第13話 交易都市構想
夜の静寂が明けた執務室で、アキラとタマモはホログラムのモニターに向き合っていた。画面に映し出されているのは、各生産階層で積み上がり続ける膨大な余剰物資のデータだ。
「……やっぱり、改めて見てもとんでもない量だな」
アキラはお茶をすすりながら、溜息交じりに呟いた。
「はい、マスター。各生産階層の保管庫は既に飽和状態に近く、魔法技術による空間拡張を続けておりますが、流通させずに溜め込むのは効率的とは言えません」
タマモが九本の尾をゆったりと揺らしながら、データを送っていく。
「食糧不足で困るよりは万倍マシだが、ただ眠らせておくのも勿論もったいない。外の世界の困っている人たちに届けられれば一番なんだが……」
アキラが顎に手を当てて考え込んでいると、執務室の扉がノックされ、数人の人物が入室してきた。
ダンジョンワールドの管理側からはタマモと主要階層の代表者たち。そして地球からの保護者側からは、社会人経験の豊富な大人たちが顔を揃えていた。その中には、かつて大手商社で海外事業を仕切っていた高齢の男性・佐々木と、中小企業の社長として長年会社を経営してきた老男性・大河内も含まれていた。
「アキラさん、タマモさん。今後の物資運用と外の世界との交易について、私たちからも少し提案をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
佐々木が穏やかな、しかし経験に裏打ちされた鋭い眼差しで切り出した。
「ええ、もちろんです。ぜひ知恵を貸してください」
アキラが促すと、佐々木と大河内は手元に用意した資料を開いた。
「まず大前提として、このダンジョンワールドが誇る圧倒的な生産力と超技術を、そのまま外の世界に流し込むのは極めて危険です」
大河内が重々しい口調で語る。
「市場に際限なく安価な物資を投下すれば、外の世界の価格破壊を引き起こし、現地の農家や職人、商人が一瞬で廃業に追い込まれます。それは経済の破壊であり、巡り巡って現地の人々の生活を脅かすことになります」
「その通りです」と佐々木が頷く。
「ですから、私たちの基本的な取引方針は**『物々交換』または『現地の適正価格・正規相場に基づく売買契約』**に限定するべきです。 ダンジョン側の圧倒的なコストパフォーマンスをあえて表に出さず、現地の産業や経済圏を壊さないよう細心の注意を払って参入するのが鉄則かと」
専業農家として市場の相場や流通の難しさを知るアキラは、二人の言葉に強く深く頷いた。
「さすがですね……。俺も、自分たちの物資で現地の農家さんたちの首を絞めるような真似だけは絶対にしたくなかったんです」
「ふふ、商売の基本ですから」と佐々木は微笑み、さらに話を続けた。
「そしてもう一点、最も重要なのが『交易の場所』と『防衛・セキュリティ』です」
タマモが狐耳をぴくりと動かし、ホログラムの地図を提示する。
「セキュリティ面につきましては、ダンジョン内部への部外者の侵入は一切認めるべきではないと判断しております」
「まったく同感です」大河内が力強く頷いた。
「いくら交易を行うと言っても、このダンジョン内部は地球から来た子供たちや住民たちの安心・安全な生活拠点です。異世界の商人や貴族、探検家などが自由に足を踏み入れられる状態にするのはリスクが高すぎます」
「では、どうするべきでしょうか?」アキラが尋ねる。
佐々木がホログラム上のダンジョンゲートの外側――大森林の開けたエリアを指し示した。
「ダンジョンゲートの外側に、専用の『交易都市』を新たに建設するのです。」
「ゲートの外に交易都市を……?」
「はい。ダンジョン内部の居住区や生産区は完全に秘匿・隔離したまま、ゲートのすぐ外に厳重なセキュリティを備えた市場と物流拠点を整備します。外の世界の商人や使節はすべてその交易都市まで来てもらい、そこで売買や交渉を行う体制を整えるのです」
地球での長いビジネス経験と危機管理能力を持つお年寄りたちの見事な提案に、アキラは思わず感嘆の声を上げた。
「素晴らしいアイデアです! それならダンジョン内の平穏と安全を守りつつ、外の世界と対等で健全なビジネスができますね」
タマモも嬉しそうに目を輝かせ、手元の端末を操作した。
「マスター、外部交易都市の建設プランおよび自動工兵ドローンによる設営シミュレーションを開始いたします。第81〜90階層の建築技術を用いれば、基礎インフラを備えた堅牢な都市拠点を短期間で展開可能です」
「よし……! 地球から来た皆さんの経験と、タマモたちの技術が組み合わされば百力だ」
アキラは立ち上がり、集まった仲間たちを頼もしく見渡した。
「誰かの経済を壊すためではなく、お互いの生活を豊かにするための交易を始めよう。まずは魔王国をはじめとする近隣諸国との小規模な試行取引から、慎重に進めていこう!」
「承知いたしました、マスター!」
タマモの九本の白い尾が満足そうにゆったりと揺れ、地球の知識と異世界の技術が融合した新たな「交易都市プロジェクト」が、力強い第一歩を踏み出したのだった。




