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第16話 閑話 創世の女神の困惑

地上から遥か高みに隔絶された、神々の領域――神界。

澄み渡る蒼穹と白銀の宮殿が佇むその静寂の地で、この世界の頂点に君臨する「創世の女神」は、美しくもどこか苛立ちを孕んだ表情でため息を漏らしていた。


彼女の目の前に浮かび上がっているのは、自身の権能によって顕現させた巨大なホログラム状のチェス盤――世界全体の動向を監視・操作するための『遊戯盤(ゲーム)』である。


「……おかしいですわ。絶対におかしいですわ……!」


女神は優雅なドレスの裾を揺らし、輝く頭を抱えた。


事の始まりは、地上で勢力を誇る「聖堂教会」から寄せられた切実な祈り(という名の神頼み)であった。教会の都合や世俗の思惑はどうでもよかったが、世界のシステムを維持する手前、定期的に異世界から「勇者」となる人材を補給する必要があったのだ。


だが、根がズボラで細かい作業を嫌う女神は、召喚の儀式を極めて大雑把に処理した。

地球という異世界の「大きな動く鉄の箱(電車)」の進行方向に直接巨大な召喚魔法陣を展開し、車両ごと乗客をまとめて引っ張り込んだのである。


探す手間を省くため、森の中で勇者、聖女、賢者、剣聖などの超レアスキルを持つ若い者たちだけを回収させ、その他の有象無象には適当なスキルを貼り付けて放置したはずだった。

スキルを持っていても認識できず、使い方が分からなければ意味をなさない。あとは野垂れ死ぬか魔物の餌になるはずだったのだ。


「残りの者には、使い道もないようなゴミスキルを適当に割り振っておきましたわ。どうせ自分のスキルを認識することすらできず、使い方すら分からずに野垂れ死ぬか、森の魔物の餌になるだけの存在……そのはずでしたのに!」


女神は『遊戯盤』の一角――あの「大森林」の座標を指先で拡大した。

本来であれば、身ぐるみを剥がされ、絶望と恐怖の中で露と消えているはずの場所である。


しかし、そこに表示されているのは、目を疑うような異常数値の羅列だった。


「な……なんですの、この規格外の領域は……!? 地下100階層!? 一階層あたり巨大な大陸と同等の広さ!? 次元干渉型位相崩壊砲に、ナノマシン細胞再構築医療……!? 意味が分かりませんわ!」


盤面上で怪しく燦然と輝くその領域は、女神の構築した世界システムそのものを圧倒する高密度のエネルギーと、超未来的な法則によって塗り替えられていた。


恐る恐るその中心に存在する「異分子」のステータスログを解析した女神は、さらに絶句することになる。


【対象者:遠藤アキラ(53歳)】

【所持スキル:遊戯盤顕現(状態:暴走/世界システムへ干渉中)】


「遠藤……アキラ……? 53歳の、ただの専業農家……? ちょっと待ちなさいな! その『遊戯盤顕現』は、チェスやボードゲームの駒を空中に召喚して遊ぶくらいしか使い道のない、わたくしが与えた本物のゴミスキルですわよ!?」


そう、女神が適当に与えたはずのスキルが、なぜか起動時に致命的なエラー(暴走)を起こしていたのだ。

アキラが過去にプレイし、管理AIに託して自動発展させていた箱庭ゲーム『ダンジョンワールド』の膨大なデータ領域と連結。世界システムのプロテクトを強引に突破し、現実に強制適用(インストール)されてしまったのである。


女神は慌てて自分の神威を行使し、その暴走領域を消去・修正しようと試みた。

しかし――


『SYSTEM WARNING:創世の女神による干渉が拒否されました』

『ADMINISTRATOR : MASTER AKIRA & TAMAMO』


「きゃっ!? わ、わたくしの神聖権能が弾かれましたわ……!? 自分の作った世界の中に、わたくしよりも上位の『絶対不可侵領域』ができてしまっていますわよ!?」


モニターの映像をさらに追うと、そこには女神の理解を遥かに超えた光景が広がっていた。


地球で手遅れと診断されていた癌患者が、わずか15分の治療で完治して涙を流している。

10年間車椅子だった女性が、自分の足で力強く大地を踏みしめている。

大森林の真っ只中では1000機の自動工兵ドローンが群がり、侵攻してきた敵の金属装備を512倍に重くする凶悪な重力デバフ網を備えた、曲線の武者返しを持つ巨大な「星型要塞都市」を建設しようとしていた。

さらには、魔王国からの潜在的需要リストを分析し、最新型の農具や穀物を手に試行取引の準備まで進めている始末。


そして決定打となったのは、ダンジョン第95階層『神殿都市』の光景だった。


賑やかな祭りの熱気の中、美しく咲き誇る桜の樹下で優雅に日本酒の盃を傾ける二つの影――アマテラスとツクヨミ。

女神の視線(神威の走査線)がその領域に触れた瞬間、二柱の神々は盃を止めることなく、ふっと静かに頭上の空を見上げた。

神界からの覗き見を完璧に察知した上で、まるで戯れるかのように優しく、そして底知れぬ余裕を込めて美しく微笑んでみせたのだ。


「ひっ……!? い、いま、視線が合いましたわ……!? なぜ日本の神々のアバターが勝手に作られて、わたくしを見下して微笑んでいますのよーーーーっ!!」


神界に、創世の女神の悲痛な絶叫が響き渡った。


100階層、120万人もの住人が捧げる純粋な信仰エネルギーの輝き。この世界の女神の信者60万人を遥かに凌ぐその膨大な信仰は、女神にとって喉から手が出るほど魅力的に映った。

だが、手を出そうにも強固なシステム障壁と、ダンジョン内の神々の存在に阻まれて手も足も出ない。


「誰の仕業ですの……!? 誰がこんなデタラメな世界線にしたのですの……!?」


頭を抱え、ぷんぷんと怒りに震える女神の困惑をよそに、大森林の地下にそびえ立つ『ダンジョンワールド』は、今日も今日とて静かに、そして圧倒的なスケールで新たな歴史を刻もうとしていた。


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