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第33話 閑話 湯煙と乙女たちの本音トーク

湯気に包まれた広い大浴場で、シスター・リゼはウットリと目を細め、肩までお湯に浸かっていた。


「はぁぁぁ……まさに天国ですわ……。創世の女神様、どうか不敬をお許しください……。この『お風呂』という悪魔的で神聖な快楽に、私、完全に負けてしまいました……」


かつては「寸鉄も帯びず、身一つで旅をするのが試練」と固く信じ込んでいたリゼだったが、交易都市の温水シャワーと柑橘の香りがする石鹸、そしてフカフカのバスタオルを知ってしまった今、元いた生活に戻るなど到底考えられなくなっていた。


湯船の縁に頭を預けてトロけきっていたリゼの耳に、パシャリと心地よい水音が届いた。


「あら、リゼさん。先にお湯に浸かっていたのですね」

「ふふ、本当にこのお湯は気持ちが良いですね。長旅の疲れが綺麗さっぱり吹き飛びます」

「あ、リゼちゃん! 一緒に入ってもいい?」


振り返ると、そこには湯上がりの上気した肌をほんのり桜色に染めた佐藤志保、コノエ・サクラ、そして聖女こずえ(佐野こずえ)の三人が立っていた。


「志保さん! サクラさんに、こずえさんも! どうぞどうぞ、こちらの広々とした方へ!」


リゼが嬉しそうにお湯を掻き分けると、三人もしとやかに湯船へと入ってきた。白い湯気が四人の可憐な肌を包み込み、自然と「お風呂女子会」が幕を開けた。-----「はぁ……極楽ですね……」


こずえが小さく息を吐きながら膝を抱える。その表情には、聖堂教会で強いられていた過酷な生活からの解放感が滲み出ていた。


「こずえさん、大聖堂での生活はやっぱり大変でしたの?」


リゼが尋ねると、こずえは苦笑いを浮かべて大きく首を縦に振った。


「大変なんてものじゃなかったですよ……。入浴なんて『皮膚の毛穴を開くと病気や呪いが侵入する』っていう迷信のせいで、月に一度あるかないかでしたし……」


「分かりますわ、分かりますわそれ……ッ!」


リゼがバシャッと身を乗り出し、激しく同意した。


「お風呂に入れないから身体は常にベタついて痒いですし、髪なんて油でギトギトになって固まってしまうんですのよ!? 交易都市に来て、シャンプーで泡立てて洗髪できた時のあの感動……涙が出ましたわ!」


それを聞いた志保とサクラは、思わずドン引きして顔を見合わせた。現代日本の清潔感になじんだ志保はもちろん、清潔と湯浴みの文化を重んじる東方国出身のサクラにとっても、それは想像を絶する悪夢のような環境だった。


「つ、月に一度……!? 髪が油で……? それ、よく皮膚炎になりませんでしたね……」

志保が引きつった苦笑いを浮かべると、サクラも扇で口元を覆うような仕草(今は裸だが)で引いている。

「東方でも毎日の行水や湯浴みは当然の嗜み……月に一度とは、修道士の方々は過酷な修行をなさっていたのですね……」


「修行というより、ただの不衛生の地獄ですわ!」とリゼが憤慨すると、こずえも「本当にそうです!」と身を乗り出した。


「あと、食事も本当にひどくて……。大聖堂で与えられていたのは、カビ臭くて石みたいに硬いパンと、パサパサで塩辛い干し肉だけでした。それにお水も、上流で生活排水や排泄物が混ざっているような不衛生な川の水ばかりで……。お腹を壊すのが日常茶飯事だったんです。この街で、分子レベルで浄化された綺麗な水と、あつあつの白いご飯やお味噌汁を食べられた時は、本当に生き返った心地がしました……!」


「カビ臭いパンに、生活排水の混ざった水……!? うええっ、お腹壊すどころの話じゃないよ……!」

志保が自分の腹部を抱えるようにしてドン引きする。サクラも青ざめた表情で頷いた。

「清らかな水と澄んだ米、新鮮な魚介と出汁こそが食の基本……。そのような毒のようなものを口にさせられていたとは、あまりにも痛ましいことです……」


「食事とお水、本当に重要ですわね!」とリゼが深く頷き、熱弁を続ける。


「それに衣類もですわ! あちらの修道服や普段着は、ゴワゴワした粗悪な羊毛や麻でできていて、肌に触れるたびにチクチクして赤くなってしまって……。おまけに洗濯の概念も乏しいから、ずっと生乾きの雑菌臭が漂っていたんですのよ。ですが、この街のお洋服は綿や新素材でサラサラですし、洗剤の良い香りがして……着ているだけで幸せになれますわ!」


「うわぁ……生乾きの雑菌臭……。服がチクチクするのも耐えられないかも……」

志保がドン引きしつつも、自分の着ている柔らかい衣類を思い出して身震いした。サクラも同調する。

「東方でも絹や晒しなど、肌に触れる衣の清廉さは重んじられます。雑菌の匂いをまとって暮らすなど、精神がすり減ってしまいますね……」


さらにこずえが、声をひそめて最も切実な悩みを吐露した。


「……それに、もっと切実だったのが生理用品です……。外の世界だと、使い古した汚い布切れを当てて、それを何度も洗って使い回すか、藁や葉っぱを詰めるくらいしか方法がなくて……。衛生面でも最低でしたし、漏れないか毎月ヒヤヒヤして憂鬱でたまりませんでした……」


これには志保とサクラも、引きつつも最大の同情を寄せて大きく頷いた。

「葉っぱや藁……!? それ、絶対痛いし衛生的に大問題だよ……っ! 想像しただけで恐ろしい……」

志保が思わず声を張り上げると、サクラも痛ましそうに胸を押さえた。

「東方でも和紙や木綿を用いますが、使い捨ての吸水紙などという便利なものはございません……。毎月の悩みがそこまで過酷だったとは……」


「ああっ……! それですわ、それですのよこずえさん……ッ!!」


リゼの目から感動(と過去のトラウマ)の涙がポロポロと溢れ出た。


「この街の、ふんわり柔らかくて高吸収な使い捨ての生理用品を知った時、私は『これこそが神の与えし真の奇跡だ』と確信いたしました! 経血の漏れや肌荒れの恐怖から解放されることが、どれほど女子にとって救いか……! 聖堂教会の教理より、この1パックの衛生用品の方がよっぽど人々を救っておりますわ!!」


過酷な環境を生き抜いてきた元シスターと元聖女の熱い不衛生愚痴トークに、志保とサクラはドン引きしつつも、心からの同情と共感を寄せた。


「二人とも、本当に大変な思いをしてきたんだね……。でも、アキラさんが作ってくれたこの環境があって本当によかった。アキラさんは、ただ街を作っただけじゃなくて、みんなの当たり前の幸せを取り戻してくれたんだね」


サクラも深々と頷き、その瞳に熱い光を宿した。


「ええ。この清浄なお風呂も、美味しいお食事も、清潔なお召し物や衛生用品も……すべてはアキラ様が私たちに下さった、至高の温もりにございますわ」-----湯気の中で、サクラは手で丁寧にお湯をすくい上げながら、澄んだ瞳で真っ直ぐに志保を見つめた。


「父様の原因不明だった足の病を、アキラ様はたった十分で治してくださいました。そのご恩はもちろんですが……私は、あの方の飾らないお人柄と、底知れぬ包容力に心から惹かれておりますの」


「え……? サクラちゃん……?」


志保が少し目を見開く。サクラは少しも照れることなく、凛とした涼やかな笑顔で言葉を続けた。


「私は武芸を嗜む者として、強いお心を持つ方に憧れておりました。ですがアキラ様は、圧倒的なお力をお持ちでありながら、威張ることもなく『困っている人がいたら助けるだけだ』と微笑まれる……。私は、アキラ様のことが一人の女性として、本当に大好きでございますの」


「「え、えええぇぇぇっ!?」」


先ほどまで不衛生な思い出に涙していたリゼとこずえが、思わず声を揃えて叫び、お湯が盛大に跳ね上がった。


まさか東方国から来た16歳の美貌の大使が、ここまでストレートかつ堂々と恋心を暴露するとは思ってもみなかったのだ。


「サ、サクラさん……! それって、本気の告白……!?」


「ええ、本気でございますよ? 外交官としてこの街に駐在することを決めた一番の理由も、アキラ様のおそばに少しでも長くいたかったからにございます」


あっけらかんと言い切るサクラの爽やかさに、志保の顔が一瞬で真っ赤に染まった。しかし、胸の奥から湧き上がる熱い感情が、志保の背中を強く押し出す。


「~っ!? さ、サクラちゃんがそんなに真っ直ぐなら……私も、黙っていられません!」


志保は湯船の中でギュッと拳を握り締め、サクラの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。


「私もね……事故で足を失って、世界から取り残されたと思ってずっと暗闇の中にいたの。でも、アキラさんは私を車椅子の障害者としてじゃなく、一人の人間として当たり前に助けてくれて……私の止まっていた時間を動かしてくれたの!」


上気した頬をさらに赤くしながら、志保は密やかな対抗心を露わにして言葉を紡ぐ。


「昼間だって、私、アキラさんの執務のお手伝いをしながら毎朝淹れたてのお茶を差し上げているんだから! アキラさん、私の淹れたお茶を飲むと『志保さんのお茶は落ち着くなぁ』って、すごく優しい顔で笑ってくれるのよ!」


「まあ……」とサクラは微かに眉を上げ、ふっと雅やかな笑みを深めた。

「お茶の給仕でございますか。志保様のお心遣いは流石でございますね。……ですが、私とアキラ様の間には、双方の国の未来を背負った『初代外交官としての固い絆』がございます。毎朝の定例報告の折には、アキラ様は私の目をじっと見つめ、真摯に耳を傾けてくださいますのよ? この強いお言葉の交わし合いこそ、真の信頼の証かと」


「むぐぐ……っ!」志保が思わず言葉を詰まらせるが、すぐさま反撃に出る。

「それなら! 私は子供たちの見回りや手伝いのことで、夜だってアキラさんと将来のことについてゆっくり相談に乗ってもらってるんだから! 私が落ち込んだ時も、アキラさんは真っ先に気づいて肩を叩いてくれたの!」


「ほほう……夜のお話でございますか」サクラは一歩も引かず、しとやかに首を傾げた。

「でしたら私は、東方の特産品である最高級の茶葉とお菓子をお届けし、二人で故郷の食文化について睦まじく語り合いましたわ。『サクラさんの国の料理も美味そうだなぁ』と、アキラ様はお顔を綻ばせていらっしゃいました」


「そ、それはただの試食と仕事の話じゃないの……!?」

「ふふ、食を共にし、故郷の景色を語り合うことこそ、東方においては最も親密な情を育む儀礼にございますのよ?」


「なっ……!サクラちゃん、意外と抜け目ない……!」

「武芸者たるもの、隙を見せぬのは当然にございます。アキラ様への想いにおいても、私は一切の妥協をいたしませんわ」


対峙する二人。だが、そこにあるのはドロドロとした嫉妬ではなく、お互いの想いの深さとアキラへの強い情熱を認め合う、清々しくも真剣なライバル関係だった。サクラは満足そうに微笑むと、凛とした瞳で優しく頷いた。


「ふふ、素晴らしいお覚悟です、志保様。正々堂々、お互いにアキラ様へ想いを伝えてまいりましょうね」


「うんっ……! 私だって絶対に負けないからね、サクラちゃん!」-----二人の間にバチバチ(?)、あるいはキラキラとした情熱の火花が散るのを目撃して、リゼとこずえは顔を見合わせた。


「な、なんだかお湯の温度以上に、空間が熱くなってきましたわね……」


「ですね……アキラさん、本人は全然気づいてなさそうなのに、相変わらず無自覚にすごいです……」


二人はそっと湯船から上がり、火照った身体を涼めるようにフチへ腰掛けた。


「……ねえ、リゼちゃん。お風呂から上がったら、あのおいしい冷た~い『かき氷』食べに行かない?」


「素晴らしい提案ですわ、こずえさん! イチゴシロップたっぷりのやつをいただきましょう!」


恋の熱戦を繰り広げる志保とサクラを温かく見守りつつ、リゼとこずえは「お風呂上がりの至福の味覚」へと心を踊らせるのだった。



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