第29話 最強の人盾2~討伐遠征
大聖堂を包む重苦しい空気の中、出撃を控えた聖堂教会の「特別討伐遠征隊」が整列していた。
先頭に立つのは、地球から召喚され「魔王を倒さねば帰れない」と叩き込まれ続けてきた三人の高校生――勇者・伊藤シン、聖女・佐野こずえ、賢者・斎藤はじめ。
彼らの表情には疲労と焦燥が色濃く刻まれていた。教会の過酷な訓練と洗脳によって、彼らは「大森林に現れた異端の要塞都市=魔王の手先」と教え込まれ、そこを討伐することこそが地球へ帰る唯一の道だと信じ込まされていたのだ。
「いいか、勇者たちよ。大森林の奥に蠢く不敬な要塞都市を討伐するのだ。あれは教理を脅かす悪の巣窟である!」
大司教の威厳に満ちた声が響き渡る。
遠征隊の編成は、勇者一行3名に加え、教会の聖騎士団から選りすぐりの精鋭兵たち。さらに道案内と補給を兼ねた神官たちを含め、総勢12名の大所帯であった。
暗部隊が全滅同然で逃げ帰ってきた事件を受け、大司教らは「少数の隠密行動ではなく、圧倒的な正当性と騎士団の武力をもって一気に踏みつぶす」という力押しの作戦を選んだのだった。暗部隊がインナー一丁で逃げ帰ってきた恥ずべき理由は「敵の強力な広範囲呪い魔法」として片付けられ、真の仕掛けである「10人ルール」の正確なカラクリは教会の幹部層にまで正しく伝わっていなかったのである。
「シン、大丈夫……? 何だか胸騒ぎがするよ……」
聖女のこずえが、不安そうに身を寄せた。
「大丈夫だ、こずえ。俺たちが力を合わせればどんな魔物だって倒せる。あの要塞を倒せば……俺たちは日本に帰れるんだから」
勇者・シンは己に言い聞かせるように剣の柄を強く握りしめた。賢者・はじめは無言で魔法書を抱え直し、深く溜息をついた。
こうして、哀しき誤解と焦燥を抱えた遠征隊は大森林へと進軍を開始した。
◇
一方、交易都市の街道手前――水濠のほとり。
「創世の女神様……今日も素晴らしいお天気をありがとうございます」
修道服の裾を整え、お気に入りの柔らかな草地にちょこんと座り込んでいるのは、シスター・リゼであった。
すっかりこの街の温かさと美味しい食べ物(特にかき氷と焼き鳥)に魅了された彼女だったが、根が真面目なため、毎日ここで創世の女神への祈りを捧げることを日課としていた。
(一鉄も帯びず、無一文の私を、女神様はこうして温かく守ってくださっている……)
信仰心を新たにするリゼ。彼女がそこに座っているだけで、周辺の「人口カウント」が密かに「+1」されていることなど、知る由もなかった。
◇
大森林の樹海を抜け、開けた街道へと差し掛かった聖堂教会遠征隊。
「隊長! 前方に巨大な城郭が見えてまいりました!」
聖騎士の叫びに、シンたちは目を見張った。
眼前に広がるのは、白く輝く美しい「武者返し」の石垣と、広大な水濠。異端の悪の巣窟と聞かされていた場所は、あまりにも荘厳で清らかであった。
「……あれが、悪の要塞……? 全然そんな風に見えないけど……」
こずえが呆然と呟いたその時――
『――ピンポンパンポン』
大森林の静寂を破り、呑気で無機質なチャイムの音が響き渡った。
「な、なんだこの音は! 敵の奇襲か!?」
聖騎士隊長が剣を抜く。
足元を見ると、彼らが踏みしめる街道の石畳が、怪しく鮮やかな赤色に点滅し始めていた。
「足元が光っている……!? 警告表示か!?」
はじめが素早く状況を分析しようと叫ぶ。「待て! 何かの発動条件を満たした可能性がある! 人数だ、周囲の人数を――」
遠征隊の人数は、聖騎士と神官、勇者一行を合わせて9名。
さらに、300メートル以内の水濠脇で祈りを捧げているシスター・リゼが1名。
合計――10名。
『発動条件達成。30秒の猶予時間が経過しました』
無機質なシステム音声が頭上から舞い降りる。
『――永続重力デバフ、512倍を展開します』
「しまっ――退避――」
はじめの叫びが完遂される前に、天地を押し潰すような絶大な質量が遠征隊全体を襲った。
ズドォォォォォンッ!!!!!
「ぐあぁぁぁぁっ!?」
「重っ……!? な、なんだコレぇぇぇっ!?」
聖騎士たちが着込んでいた最高級の全身鋼鉄鎧と大剣が、一瞬にして超重量の塊へと変貌した。
軽自動車数台分に相当する質量となった鎧に引っ張られ、聖騎士たちは地面へ叩きつけられ、石畳に顔面をめり込ませた。
「ぎっくり腰がぁぁぁっ!」
「肩が……脱臼するぅぅぅっ!」
「くっ……あぁぁぁっ!」
勇者・シンもまた、腰に差していた伝説の聖剣の凄まじい重力に引っ張られ、その場に膝をついた。剣を放せば済む話なのだが、「教会の勇者」としてのプライドと恐怖から、とっさに剣の手放しが遅れたのだ。
「シン! こずえ!」
はじめは比較的軽い装備だったため何とか持ち堪えたものの、杖の重量で腕が痺れ、地面に這いつくばるハメになった。こずえも聖女の宝冠と杖の重さに耐えかね、尻餅をついて泣きそうになっている。
「な、何なのこれぇぇぇっ!? 動けないよぉ!」
9名の遠征隊は、攻撃を仕掛けるどころか、門の数百メートル手前で全員まとめて地面に這いつくばり、悶絶する悲惨な状態へと陥った。
(なお、一鉄も帯びず、ただ祈っていたシスター・リゼは『あら? ちょっと風が強くなったかしら?』と不思議そうに首をかしげるだけであった)。
「……はい、回収完了いたしました」
交易都市の執務室。
ホログラムモニターに映し出された哀れな遠征隊の姿を見て、アキラは温かいお茶をすすりながら深いため息をついた。
「やっぱり攻めてきたか、教会のアホどもは……」
「マスター、いかがいたしますか?」
タマモが九本の尾をゆらゆらと揺らしながら尋ねる。
「聖騎士と神官の着てる重装備は、いつも通り『迷惑料』として没収・全量リサイクルだ。第一区画の新しい農業用水路のパイプに生まれ変わらせてくれ」
「承知いたしました。……それから、あちらの高校生三人組でございますが」
モニターには、装備を没収され、ナノマシン医療ドローンによって速やかに怪我を治療された後、きょとんとした顔で待機室に座らされているシン、こずえ、はじめの姿が映し出されていた。
「怪我はないんだな?」
「はい。重力による関節の捻挫や打撃痕も、わずか三分で完全治癒いたしました」
「よし……」
アキラは立ち上がり、着ていた作業着の袖を軽くまくり上げた。
「教会の嘘に騙されて、ガチガチに洗脳された哀れなガキどもだ。……よし、タマモ、ちょっと『美味しい飯』と『あたたかいお茶』を用意してくれ。大人の責任として、じっくり話を聞いてやるとするか」
「畏まりました、マスター」
タマモは嬉しそうに狐耳をぴくりと動かし、ニッコリと微笑んだ。
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引き続き『俺のスローライフどこいった?(旧題ダンジョンワールド)』をよろしくお願いします。




