第27話 アマテラスとツクヨミ
「あ、あの……ありがとうございます……」
志保から差し出された匙を受け取り、リゼはおずおずとかき氷を一口口に運んだ。
その瞬間、頭腔を突き抜けるような冷たさと、舌の上でふわっと弾けるイチゴの甘やかすような風味が広がった。
「つ、冷たい……!? そして甘くて……とっても美味しいです……! 創世の女神様の聖水よりも、ずっと心が洗われるような……はっ! いけません、創世の女神様をおとしめるような考えは……!」
頭をブンブンと振って可憐に混乱するリゼの姿に、志保や花菜、サチの三人は思わずクスクスと微笑みを漏らした。
「ふふ、そんなに気負わなくても大丈夫ですよ。この街では、美味しいものを食べて笑うことが一番の『教え』みたいなものですから」
志保が優しく語りかけていたその時――ふっと爽やかな風が吹き抜け、光の粒とともに温かな神威が周囲を包み込んだ。
「ははっ! 良い笑顔だねぇ! やっぱり祭りの熱気と人々の笑顔に勝る活力はないよ!」
特設のお立ち台から軽やかに降り立ち、こちらへ歩み寄ってきたのは、黄金の後光と圧倒的な存在感を纏う美しい女性――太陽の女神だった。その瞳は太陽のように明朗で、包容力に満ちた明るい笑みをたたえている。
「あ……っ!? 神威……!? ほ、本物の神様……!?」
リゼは顔を蒼白にして跳びのいた。肌を刺すような本物の「神」の存在感。創世の女神とは異なるが、間違いなく世界を照らす神聖な威光を感じ取り、初対面の圧倒的な気配に息を呑む。
アマテラスはリゼの着ている修道服に目を留めると、親しみやすい笑顔で優しく目を細めた。
「見かけない姿だね。遠いところからやってきたシスターかい? 緊張しなくても大丈夫だよ。旅の疲れはあるだろう? この街の美味しい食べ物と冷たい水で、まずはゆっくり羽を伸ばすといい」
「あ、あの……! 太陽の女神様……とお呼びしてよろしいのでしょうか……!?」
リゼは慌てて深く頭を下げ、必死に言葉を紡いだ。創世の女神の教典にある『神威とは厳格にして近付きがたきもの』という教えと、目の前にいる圧倒的でありながらあまりにも陽気で温かい神の姿とのギャップに、胸が激しく高鳴っていた。
「創世の女神様の教えでは、神々とは遥か高みから人間を律するものと伺っておりました……。ですが、太陽の女神様は……どうしてこれほど人々に近く、穏やかな笑顔を下さるのですか……?」
初対面の純粋な問いかけに対し、アマテラスは朗らかに笑い、天空を仰いだ。
「律することも大切かもしれないがね。だが、力づくで縛らなくても、人々が美味しくご飯を食べ、安心して笑い合える場所があれば、人は自然と正しくあれるものさ。私はただ、この賑やかでお祭りみたいな温かい場所が好きでねぇ」
「神様が……お祭りと、人々の笑顔がお好き……?」
アマテラスの飾らない言葉に、リゼが目を丸くしていたその時――静かで冷徹な、月光のような気が静かに通りを渡った。
「――太陽の女神様。初対面の幼き信徒をあまり困惑させるものではありませんよ」
どこからともなく姿を現したのは、藍色のしとやかな着物を纏い、凛とした神威を纏った美貌の女性――月の女神であった。アマテラスの陽気な光とは対照的な、落ち着いた思慮深い雰囲気を漂わせている。
「おや、ツクヨミ。固いことを言いなさんな。私はただ、この街にやってきた若いシスターを歓迎していただけさ」
アマテラスが朗らかに微笑むと、ツクヨミは静かに一礼し、リゼに向かって穏やかな視線を向けた。
「初めまして、幼きシスター。私は月の女神ツクヨミと申します。太陽の女神が賑やかすぎて驚かせてしまいましたね」
「あ……は、初めまして! 月の女神様……! い、いいえ、決してそのようなことは……!」
初対面で出会った二柱の神々。太陽のように明るく前向きなアマテラスと、月のように静かで思慮深いツクヨミ。対照的でありながら、どちらの神からも恐ろしい威圧感ではなく、この街とそこに暮らす人々への深い慈愛が感じられた。
ツクヨミはリゼの不安を和らげるように、静かに語りかけた。
「あなたが信じてきた教典の教えも、決して間違いではありません。ですが……ご覧なさい。この街に、虐げられ泣いている者がいるでしょうか?」
「え……?」
リゼはおずおずと周囲を見回した。
通りを行き交う人々――かつて「邪悪な魔族」「不潔な異端者」と教え込まれていた者たちが、人間やエルフと並んで買い物を楽しみ、笑い合っている。市場にはゴミ一つなく、清らかな水が流れ、誰もが穏やかな表情を浮かべていた。
「創世の女神の教えは、厳格さによって平和を保とうとするもの。ですがここでは、誰かを排除することなく、満たされた生活と対話によって平穏が作られています」
ツクヨミの言葉に重ねるように、アマテラスも力強く頷いた。
「そうさ。誰かを倒すためでも、争うためでもない。ただみんなが安心して暮らし、美味しいものを食べて笑い合える場所……それがこの交易都市なんだよ。だから、君も恐れる必要はないのさ」
「太陽の女神様……ツクヨミ様……!」
二柱の神々から向けられた温かな言葉に、リゼの胸の奥深くにあった緊張と偏見が、すーっと溶けていくのを感じた。涙がじんわりと瞳に浮かぶ。
「邪悪な要塞都市……ではありませんでした。皆さん、とっても優しくて……温かくて……」
「ええ。どうかゆっくりと、ご自身の目でこの街の本当の姿を見ていってくださいね」
ツクヨミが優しく微笑み、アマテラスも「よし、何か困ったことがあったらいつでも言いなさい!」と頼もしく笑った。
「……はい! 創世の女神様、申し訳ありません。私……もう少しだけ、この不思議で素敵な街を見て回りたいと思います」
リゼは胸の前で小さく手を組み、晴れやかな笑顔で新しい世界への第一歩を踏み出すのだった。




