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第30話 勇者たちの焦燥

聖人国の大聖堂――その地下深くに置かれた訓練場には、荒い息遣いと金属がぶつかり合う高い音が重苦しく響き渡っていた。


「ハァ……ハァ……ッ!」


額から大量の汗を流し、全身を打ち据えられたような激痛に耐えながら、一人の少年がずっしりと重い聖剣を構え直していた。伊藤シン(17歳)。召喚の際、聖堂教会から『勇者』の適性を見出され、半ば強制的に連れ去られた男子高校生だった。


その傍らでは、疲労で青ざめた顔の少女――『聖女』として連れ去られた佐野こずえ(17歳)が、震える手で治癒魔法の光をシンへと注いでいた。


「シンくん、無理しないで……! もう回復魔法の魔力も残りわずかで……」

「大丈夫だ、こずえ……。俺が強くならなきゃ……魔王を倒して、みんなで地球に帰れないんだから……!」


シンの言葉には、悲壮なまでの決意と焦燥が滲んでいた。

召喚されて以来、彼らは聖堂教会の神官や聖騎士たちから連日連夜、絶え間ない叩き込みを受けていた。

『魔王こそが絶対の悪であり、世界の混迷の元凶である』

『魔王を撃滅し、世界に平和をもたらさぬ限り、創世の女神様が日本へ送り返す道を開くことはない』

『森に置き去りにされた者たちは、己の無能ゆえに既に魔物の餌食となった』


地球に残してきた家族や友人、そして平穏な日常を取り戻すため、シンは教会の提示する「唯一の帰還条件」を信じ込み、泥を啜るような過酷な訓練に耐え続けていたのだ。


だが――訓練場の隅で、厚い魔導書を開きながら冷ややかな視線を交わしていた少年がいた。『賢者』の適性を授けられた斎藤はじめ(17歳)である。


「……シン、こずえ。少し休もう。これ以上やったら魔力酔いと肉体疲労で倒れる」


はじめは静かな声で二人に歩み寄り、物陰へと二人を促した。教会の監視の聖騎士たちが距離を置いたのを見計らい、はじめは声を潜めて囁いた。


「……二人に言っておきたいことがある。教会の言っていることを、すべて鵜呑みにするな」

「え……? どういうことだよ、はじめ」


シンが眉をひそめる。はじめは眼鏡の奥の鋭い瞳を少し曇らせながら、言葉を紡いだ。


「図書室の禁書庫で古い文献や召喚記録の矛盾を調べた。教会の言う『魔王を倒せば帰れる』という記述はどこにも存在しない。それどころか、過去の召喚者で地球へ帰還できた記録は『ゼロ』だ」

「なっ……!? ゼロって……じゃあ俺たちは……!?」

「静かに、シン!」


こずえが慌ててシンの袖を引く。はじめは小さく息を吐き、話を続けた。


「さらに、最近大聖堂の若い兵士たちの間で流れている噂がある。俺たちが置き去りにされたあの大森林に……ゴミ一つ落ちていない超絶に清潔で、どんな病気や不調も一瞬で治る凄まじい『要塞都市』が突如出現したらしい」

「大森林に……? でも教会は、森に残された人たちは魔物に食べられたって……」

「それが教会の嘘だとしたら? その都市を治めているのが、俺たちと一緒に召喚された大人たちや、あの車椅子の女性だったらどうする?」


はじめの言葉に、シンとこずえは息を呑んだ。

もし、教会が自分たちを都合良く利用するために嘘をつき、仲間たちを見捨てていたのだとしたら――。


その時、訓練場の重々しい鉄扉が開き、豪華な司教服を纏った教会の幹部と、黒装束の密偵たちが足音を立てて入ってきた。


「勇者伊藤よ、賢者斎藤、聖女佐野よ。朗報である」


大司教の使者である神官が、うやむやな笑みを浮かべながら告げた。


「大森林の奥地に、魔王の手先と手を組み、教理を汚す悪徳の『不敬なる要塞』が築かれたことが判明した。奴らは魔族と通じ、不吉な呪いで我が教会の聖騎士たちを陥れようとしている」

神官はシンの肩を強く抱きかかえ、耳元で毒のように甘い言葉を囁いた。

「いよいよ、お主たちの正義の力を振るう時が来た。大森林の邪悪なる拠点を打ち砕き、魔王討伐への第一歩とするのだ。さすれば……創世の女神様も、日本への帰還をすぐさま許可されるであろう」


「大森林の……拠点……」


シンの瞳に、戸惑いと教会の刷り込みによる使命感が複雑に交錯する。はじめは無言のまま、冷ややかな視線で神官の足元を見つめていた。


◇


一方――その頃。

大森林にそびえ立つ『星型要塞都市』の執務室。


「……なるほどねぇ。あいつら、いよいよ高校生たちを『魔王の手先(俺たち)を撃破する捨て駒』として連れ出そうとしてるわけか」


遠藤アキラは、ホログラムモニターに映し出された大聖堂地下の映像を見つめながら、困ったように後頭部を掻いた。

光学迷彩を施した超小型密偵スフィアが捉えた映像には、はじめがシンたちに囁いていた警戒の言葉も、教会の企みもすべて鮮明に記録されていた。


「マスター、いかがなさいますか?」

隣に立つタマモが、九本の白い尾をパタパタと揺らしながら尋ねる。

「聖人国の遠征軍とともに彼らが当都市の10キロ圏内へ侵入した場合、自動的に『永続重力デバフ網』が起動いたします。彼らが着ている金属装備も512倍の重量となり、その場に縫い付けられることになりますが……」


「重力デバフで動けなくするのはいいが、教会の連中に騙されたまま恐怖を味わわせたくはないな」


アキラは湯呑みを置き、頼もしい眼差しでモニターの三人を見つめた。


「あの賢者の少年……はじめ君だっけか。あいつはちゃんと自分の頭で考えて、違和感に気づいてる。……なら、教会の突撃に合わせて、あいつらに『真実』を教えてやる絶好のチャンスだ」

「真実の開示、でございますね?」

「ああ。病気が治って元気になった大人たちや、元気に歩いてる志保さんたちの姿を見せてやろう。教会の嘘を暴いて、あいつらが自分の意思でどうしたいかを選ばせるんだ」


アキラの言葉に、タマモは嬉しそうに狐耳をぴこぴこと動かし、可憐な笑顔を咲かせた。


「畏まりました、マスター! 勇者一行の『保護および真実の開示作戦』の準備を進めますね!」


教会の野心と騙された勇者たち、そして圧倒的な技術と温もりで彼らを迎え撃つダンジョンワールド。

大森林の交易都市を舞台に、迷える高校生たちの運命を左右する新たな局面が、静かに訪れようとしていた。



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