↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/76

第1話 召喚されたのは勇者だけではなかった

電車に乗っていた。ガタゴトと揺れる、いつもの聞き慣れた走行音。


五十代を過ぎると、電車内でスマートフォンを操作してゲームに興じる姿は珍しいのかもしれない。だが、面白いものは面白い。年齢など関係ない。


俺、遠藤アキラ(五十三歳)には、十年以上愛好し続けているお気に入りのタイトルがあった。

『ダンジョンワールド』――自らの手でダンジョンを設計・構築し、プレイヤー独自の箱庭世界を創り上げていくダンジョン経営シミュレーションゲームだ。


かつてブラック企業で1日18時間労働、30連勤当たり前という過酷な日々に追われていた俺は、会社を辞めて実家の農家を継いだ。専業農家となってからは、土や水、天候と向き合うリアルな農業の忙しさから、ゲームの画面を開く機会も激減していた。


だが、ゲームの黎明期に俺が手掛けたのは、わずか4階層程度の小さな箱庭に過ぎなかった。

第1階層に居住区と基礎的な農地を配置し、鉱山と加工工房を整えたところで、AIによる自動発展機能を有効化してログアウトしたのだ。


(あのダンジョン、今頃どうなってるかな……)


市場からの挨拶回りの帰り道、そんな懐かしい記憶に思いを馳せていた、まさにその時だった。


――ふっと、周囲の音が消え去った。


「……ん?」


線路を噛む車輪の音も、乗客の話し声も、空調の不快な低音すらも聞こえない。

揺れが止まり、世界の時間が停止したかのような奇妙な静寂。次の瞬間、車内の照明が落ち、闇が訪れた。


「停電……?」


誰かの呟きが落ち切る前に、視界の全てを塗りつぶす圧倒的な白光が車内を包み込んだ。


「うわっ!?」

「きゃああっ!」


目を閉じる猶予すら与えられない眩ましさ。光が引いた後、瞼を開けた俺たちの視界に飛び込んできたのは、見慣れた電車の天井でも街並みでもなかった。


陽光が木漏れ日となって差し込む、鬱蒼とした見知らぬ大森林――。


「な……どこだ、ここ!?」

「電車は!? 線路はどうなったの!?」


悲鳴と混乱が森の中に響き渡る。乗客は老若男女様々だった。スーツを着たサラリーマン、買い物袋を手にした主婦、小さな子どもたち。

その一角で、車椅子が横転し、地べたに手を突いている若い女性が目に入った。


「大丈夫ですか!?」


俺は咄嗟に駆け寄り、横倒しになった車椅子を起こして手をさしだす。彼女は、恐怖に震えながらも「ありがとうございます」と小さく応え、努めて冷静に周囲を見回していた。誰もがパニックに陥る中で、彼女の瞳には状況を把握しようとする強い意思が宿っていた。


だが、状況はさらに異質な方向へと加速する。


ざざっと草むらを押し分けて現れたのは、燦然と輝く甲冑に身を包み、鋭利な槍や剣を構えた武装集団だった。中世の兵士を思わせる彼らは、困惑する俺たち一般人には目もくれず、一部の若者たちだけを強引に囲い込んだ。


「勇者候補を確認! 聖女候補もいるぞ!」

「こちらへ来い、選ばれし者たちよ!」


「え? 待ってください! 俺たちはどうなるんですか!?」

制服を着た高校生たちが怯えながら連れ去られようとし、追いかけようとした大人に鋭い剣先が突きつけられる。


「下がれ、無能ども! お前たちは不要だ!」


兵士たちは吐き捨てるように言い放つと、高校生たちだけを連れて森の奥へと去っていった。

取り残されたのは、役立たずと切り捨てられた大人や子ども、高齢者たち。


「……なんなんだよ、一体」


理不尽な事態に一同が絶望に沈みかけた、その瞬間。

俺の視界に、鮮やかな青い光のシステムウィンドウが浮かび上がった。


『スキル:遊戯盤顕現 実行中…… 状態:暴走』

『loading・・・10%・・・50%・・・・・100%』

『世界システムへ干渉中…… 創世の女神より干渉を拒否』

『ダンジョンワールド 強制起動します』


「……は? スキル? 暴走って何だ!?」


『対象者の安全を確認。ゲートを展開します』


無機質なシステム音声が響くと同時に、森の空間が歪み、巨大な石造りの門が現れた。

装飾が施された壮麗な門扉が重々しい音を立てて開くと、その向こうから眩いばかりの温かな光が溢れ出す。


そして――門の奥から、もの凄い猛スピードで何者かが突進してきた。


「ま゛す゛た゛~~~~っっっ!!!!!!」


「うおっ!?」


ドサッと音を立てて俺に突撃し、力いっぱいに抱きついてきたのは、美しい和服と袴を身に纏った可憐な少女だった。

頭上にはぴこぴこと動くキツネ耳。そして背後には、優雅に舞う九本の白いモフモフとした尻尾――。


彼女は俺とバッチリ目が合うと、コホンと可愛らしく咳払いをして体を離し、深々と頭を下げた。


「お待ちしておりました、マスター」

「……マスター? あんた、誰だ?」

「ダンジョン管理AI、タマモと申します」


即答された名前に、脳裏の記憶が弾けた。

十年以上前、ゲームのクローズドベータテスト時代に悪ノリ半分でデザインした、あの看板管理AIのアバターそのものだったのだ。


「お前……本当に『ダンジョンワールド』のタマモなのか……!?」

「はい! マスターのスキル発動に伴い、現実世界へ実体化いたしました!」


胸を張るタマモに、俺は頭を抱えた。

どうやら俺が持っていた『遊戯盤顕現』という一見ハズレに見えるスキルが暴走し、俺が深く熟知していたゲームの世界を現実に引きずり出してしまったらしい。


「マスター」

タマモはくるりと振り返り、おびえる乗客たちを見渡した。


「ここにいらっしゃる皆様を、ダンジョン内へ保護いたします。召喚の巻き込まれ事故による二次被害を防ぐためです」

「保護……大丈夫なのか?」

「私の忠誠度は初期設定通り『MAX』でございます。マスターの意思と安全、そして安全な管理を最優先いたします」


タマモが門の先を指し示す。そこには――森の閉塞感を吹き飛ばすような、広大な景観が広がっていた。


陽光に照らされた石造りの美しい街並み。活気あふれる市場。行き交う人々の中には、獣人やエルフ、ドワーフといった異種族の姿もある。さらに街の外縁には、どこまでも続く美しく区画された広大な農地が広がっていた。


「……おいおい、凄すぎるだろ。ここ、本当に俺が放置したゲームの中か……?」

「現在は現実世界として機能しております」


タマモは誇らしげに語り始めた。


「ちなみにマスター、現在このダンジョンは第100階層まで拡張されております」

「……はい?」

「マスターが最初にお作りになられたのは第4階層まででしたね」

「ああ、農業階層や鉱山階層まで作った記憶があるが……」

「残り96階層は、マスター不在の十年間(ゲーム内時間換算で約一万年)、私が必要に応じて自動増築いたしました」


「なんでそんなに増えた!?」

「人口が増加いたしましたので、食料生産のための農業階層を追加し、水源と灌漑設備を整え、鉱石不足を補うために鉱山を広げ、魔導工学施設を設立し、研究都市を作り、都市間交通網を整備いたしました!」

「俺よりゲームを楽しんでない?」

「否定しません」

「否定しろよ」


俺のツッコミに、不安に怯えていた乗客たちの間からクスクスと小さな笑い声が漏れた。張り詰めていた空気が、少しだけ和らぐ。


その時、タマモが静かに俺の前でひざづいた。

九本の尻尾が、愛おしそうにゆっくりと揺れる。


「マスター」

「なんだ?」

「お帰りなさいませ。十年間……ずっと、あなた様のお帰りをお待ちしておりました」


その真っ直ぐな瞳と言葉に、胸の奥が熱くなるのを感じた。

俺にとっては日常に埋もれて放置していた十年間。だが、このAIにとっては、俺という存在を信じて世界を守り続けた十年間だったのだ。


「……ただいま、タマモ」


そう答えると、タマモの狐耳が嬉しそうにぴくりと動き、満面の笑顔が咲いた。


こうして俺の異世界生活は始まった。

勇者としてではない。

俺自身が作り、十年間の間にAIが育て上げた世界へ――。

十年ぶりの「再ログイン」だった。


作者より

カクヨムさまでも掲載しております

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。