第14話 交易都市と衛生観念
「・・・まじか?」
夜明けて間もない執務室。ホログラムモニターに映し出された異世界の街並みの映像を前に、アキラは青ざめた顔で頭を抱えていた。
隣に立つタマモも、九本の白い尾を硬直させ、狐耳をピクピクと引きつらせている。
「マスター……偵察ドローンが持ち帰った映像データおよび環境分析結果です。……率直に申し上げて、正気の衛生状態ではありません」
画面に映し出されているのは、中世欧州に酷似した街並みだった。しかし、その路上には家々から投げ捨てられた汚物が散乱し、異臭の漂う環境の中を人々が平然と歩いている。
さらに深刻なのは彼らの生活習慣だった。「皮膚の毛穴を開くと病気や呪いが侵入する」という根強い迷信により、人々は滅多に入浴や沐浴を行わないという。
「二階の窓から路上に汚物をそのまま投げ捨てるなんて……。風呂にも入らないなんて、これじゃ病気の温床じゃないか」
佐々木が苦虫を噛み潰したような表情で呟き、大河内も深いため息をついた。
「ダンジョン内の子どもたちや住民の安全を守るどころの騒ぎではありませんな。この衛生観念のまま人間が流入すれば、交易以前に疫病で全滅しかねん」
「絶対に、ダンジョン内部への立ち入りは不可です!」
顔を左右に勢いよく振りながらタマモが語気を強めた。
「外部交易都市の建設は正解でした。さらに、交易都市そのものにも徹底的な水際対策――検疫と浄化のシステムを組み込む必要があります」
アキラは気を取り直し、大きく深呼吸をした。
「そうだな。嫌だからと引きこもるわけにはいかない。外の世界の生活環境を改善するきっかけにもなるような、完璧で清潔な交易都市を作ろう」
一同は気合を入れ直し、ホログラム上に浮かび上がった広大な設計図に向き合った。
「まず、都市の規模ですが……異世界各国からの商人、使節、警備兵、物流関係者を考慮し、最大一万人規模の滞在に対応できる縄張りを確保します」
大河内が図面の上に光のラインを引いていく。
「一万人……大都市ですね」とアキラ。
「ええ。そして最大の課題である衛生面ですが、ダンジョンの未来技術をフル活用した上下水道を完備します」
佐々木が指し示した先には、地下深くを通る広大な配水管ネットワークが広がっていた。
「外から来た汚水や廃棄物は、未来技術の浄化プラントで分子レベルで無害化・循環させます。また、外門には大規模な『洗浄・消毒施設』を設け、入城するすべての者に身だしなみを整えてもらいます。拒否する者には入城許可を出しません」
「お風呂と洗濯の文化を強制的に体験してもらうわけですね。それは素晴らしい」
アキラは笑みを浮かべた。
続いて、防衛と構造についての議論に移った。
「外壁の形状ですが、死角を完全に排除した『星型城郭(稜堡式要塞)』を採用します」
タマモが幾何学的な星型の城壁をホログラムで描き出す。
「どの角度から敵勢力が近づいても、城壁からのクロスファイア(交叉射撃)が可能となります」
「さらに、壁自体の構造には日本の伝統的な『武者返し(扇の勾配)』を取り入れましょう」
佐々木が提案した。
「真っ直ぐ切り立った城壁ではなく、上部に向かって美しい曲線を描く石垣です。物理的な登攀を防ぐだけでなく、異世界の魔法や打撃による衝撃を上方向へ受け流す構造となります」
「美しいな……日本の城の佇まいがありながら、星型の近代要塞でもあるわけか」
アキラはそのデザインに見惚れた。
「内部の区画は、三重の同心円構造とします」と大河内。
「一番外側の『第一区画』は一般商人や旅人のための市場と宿場。『第二区画』は各国使節団や高額取引のための管理奉行所。そして中心の『第三区画』にダンジョンゲートと防衛司令部を配置し、中心に近づくほどセキュリティレベルを高めます」
「門は東西南北に四箇所。そして――」
タマモがいたずらっぽく微笑み、シミュレーションの時間を進めた。
「春分と秋分の日の出の時刻には、東の門から差し込んだ太陽の光が、都市の中心を真っ直ぐ貫いて西の門へ抜け出る『光の軸線』を設計に組み込みました」
「すごい……! 軍事要塞なのに、神聖で芸術的だ」
アキラは思わず声を上げた。
さらに、アキラ自身の農家としての視点から追加の提案がなされた。
「星型城郭の外側には、幅15メートルの水濠(水堀)を掘りましょう。防衛線になるのはもちろんですが、都市周辺の土地を開拓する際の『灌漑用水路』としても利用したいんです」
「防衛と農地開発の一石二鳥ですね。素晴らしい着眼点です」佐々木が感銘を受けたように頷いた。
強固な防衛設備と最新の衛生インフラが次々と決まっていく中、アキラはふと画面の星型要塞を見つめながら、静かに口を開いた。
「……なぁ、佐々木さん、大河内さん。この交易都市まで敵対する軍隊が攻めてくるような状況って、俺たちにとっては『敗北』だと思うんです」
「と、おっしゃいますと?」
「城壁や武者返しで戦う前に……敵が攻めてくる気を失うくらい圧倒的な情報力と威容を示して、来る前にお帰りいただく方法を考えたいんです。誰も血を流さず、戦わずに退いてもらう。それが一番の防衛ですよね」
アキラの言葉に、大河内と佐々木は顔を見合わせ、深く深く頷いた。
「……恐れ入りました。戦うための要塞ではなく、戦わせないための要塞、ですか。それこそが真の抑止力ですな」
タマモも胸を張り、得意げに胸を叩いた。
「お任せください、マスター! 偵察ドローンによる広域警戒網と、この圧倒的な要塞の存在感で、愚かな野心を持つ者たちには戦う前に諦めていただきます!」
「よし、方針は決まった。タマモ、工事に取りかかってくれ!」
「了解いたしました! 自動工兵ドローン1000機、発進いたします!」
ダンジョンゲートの外側――大森林の開けた大地に、無数の小さな光点が舞い降りた。
重低音の駆動音とともに、工兵ドローン群が一斉に大地を削り、巨大な水濠を掘り進めていく。
未来の超技術と日本の伝統美が融合した、曲線の武者返しを持つ「星型要塞都市」。
異世界の混沌と不衛生を打ち破る、新時代の巨大交易拠点プロジェクトが、ついにその姿を現し始めていた。
作者より
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