第20話 交易開始
「ダンジョンの存在は秘匿。安全第一で無理はしない」――その絶対方針のもと、各方面へと派遣された精鋭の生体アンドロイド商人たちは、それぞれの赴いた地で独自の対話と交易の口火を切っていた。
海洋交易都市――活気と欲望が交錯する酒場にて
活気と潮風が吹き抜ける海洋交易都市の酒場では、親しみやすい笑顔を浮かべたアンドロイド商人が、居合わせた客や小規模な商人たちと談笑していた。
「なに、大森林の近くに真新しい交易都市ができたんだと?」
「ええ。街道には少し風変わりな“ルール”がございますが、身を守る掟さえ守れば、そこは見たこともないような品々が並ぶ安全で素晴らしい市場でございますよ」
アンドロイド商人は、懐から試供品として携えていたガラス瓶を取り出した。中に入っているのは、澄み切った極上の日本酒と、寸分の狂いもなく研磨された高品質な鉄製ナイフだ。人懐っこい語り口と柔らかな対応に、周囲の商人たちは身を乗り出し、サンプルの放つ圧倒的な出来栄えに目を輝かせた。
だが、その輪を押し分けるようにして、豪奢な服を着た大手商会の幹部が鼻で笑いながら割り込んできた。
「ハッ、見たこともない行商人が大口を叩きおって。どこぞの馬骨とも知れぬ商人が持ち込む品など、いくら見かけが良くとも取るに足らん。我が商会が提示する買い値で十分だろう」
利欲と傲慢さに染まった大手商会の男は、アンドロイド商人を初見の弱小商人だと見下し、一方的な取引条件を突きつける。しかし、アンドロイド商人は一切顔色を変えず、穏やかな笑みを絶やさぬまま優しく一礼した。
「ご助言感謝いたします。ですが、当方では価値をご理解いただける方と正当かつ対等な取引を行う方針となっております。無理なご提案に応じる必要はございませんので」
無理な交渉には決して乗らず、深追いもしない。その毅然としながらも柔らかな受け答えは、周囲で見ていた小規模な商人たちの信頼を一気に惹きつけることとなった。
魔王国――膨らみ続ける救荒作物の話
一方、大陸北西部に位置する「魔王国」の防衛都市。アンドロイド商人はまず外交部署へと接触し、平和的な情報提供と試行取引の申し入れを行った。
「我が都市では、耐久性と作業効率を劇的に高めた最新型の農具、そして豊かな実りをもたらす肥料や種子を取り扱っております」
提示された高品質な鉄製農具のサンプルを目にした外交官は、言葉を失った。魔王国の領地は全体的に土壌が痩せており、飢饉や食糧不足が常に深刻な課題となっていたからだ。
「……待て。これは外交部署だけで判断できる規模の品ではない。農務部署の責任者を呼べ!」
急遽呼び出された農務部署の担当者たちは、農具の耐久性と軽量さに歓声を上げ、提示された種子や肥料に目を見張った。さらにアンドロイド商人は、ある一つの根菜のサンプルを取り出した。
「こちらは地球……いえ、当都市で推奨している『サツマイモ』という作物でございます。痩せた土地や寒冷な気候でも良く育ち、病害虫にも強い。まさに飢饉を救う『救荒作物』として最適でございます」
「なに……!? 痩せた土地でも育つだと!?」
『救荒作物』という言葉に食いついた農務部署は、即座に商務部署の高級官僚たちをも呼び寄せた。外交、農務、商務の三部署が入り乱れ、「全土での導入を検討すべきだ」「予算をいくら確保できる」「今すぐ試作実験を行うぞ」と大騒ぎになり、話は当初の予想を遥かに超える大プロジェクトへと発展していった。
交易都市――モニター前の絶句
その頃、完成したばかりの交易都市の執務室では、ホログラムモニターに映し出される魔王国の状況を前に、アキラとタマモ、そして佐々木と大河内が呆然と立ち尽くしていた。
「……なぁ、タマモ」
アキラがお茶の入った湯呑みを手に、引きつった笑いを浮かべる。
「俺たち、確か『まずは様子見で小規模な試行取引から』って言わなかったか?」
「はい、マスター。そのはずでございましたが……」
タマモも九本の白い尾をピクピクと硬直させ、苦笑いを浮かべた。
「生体アンドロイドに『安全第一・無理はしない・相手のニーズに応じる』という基本ロジックを組んで派遣いたしましたところ、魔王国側の食糧問題という深刻なニーズに完璧に合致してしまい、向こうから勝手に話が巨大化している模様です」
「救荒作物としてサツマイモを売り込むとは、相変わらずアンドロイドの提案力も商魂たくましいですな」
佐々木が感心したように眼鏡の奥の目を光らせ、大河内も「ワハハ!」と豪快に笑った。
「良いではありませんか! 飢えに苦しむ人々が救われ、我が都市に莫大な知識と資材が入る。まさに理想的な取引の滑り出しです!」
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エルフ国――薬師ギルドと東方の親子
エルフ国の深い森に包まれた都市では、生薬や香辛料の取引を目的に商人ギルドを訪れたアンドロイド商人がいた。しかし、持ち込んだ品々の効能と質の高さを見た受付から、「これほど高純度な生薬や薬草は商人ギルドではなく『薬師ギルド』の管轄となる」と案内され、一行は薬師ギルドへと足を運ぶこととなった。
格式高い薬師ギルドの館内には、世界最高峰と謳われるエルフの魔法治療や生薬を求めて、遠方から多くの人々が訪れていた。
その一角のベンチに、異質の雰囲気を纏う親子が静かに佇んでいた。
大陸東部に存在する、日本の風習や文化に酷似した島国の人族国家――その貴族であるコノエ・ヒロツグと、その娘コノエ・サクラ(16歳)であった。
父親であるヒロツグは、足元がおぼつかず、手足の痺れとむくみ、激しい倦怠感に顔を歪ませていた。「脚気」の症状が進行し、衰弱が進んでいたのだ。医学的に最も進んでいるとされるエルフの魔法治療を頼って長旅をしてきたが、魔法による回復呪文では栄養障害である脚気を根本的に治すことができず、医師たちからも「原因不明の奇病」と匙を投げられ、絶望の淵に立たされていた。
傍らに寄り添う娘のサクラは、物静かで凛とした佇まいを見せながらも、父親を案じる瞳には深い憂いと悲しみが宿っていた。背には手入れの行き届いた薙刀を携え、芯の強さを感じさせる少女であったが、刻一刻と弱っていく父親を前に、己の無力さに唇を噛み締めていた。
その時、薬師ギルドの応接スペースで、アンドロイド商人が薬師の長に向けて交易都市のサンプル商品を提示しているのが二人の目に留まった。
「こちらの生薬および精米・穀物類は、特定の栄養失調や身体の滞りを改善する特殊な精製・保存処理が施されております」
アンドロイド商人が説明と共に取り出した穀物や生薬のサンプル、そして清潔なガラス瓶に収められた栄養補給の試用品。それらを目にしたサクラは、そこに漂う懐かしい気配と、ただならぬ薬効の予感に息を呑んだ。
(あの商品……あの商人の方なら、父様の病を治す手がかりを持っているかもしれない……!)
サクラは意を決し、静かに立ち上がると、深く頭を下げてアンドロイド商人に声をかけた。
「突然の無礼、お許しください。私は東方の国より参りましたコノエ・サクラと申します。あそこに座す父の病について、一縷の望みを懸けてお話を聞かせていただくことは叶いませんでしょうか……?」
物静かだが毅然とした少女の願いを受け止め、アンドロイド商人は穏やかに微笑んだ。
「ようこそおいでくださいました。交易都市の商人として、喜んでお力になりましょう」
こうして、交易都市がもたらす新しい技術と知識が、病に苦しむ東方の親子と繋がり、新たな希望の光を灯し始めた。




