第21話 東方からの来訪者
薬師ギルドの静かな応接室で、アンドロイド商人はコノエ・ヒロツグの症状を冷静に観察していた。膝の反射の衰え、手足の強い痺れと浮腫、そして会話の端々に見られる激しい倦怠感――。生体スキャンとデータベースの照合により、その原因が「ビタミンB1不足による脚気」であることは即座に特定された。
「……なるほど。魔法医療で回復しないのも無理はございません。お父上の症状は魔物による呪いや外傷ではなく、日々の食事における特定栄養素の偏りと欠乏から生じるものにございます」
「栄養の……欠乏、でございますか!?」
娘のサクラが目を見開いた。エルフの熟練した薬師たちでさえ「原因不明の奇病」と首を振るばかりだった父の病について、目の前の商人は事もなげに原因を言い当ててみせたのだ。
「ええ。我々が拠点とする『交易都市』には、この症状を即座に改善する精製生薬や高栄養の穀物、さらには完璧な診断と治療を行える医療設備が整っております。もしご決断いただけるのであれば、ぜひ当都市へご滞在いただき、治療をお受けになりませんか?」
ヒロツグは不自由な身体を起こし、深く掠れた声で問いかけた。
「……見知らぬ大森林の都市……。なぜ、縁もゆかりもない我らにそこまで親身にしてくださるのだ?」
商人は穏やかな笑みを崩さず、静かに頭を下げた。
「『困っている人がいたら助ける』――それが、我が都市の主の変わらぬ方針にございます。それに、当都市にとっても東方の素晴らしい文化と技術を持つ国の方々とご縁を結べることは、何よりの利益となりますので」
飾らないが確かな誠実さを宿したその言葉に、ヒロツグとサクラは顔を見合わせ、深く頷いた。
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数日後――。
厳重な重力デバフ網をくぐり抜け、8人の小規模な隊商と共に完成したばかりの「交易都市」へ到着したコノエ親子は、その光景に言葉を失っていた。
整然と並ぶ清潔で壮麗な街並み。故郷の城郭を思わせる美しい「武者返し」の曲線を描く高い石垣。そして何より、街全体を包み込む圧倒的な活気と、人族・獣人・エルフ・ドワーフが分け隔てなく笑い合う穏やかな空気。
「ここが……大森林の交易都市……」
背に薙刀を携えたサクラは、澄んだ瞳を輝かせながら周囲を見回していた。
交易都市の第一区画にある特設ゲストハウスへと案内された二人を出迎えたのは、街の管理者であるアキラと、九本の白い尾を優雅に揺らすタマモ、そして志保だった。
「ようこそ、星型要塞都市へ。俺がこの街の管理をやっている遠藤アキラです。遠いところをよく来てくださいました」
アキラの飾らない挨拶に、ヒロツグは車椅子から無理に立ち上がろうとしたが、アキラは手でそれを制した。
「ああ、無理して立たないでください。病気の身体に長旅は堪えたでしょう。まずはゆっくり休んで、治療を受けましょう」
「……あ、ありがとうございます……」
自分たちを警戒するどころか、温かく迎え入れてくれるアキラたちの態度に、サクラは胸の奥が熱くなるのを感じていた。
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すぐさま、第18階層の医療施設から出張してきた医師とナノマシン医療による治療が開始された。
栄養素の集中投与と壊死しかけていた末梢神経の細胞再構築。治療にかかった時間は、わずか10分足らずであった。
「……え……?」
ベッドの上で、ヒロツグは自分の足を凝視した。重く鉛のようだった足先に、温かい血が巡る感覚が戻ってくる。足指が自分の意思で思い通りに動き、痺れも激しい倦怠感も綺麗さっぱり消え去っていた。
「父様……!?」
「立つ……立てるぞ……! 力が入る……!」
ヒロツグはベッドから力強く立ち上がり、支えもなく自力で確かな一歩を踏み出した。何ヶ月も自分を苛み、死を覚悟させた病が、まるで夢だったかのように癒えていたのだ。
「おお……おおおっ……!」
感極まって涙を流すヒロツグを、サクラは抱きしめ、共に涙を流した。
「ありがとうございます……! 父様の命を救っていただき、本当に……本当にありがとうございます……!」
サクラはアキラと志保の前に進み出ると、深々と頭を下げた。志保は優しく寄り添い、彼女の肩をそっと抱きしめた。
「良かったですね、サクラちゃん。もう大丈夫ですよ」
かつて自身も歩けない絶望から救われた志保の言葉には、深く温かい実感が込められていた。
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回復を果たしたヒロツグは、正装を整えると、アキラとタマモ、そして顧問である佐々木と大河内に対して、東方貴族としての格式高い一礼を捧げた。
「遠藤殿。我が命を救っていただいたこのご恩、言葉や金品だけで返せるものではございません。つきましては……ひとつ、正式なご提案がございます」
「提案、ですか?」
アキラが尋ねると、ヒロツグは隣に立つ娘のサクラを見つめた。サクラもまた、覚悟を決めた強い眼差しで頷く。
「我が東方国と、この素晴らしい交易都市との間で正式な国交・交易協定を結びたく存じます。そして……その第一歩として、我が娘サクラを、当都市における我が国の『初代大使(外交官)』としてここに駐在させたいのです」
「サクラさんを、大使に……!?」
思わず聞き返したアキラに、サクラは凛とした佇まいで前へ出ると、美しい所作で一礼した。
「はい、遠藤様。私は武芸の嗜みもございますし、何よりこの温かく先進的な街と人々が心から好きになりました。父の病を治していただいたご恩に報い、東方の知識や特産品をこの都市へ広め、双方の掛け橋となりたく存じます」
16歳という若さながら、思慮深く芯の強いサクラの申し出に、元商社マンの佐々木と元社長の大河内は顔を見合わせ、満足そうに頷いた。
「素晴らしいご提案ですな、アキラさん。東方の島国とのパイプができることは、交易都市の多様性と経済圏の確立において計り知れない利点となります」
「ええ。サクラ殿のような芯の通ったお嬢さんが大使として滞在してくれるなら、地球から来た子供たちにとっても素晴らしい刺激と手本になるでしょう」
アキラは笑みを浮かべ、サクラに向かって力強く手を差し出した。
「歓迎します、サクラさん。こちらこそ、これからよろしくお願いします!」
「はい! よろしくお願いいたします、遠藤様!」
サクラがその手をしっかりと握り返した瞬間、交易都市にとって初となる「外国からの正式な外交官の滞在」が決定した。
血生の戦いではなく、命を救う医療と対話が生み出した新たな絆。
大森林の風に乗って、ダンジョンワールドと異世界各国を結ぶ平和な交易の輪は、また一つ大きく、確かに広がっていくのだった。




