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第15話 交易都市と防衛手段

「――で、圧倒的な武力で踏みつぶす以外の方法ですか?」


執務室に設置されたホログラムモニターの前で、タマモが狐耳をぴんと立たせ、不思議そうに首をかしげていた。隣に立つ大河内と佐々木も、腕を組みながら難しい顔をしている。


「ええ。せっかく『戦わせないための要塞』を作ると決めたんです。交易都市に侵攻してきた盗賊や、愚かな野心を持った軍隊を、一滴の血も流さずに無傷で『お帰り』いただく方法を考えたいんですよ」


アキラが手元の資料を置きながら言葉を重ねると、佐々木が苦笑いを浮かべた。


「アキラさんのお気持ちは痛いほど分かりますが……相手は武器を持って害意を剥き出しにして攻めてくるわけです。当ダンジョンのドローンや自動兵器を使えば一瞬で蒸発させられますが、無傷で戦意だけを挫いて撤退させるとなると、一気に難易度が跳ね上がりますな」


「殺さず、傷つけず、それでいて二度と攻めてくる気が起きないほどの恐怖や困惑を与える……。タマモさん、何か該当する兵器や魔法はありますか?」


大河内が尋ねると、タマモは九本の白い尾をパタパタと揺らしながら端末を操作した。


「非致死性の催眠ガス、超音波兵器、あるいは範囲精神錯乱魔法などが挙げられますが……風向きや個人の抵抗力によって効果にムラが出ますし、集団パニックによる踏みつけ事故などで物理的な被害が出る可能性を排除できません」


「うーん……なかなか上手くいかないもんだな」


アキラはソファにもたれかかり、天井を見上げた。


誰かを傷つけたいわけではない。だが、放置すれば自分たちの生活や交易都市の平穏が脅かされる。侵入を防ぎ、なおかつ自分から諦めて引き返してもらうには、どうすればいいか。


(害意を持って近づいてくる連中を、傷つけずに足止めする……)


ふと、アキラの脳裏に専業農家としての日常の光景が浮かんだ。ビニールハウスや畑の周囲に設置する、あの黄色いシート――。


「……なぁ、タマモ。害虫対策の『トリモチ』ってあるだろ?」


「トリモチ、でございますか? 粘着性物質で害虫の動きを物理的に封じるトラップですね」


「そうそれ。農作業やってるとさ、害虫を殺虫剤で全滅させる前に、そもそも作物に近づけないようにシートで捕まえたり、物理的に動けなくしたりするんだよ。要はさ、攻めてきた奴らを『動けなく』しちゃえばいいんじゃないか?」


「動きを……封じる?」


タマモが目を丸くした。アキラは身を乗り出し、ホログラム上の交易都市の地図を指差し始める。


「攻撃して撃退しようとするから血が流れるんだ。相手が武器を持ったまま自滅するくらい、物理的に動けない状態を作ればいい。例えば……金属の重さを重くする魔法って使えるか?」


「金属の質量・重量の操作ですか? 当ダンジョンの空間干渉・重力制御魔法を行使すれば、特定の指定領域内において容易に実現可能です」


「よし。じゃあ、交易都市から半径10キロ圏内に、こんな永続デバフ魔法を設置してほしい」


アキラの提案に、室内の一同がじっと耳を傾けた。


「交易都市に向かって1キロ近づくごとに、持っている剣や盾、着ている鎧なんかの金属装備の重さが『倍』になっていく仕組みだ。10キロ地点では普通の1倍。9キロ地点で2倍。8キロ地点で4倍……」


「……待ってください、マスター」


タマモの狐耳がピクッと跳ね、迅速な計算プロセスが走った。


「1キロごとに倍加ということは、指数関数的な増加となります。つまり――」


「そう。最後の1キロ……交易都市の門前に到達した瞬間、金属の重さは512倍になる」


「ご、五百十二倍!?」


佐々木と大河内が思わず素声を上げた。


「普通の鉄の剣が1.5キロだとしたら、門の前では約760キロ……軽自動車一台分の重さになる計算だ。そんなもん、持っていられるわけがない。手から滑り落ちた剣が、地面の石畳に柄までズボッと突き刺さるレベルだな」


「鎧なんて着ていたら、己の装備の重さでその場に縫い付けられたように動けなくなりますね……!」


大河内が目を見開き、膝を打った。


「まさにトリモチ……! 傷つけるどころか、重すぎて一歩も動けなくなるわけですか!」


「そうだ。で、無駄に巻き込まないように発動条件もつけよう。300メートル以内に10人以上の集団が入ってきたら起動する。発動する直前の30秒間は、警告として足元が赤く点滅する演出を入れる。10人未満にばらければ発動は停止する」


「なんと……!」佐々木が感服したように息を吐いた。「少数の行商人や旅人には反応せず、武装した軍隊や盗賊の集団だけにピンポイントで効くわけですね。足元が赤く光って、進めば進むほど自分の鎧や武器が重くなって動けなくなる……不気味すぎます」


「だろ? 襲撃してきた奴らは『なんだこの呪いは!?』ってパニックになって、重い武器や鎧をその場に放り投げて逃げ出すはずだ。誰も死なないし、怪我もしない。武器を捨てて逃げ帰った奴らは、二度と攻めてこようとは思わないだろう」


アキラの言葉に、元商社マンの佐々木がふと眼鏡の奥の目を光らせた。


「……アキラさん。それ、軍事面だけでなく『経済的』にも恐ろしいダメージを与えられますよ」


「え? 経済的に?」


「ええ。軍隊や大規模な盗賊団にとって、兵士たちの金属鎧や剣、槍といった装備一式は莫大な資産です。それをすべてその場に捨てて命からがら逃げ出すとなれば、彼らは一瞬にして全財産に等しい高価な武具を喪失することになります。再武装する資金も底をつき、二度と軍を維持できず事実上の破産へと追い込まれるでしょうな」


「なるほど……!」大河内もニヤリと笑みを浮かべた。「血を流さずに組織の経済的基盤を叩き潰すわけですか。まさに完璧な抑止力ですな」


さらに、アキラは腕を組みながらニシシといたずらっぽい笑みを浮かべた。


「それとさ……逃げ去った奴らが街道に放り出していったその高級な武器や防具、そのまま放置しておくのは勿論もったいないよな?」


「……マスター?」タマモが狐耳をぴくっと動かした。


「敵が去った後、10人未満の作業ドローンを行かせて、落ちている廃品を全部回収するんだ。重力デバフ網を解除すれば、ただの上質な鉄や希少金属の山だからな。それを第81階層あたりのリサイクルプラントに放り込んで、高純度の金属資材として再利用したり、俺たちの頑丈な農具や建築資材に生まれ変わらせる」


「素晴らしい……!」タマモが九本の尾をパタパタと激しく揺らした。「侵略者の攻撃を無傷で無効化し、相手を経済的に破産させて戦意を奪い、さらに残された高価な装備を回収して当ダンジョンの資源として有効活用する……! 完璧な循環型資源回収システムでございます!」


「まあ、農家としては『ゴミも資源』だし、荒らそうとしてきた奴らから迷惑料代わりに資源をもらうのは当然だからな」


アキラがドヤ顔で言い切ると、執務室には頼もしい笑い声が響き渡った。


こうして、最新の防衛要塞都市の周囲に、異世界の常識を破壊する凶悪にして平和的、かつ極めて実質的な「永続重力デバフ網兼廃品回収プロジェクト」が完成したのだった。


【交易都市広報】防衛について


設置場所 交易都市から半径10km以内に設置

発動条件 半径300m以内に10人以上 10人未満で解除

発動効果 1km進む毎に金属の重さが倍になる

注 1倍 2倍 4倍 8倍・・・最大512倍(門から1km以内)

✳事故予防のため発動30病前にチャイムと足元発光で注意喚起


装備を提供いただいた皆様には

身体を徹底的に隅々まで洗わせていただきます。

骨折・脱臼から古傷・失明まで治療いたします。

新品のインナーを提供いたします。

美味しいご飯を提供いたします。

お帰りはあちらです。


【通達】

門前の水濠にシスターがいる場合あり 接近時の人数注意

なお、止まっていると

「どうしましたか?お怪我ですか?」

と接近してくる場合あり。


交易都市広報課

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