第18話 交易準備
完成を迎えた「星型要塞都市」の執務室では、巨大なホログラムモニターを挟み、遠藤アキラ、タマモ、そして元商社マンの佐々木と元会社社長の大河内が集まり、本格的な交易開始に向けた最終ミーティングを行っていた。
モニターに映し出されているのは、大森林の根本に位置する交易都市を中心とした広域立体地図だ。
「改めて整理いたしますと、我が交易都市の立地は極めて絶妙な緩衝地帯に位置しております」
タマモが九本の白い尾を誇らしげに揺らしながら、地図上の各ポイントを指し示した。
「東には聖堂教会を擁する人族国家があり、最も近い辺境の村まで約15キロ。北には巨大な山脈地帯がそびえ、ドワーフの都市国家が広がっております。北東の荒地を進んだ先には魔王国の防衛城塞都市まで約18キロ。南西には緑豊かなエルフ国の集落まで約12キロ。南には無人の海岸線が伸び、南東部に広がる半島では海洋交易都市群が覇権を争っております」
「まさに諸勢力の隙間……どの国にも属さない完璧な中立地帯だな」
アキラが深く頷くと、佐々木がメガネの奥の目を光らせて補足した。
「ええ。ですが、いくら素晴らしい市場を作っても、存在を知られなければ人は集まりません。そこで最初のステップとして、近隣の**『魔王国』『エルフ国』、そして『海洋交易都市群の最寄り拠点』**の三方面へ向けて、プロモーション活動を展開いたします」
「プロモーション、か。具体的にはどうやって噂を広めるんだ?」
大河内が腕を組みながら尋ねると、タマモが可憐に微笑んだ。
「人間ではなく、当ダンジョンの技術を結集して製造した『生体アンドロイド』を派遣いたします。見た目や質感、応答性能に至るまで人間と全く区別がつきませんが、病原菌を持ち込まず、不慮の襲撃にも完璧に対処可能です」
ホログラム上に、精巧で清潔感あふれる商人の姿をしたアンドロイドたちのスペックが提示された。彼らには試供品・サンプルとして、ダンジョン産の上質な鉄器や頑丈な農具、精米された穀物、そして酒類加工品(特に極上の日本酒など)が持たされる。
「目的は三つです」と佐々木が指を三本立てた。
「第一に、**『大森林に突如現れた、驚異的な品揃えを誇る清潔な交易都市』の噂を流すこと。第二に、サンプル商品の実力を見せて商人たちの利欲を刺激すること。そして第三に――最も重要な『10人ルールの周知』**です」
「あ、例の重力デバフ網の警告だな」
アキラが苦笑する。
「『交易都市へ向かう街道において、300メートル以内に10人以上の武装集団で接近すると、警告の後に足元が赤く点滅し、所有する金属装備の重さが最大512倍まで激増する呪いが発動する。平和的な10人未満の少人数であれば一切発動しない』……これを事前にしっかり知らせておかないと、軍隊や盗賊が自滅してパニックになるからな」
「左様でございます」とタマモ。「『害意を持った大部隊では絶対に踏み込めない。だが、ルールを守る商人には最高の安全と利益を約束する都市』というブランディングを確立いたします」
こうして、各方面へ向けて精鋭の生体アンドロイド行商隊が出発した。-----数日後――。
魔王国の防衛城塞都市、エルフ国の森の集落、そして海洋都市の商業ギルドにおいて、生体アンドロイドたちは鮮やかにその任務を完遂していた。
「なんだこの農具は……!? 軽く叩いただけで岩のような硬土がサクサク耕せるぞ!」
「この日本酒という酒……芳醇すぎて我が国の貴族すら飲んだことがない至高の味わいだ……!」
「なにより、この鉄器の精度と強度はなんだ!? 傷一つつかんぞ!」
アンドロイドたちが持ち込んだサンプル品を手にした現地の商会や大手商人たちは、その圧倒的な品質と、提示された「適正かつ破格の取引条件」に目の色を変えた。利益のにおいに誰よりも敏感な彼らが、この千載一遇のチャンスを見逃すはずがなかった。
さらに、アンドロイドたちが口にした「街道の10人ルール」という不気味な噂も、商人たちの好奇心と警戒心を大いに煽った。
『噂の交易都市か……。本当なら、世界中の富が集まる場所になるぞ』
『街道の呪いとやらは気になるが、9人以下の小規模な隊商なら問題ないのだろう?』
『もたもたしていたら他国や他の商会に先を越される! 今すぐ荷をまとめろ!』-----翌朝。
交易都市の物見櫓に立っていたアキラとタマモの視界に、大森林の街道を進んでくる幾筋もの人影が映し出された。
ルールを厳格に守り、8〜9人程度に小分けされた小規模な商人たちの隊商が、おそるおそる、しかし期待に目を輝かせながら、完成したばかりの星型要塞都市を目指してやってきたのだ。
「……マスター。最初の客人が到着いたしました」
タマモが嬉しそうに九本の尾をパタパタと揺らした。
「よし!」アキラは気合を入れて袖をまくり上げた。「それじゃあ、出迎えの準備をしよう。争いではなく、豊かな実りと対話で繋がる、新しい交易の始まりだ!」
大森林の静寂を破り、異世界の歴史を塗り替える本格的な交易の幕が、ついに切って落とされたのだった。




