第1.5話 タンジョンワールド
地球からの乗客四十三名を無事に保護し、慌ただしい初日が終わろうとしていた。
夜の静けさが満ちるダンジョン第1階層の執務室。
窓の外には、まるで地球の夜空と見紛うような穏やかな星空が広がっている。
「ふぅ……怒涛の一日だったな」
アキラはソファに深く腰掛け、温かいお茶(タマモが淹れてくれたものだ)を一口すすった。
その隣では、九本の白い尻尾を優雅に揺らしながら、タマモが端末を操作している。
「マスター、本日もお疲れ様でございました。保護いたしました皆様も、すでに割り当てられた居住区にて休息に入られております」
「ああ、ありがとうな、タマモ。……で、少し落ち着いたところで、この『ダンジョンワールド』の今の現状について、色々とすり合わせておきたいんだが……いいか?」
「はい、もちろんでございます。何なりとお尋ねください」
タマモは嬉しそうに狐耳をぴくりと動かすと、空中にホログラムの立体図面を浮かび上がらせた。
「まず、俺が一番驚いたのはその広さだ。俺が放置した時はたった4階層の小さな箱庭だったのに、第100階層まで増えてるだろ? 一階層あたりの広さはどうなってるんだ?」
「現在の各階層の基本単位面積は、おおよそオーストラリア大陸と同等の広さとなっております」
「オ、オーストラリア大陸……!?」
思わずお茶を吹きそうになったアキラに、タマモは淡々と解説を続ける。
「このダンジョンワールドは、デジタルデータを現実空間へ拡張設置するシステム特性を持っています。そのため、理論上のデータ上限はなく、原理的には無限に拡張することが可能です」
「無限……」
「ええ。ですが――『拡張できる』ことと『適切に管理できる』ことは別問題でございます。無限に広げればそれだけ管理コストや防衛上の不確定要素が増加いたします。そのため、現在の各階層は実用性と管理効率を最重視した、現実的な面積設定にとどめております」
「なるほど……広けりゃいいってもんじゃないもんな。専業農家としても、手に負えない広さの農地を抱え込む怖さはよく分かるよ。……待てよ? オーストラリア大陸並みの広さがあるってことは、食料生産量もとんでもないことになってるんじゃないか?」
「鋭いご指摘です、マスター」
タマモがホログラムの表示をグラフへと切り替える。
「各生産階層(農業・畜産・鉱山など)における年間の生産量は、かつての地球全体での農鉱生産量に一階層あたりで匹敵する規模に達しております」
「地球一国どころか、地球『全体』レベルかよ!?」
「はい。現在では消費量を遥かに上回る圧倒的な余剰物資が発生しておりまして……その保管場所を確保するため、ストレージ階層の空間を魔法技術で拡張設置し続けている状態です。正しく『嬉しい悲鳴』と申しますか、管理AIとしては保管と流通の最適化に少々苦慮しているところでございます」
「贅沢すぎる悩みだな……。まあ、食糧不足で干上がるよりは万倍マシだが」
アキラは苦笑しながら後頭部を掻いた。そして、ふと気になった疑問を口にする。
「……なぁ、タマモ。これだけの規模の都市や膨大な資源があるとなると、外の世界から狙われる危険もあるんじゃないか? もし異世界の国家や魔王軍、あるいは神様みたいな連中が攻めてきた場合、防衛……つまり軍事力はどれくらい備わってるんだ?」
「防衛および軍事力でございますね」
タマモはふっと笑みを深め、ホログラムの画面をさらに切り替えた。そこに映し出されたのは、SF映画すら遥かに凌駕する異次元の技術群だった。
「当ダンジョンの防衛システムは、第81〜90階層の『未知の技術文明区』および第91〜99階層の『高度研究・管理階層』で生産・運用されております。基本方針は『絶対防衛および即時殲滅』でございます」
タマモの指先がホログラム上のミリタリー・スペックを次々と提示していく。
「まず基本戦力として、無人戦闘ゴーレムおよび自律型ドローン軍団が常時数百万機単位で待機しております。魔法障壁を透過・無効化する高出力フェイズ・フェイザー兵器や、空間そのものを局所切断する位相断裂刃を標準装備しております」
「局所切断って……刃物どころの騒ぎじゃないだろ……」
「さらに、広域防衛・制圧兵器として**【次元干渉型・位相崩壊砲】および【局所空間凍結システム】**を配備。侵入した敵性勢力に対し、物理的距離を完全に無視した超長距離・次元越え精密攻撃が可能です。外の異世界で主流とされる魔法や剣術の次元では、文字通り手も足も出ない超未来・超魔導技術の結晶と言えます」
「超長距離の次元越え攻撃……。それ、外の国からしたら神の天罰にしか見えないぞ……」
「さらに万が一の事態に備え、階層そのものを相空間へ退避させる**【空間位相展開・事象遮断壁】**も完備しております。仮に星が一つ滅びる規模の攻撃を受けたとしても、当ダンジョン内部へ届くことは一切ございません」
「星が滅びても無傷なのかよ……」
あまりの桁外れなスペックに、アキラは引きつった笑いを浮かべるしかなかった。
「念のためお伝えいたしますが、これらはあくまで『防衛用』であり、マスターのご指示がない限り外部への積極的な侵略行為に使用することはございません」
「当たり前だ! そんなもん外でぶっ放したら世界が吹き飛ぶわ!」
「ご安心ください。出力調整および精密ピンポイント照射も可能です」
タマモは誇らしげに胸を張り、続いて外部情報のログを開いた。
「また、本日の顕現直後より、各種偵察ユニットを即座に外部へ展開しております。光学迷彩を搭載した超小型偵察ドローン、魔法的な使い魔、さらには衛星軌道上に展開した量子通信型の偵察衛星を活用し、多層的な情報収集網を構築いたしました」
「偵察衛星まで打ち上げたのか! 手際が良すぎるだろ……」
「マスターの安全確保が第一優先でございますから」
タマモが提示した調査対象のリストには、以下の項目が並んでいた。
連れ去られた高校生たちの身辺および安全確認
この世界のシステム、言語、法律、宗教形態
各国(人族諸国、魔王国、エルフ・ドワーフ領域など)の軍事力および政治状況
ありとあらゆる分野のデータを随時ログとして記録し、リアルタイムで分析・更新が行われている。
「なるほど……。高校生たちが連れていかれた背景や、この世界の裏側で何が起きてるのか、これで丸見えってわけか」
「左様でございます。マスターが今後どのようにお動きになる場合でも、完璧な情報支援と絶対的な安全を提供できるよう体制を整えております」
「助かるよ、タマモ。何も知らずに手探りで動くのは怖かったからな」
アキラは温かいお茶を飲み干すと、安心したように息を吐いた。
「よし、これで状況はあらかた把握できた。俺たちが持っている桁外れの生産力と超技術、そして外の世界の現状……。これなら、誰かの争いに巻き込まれることなく、困っているやつらと対等に付き合っていけそうだ」
「マスターのご意向に沿うよう、引き続き全システムの運用を行ってまいります」
タマモの九本の尻尾が、満足そうにゆったりと揺れた。




