第31話 攻略本体 未知との遭遇
爽やかな朝の光が交易都市の執務室に差し込んでいた。
「ふぁ……よく寝た……」
作業着の袖を軽くまくり上げた遠藤アキラは、大きなあくびを噛み殺しながら湯呑みに温かいお茶を注いだ。昨日、重力デバフ網にかかった哀れな勇者高校生三人組(シン、こずえ、はじめ)を無事に保護し、タマモが用意してくれた温かいご飯とお味噌汁で胃袋を掴んだばかりだ。トラウマものの虫歯治療という試練はあったものの、ひとまず彼らの洗脳を解く第一歩を踏み出せたことに胸を撫でおろしていた。
「おはようございます、マスター。ゆうべはよくお休みになれましたか?」
九本の白い尾を優雅にゆらゆらと揺らしながら、管理AIのタマモがお盆に乗った和菓子を携えてやってきた。
「ああ、バッチリだ。……で、あの高校生たちはどうだ? ちゃんと寝られたか?」
「はい。第18階層のふかふかのベッドで三人とも爆睡されておりました。生体スキャンによりますと、過酷な訓練による慢性疲労も完全に回復しております」
「そりゃ良かった。……ん? タマモ、なんか言いたたそうな顔してんな。何かあったか?」
アキラがお茶を一口すすると、タマモは狐耳をぴくっと動かし、いたずらっぽくにっこりと微笑んだ。
「はい、マスター。実は昨夜から今朝方にかけて……大森林の街道上に展開していた聖人国の『攻略本隊』が、完全に壊滅いたしました」
「……ブッ!?」
アキラは思わずお茶を吹き出しそうになり、げほげほとお見苦しく咳き込んだ。
「は……!? 攻略本隊!? 壊滅って……どういうことだ!? 昨日のあいつらだけじゃなかったのか!?」
「ええ。ミリタリー的・戦略的な観点から言えば、僅か9名の勇者パーティーだけで当都市の攻城戦を行うなどあり得ませんからね。彼らはあくまで『門の突破と防衛網の撹乱』を担う特攻先鋒に過ぎなかったのです」
タマモが和服の袖をひと振りすると、執務室の中央にホログラムの立体映像が鮮やかに浮かび上がった。そこに映し出されていたのは、昨夜の大森林街道の録画ログであった。-----昨夜――暗闇に包まれた大森林の街道。
「いいか! 勇者たちが門をこじ開け、不敬なる要塞都市が混乱に陥った瞬間一気に突入する!」
闇に紛れて待機していたのは、聖人国が誇る精鋭・聖騎士団と歩兵連隊からなる総勢五百名の「攻略本隊」であった。
彼らは前回の暗部隊の全滅から「10人ルール(300m圏内に10人以上で激重呪いが発動)」の存在を徹底的に分析。軍師の緻密な計算のもと、**「一隊あたり厳格に9名」「各隊の間隔を正確に300メートル以上維持する」**という、極めて完璧な散開陣形を維持して進軍していたのである。
門の突破を担当する勇者先鋒隊(9名)が先行し、その後方を無数の9人小隊が整然とグリッド状に配置され、静まり返っていた。
……しかし、彼らの計算は最初の段階で崩壊していた。
先鋒の勇者隊が、水濠脇で祈りを捧げていたシスター・リゼ(+1)の存在によって即座に「10人」に達し、一瞬で512倍の重力デバフで沈黙。さらに、当ダンジョンの自動回収ドローンによって、わずか三分で全員回収・保護されてしまったのだ。
本隊の司令官から見れば、どうだったか。
「……む? 勇者隊の合図が来んぞ?」
「隊長、勇者たちが……門前へ到達した瞬間、煙のように消え失せました!」
「な、何だと……!? 戦闘の音も、魔法の発動音すら聞こえなかったぞ!?」
門を破るはずの勇者たちが、何の前触れもなく暗闇の中へと消えた。
情報が完全に途絶した本隊は、恐怖と困惑のあまり、街道上でピタリと足を止めて固まってしまったのである。
そして――最悪の「災厄」が訪れた。
「あら? こんな夜更けに、あんなところで皆様お行儀よく並んで……どうされたのかしら?」
不審に思ったシスター・リゼが、ランタンを手に、親切心から後方に佇む先頭の9人小隊へとトコトコ歩み寄っていったのだ。
「あ、危ない! 誰か座り込んでいる兵士の方はいらっしゃいませんか!? 具合でも悪いのですか!?」
「な……シスター!? 来るな! 我らは厳格に9名で間隔を保って――」
隊長が制止の叫びをあげる前に、リゼが小隊の輪の中に足を踏み入れた。
『――発動条件達成。永続重力デバフ、512倍を展開します』
ズドォォォォォンッ!!!!!
「ぐはぁぁぁっ!?」
軽自動車数台分の超重量となった鎧と大剣に押し潰され、先頭の9人小隊が悲鳴を上げて地面へめり込んだ。
それを見た隣の9人小隊が大パニックに陥った。
「じゅ、呪いだぁぁぁっ! 先頭小隊が押し潰されたぞ! 退避! 退避ぃぃぃっ!」
「馬鹿者、混乱するな! 300メートルの距離を保て――ぐあぁっ!?」
パニックを起こした兵士たちが、暗闇の中で散落し、隣接する他の9人小隊のエリアへと雪崩れ込んだ。
その結果、あちこちのエリアで瞬間的に「人口10人以上」が発生。
『――重力デバフ展開』
『――重力デバフ展開』
ズズン! ズズン! と、暗闇の大森林に悲鳴と重厚な衝撃音が木霊する。
逃げ惑う兵士が他の隊を巻き込み、巻き込まれた隊がさらに隣のエリアへ雪崩れ込む――。
まさにドミノ倒しのような連鎖反応が夜の樹海で吹き荒れた。
(なお、ランタンを手におろおろと駆け回っていたリゼは、『まあ! あっちでもこっちでも皆様がぎっくり腰に……!? 一体どうなさったの!?』とパニックになりながら走り回ったため、被害をさらに爆発的に拡大させる結果となった)。
日の出を迎える頃には――
五百名の攻略本隊は一歩も前進できぬまま、全員が自分の装備の重みに押し潰され、見事に地べたへ這いつくばって悶絶していたのだった。-----「…………」
ホログラムの映像を見終えたアキラは、呆れすぎて開いた口が塞がらなかった。
「……あのシスター、歩く兵器か何かか?」
「いえ、ただの敬虔で親切な創世の女神の信徒にございます」
タマモはニシシと可愛らしく笑うと、お茶のおかわりを注いだ。
「なお、今回は五百名規模の大所帯でございましたので、回収された金属装備は莫大な量となりました。ただちにリサイクルプラントへ投入され、第一区画の新しい街灯および、全自動農業用水路のメインパイプ数百本へと生まれ変わる予定でございます」
「……教会のご厚意(?)に感謝しなきゃな」
アキラは頭を抱えて深く溜息をつき、お茶を飲み干した。
「で、その五百人のインナー一丁になった兵士どもはどうした?」
「はい。怪我の治療と装備の全量リサイクル(没収)を完了させた後、全員にお粥の朝食を提供し、徒歩で聖人国へお帰りいただきました。『二度と大森林には近づかない』と全員涙目で誓っておられましたよ」
「……そりゃトラウマにもなるわな」
アキラは苦笑しながら立ち上がり、作業着の袖を捲り上げた。
「よし。教会の突撃もこれで完全に潰れただろ。……タマモ、あの高校生三人組を起こしてくれ。美味しい朝飯食わせながら、ゆっくりこれからの話をしてやるとするか!」
「畏まりました、マスター!」
九本の白い尾を嬉しそうに揺らすタマモとともに、アキラは新たな一日へと歩み出すのだった。




