に、アキラは「お、おう……?」と圧倒されつつ頷く。
「ああ、もちろんいいぞ。志保さんの意見はいつも助かってるし、二人でゆっくり話そう」
「〜〜〜っ! はいっ、楽しみにしていますね!」
パッと花が咲いたような笑顔を見せる志保。しかし、その横からすっとしとやかな影が割り込んできた。サクラである。
「アキラ様。夜のお話も魅力的でございますが……明朝の定例報告の際、東方から取り寄せた最高級の茶葉をお淹れいたしますわ」
サクラはしっとりと濡れた黒髪を耳にかけながら、涼やかな瞳でアキラを真っ直ぐに見つめた。その距離は、息遣いを感じられるほどに等しい。
「え、あ、サクラちゃん? 最高級の茶葉って……」
「ええ。アキラ様にお味わいいただきたく、大切に保管していたものにございます。お茶を嗜みながら、双方の国の未来について……そして、私とアキラ様の『これからの特別な関係』について、じっくりとお話しさせていただければと」
「と、特別な関係……!?」
アキラが素でテンパる横で、志保が「ちょっとサクラちゃん!?」と密やかな対抗心を燃やす。
「サクラちゃん、ずるい! 私だって明日の朝はアキラさんに一番美味しい淹れたてのお茶を差し上げるんだから!」
「ふふ、志保様のお心遣いも素晴らしいですが、東方の茶の湯の儀礼は深く芳しいものですのよ? アキラ様、どちらのお茶がお好みでございますか?」
二人の可憐な乙女が、湯上がりの艶やかな姿で左右から迫り、アキラの顔を覗き込んでくる。熱い視線と仄かな香りに包まれ、アキラは完全にタジタジとなった。
「あ、いや……二人とも、二人のお茶はどっちもすごく美味しいし、話を聞けるのは嬉しいんだが……なんだか今日、すごく勢いがないか(※勢いがすごくないか)……?」
「そんなことありませんわ。私はただ、大切な方へ想いを伝える隙を逃さぬよう、武者として真剣なだけでございます」
「私もです! アキラさんに、もっと私のことを見てほしいなって思っただけです!」
堂々と宣言する二人に、アキラは耳まで赤くしながら後ずさりする。
「そ、そうか……。じゃあ、今夜も明日の朝も楽しみにしてるよ……! 俺、ちょっと冷たい水飲んでくるな!」
耐えきれなくなったアキラは、照れ隠しのようにボトルを握りしめると、逃げるように廊下の先へと歩み去っていった。
その背中を見送りながら、志保とサクラは顔を見合わせ、ふっとお互いに笑みをこぼした。
「サクラちゃん、やっぱり全然引かないね」
「当然にございます。ですが、志保様もとても素敵で強いお顔をなさっていましたわ」
互いの情熱を確かめ合い、二人は清々しいライバルシップを感じながら、並んで自室へと歩き出すのだった。




