第9話 十年の成果
広大な重厚感を湛えた会議室に、十人の代表者が一堂に会していた。
種族も、纏う空気も、姿かたちもまったく異なる。鍛え上げられた体躯のドワーフ、気品漂うエルフ、しなやかな獣人、凛とした人間、威厳を纏う魔族――そして、既存のどの分類にも当てはまらない見たこともない姿の種族。
彼らはアキラが入室した瞬間、示し合わせたかのように一斉に立ち上がった。
「マスター」
十人の声が重なり、深く頭が下げられる。
「……待ってくれ、頼むから頭を上げてくれ」
「では、どのような態度で接するべきでしょうか?」
「普通でいい。俺はそんな大層な人間じゃないんだ」
「――承知いたしました」
静かに着席する十人。対峙する席へアキラが腰を下ろすと、タマモが和服の袖を軽く振り、空間の中央に巨大なホログラム資料を鮮やかに投影した。
九本の白い尾をゆったりと揺らしながら、タマモが静謐な声で報告を始める。
「それではマスター、現在のダンジョンワールド全体統括状況をご報告いたします」
「ああ、頼む」
「第1階層から第10階層。現在の総人口、約百二十万人」
「……」
アキラは絶句した。思考が一瞬停止する。
「……百二十万人? たった十の階層でか?」
「はい。正確には、恒久的な居住人口と、交易や観光による一時滞在人口を合算した数値にございます」
「それでも多すぎるだろ……一国の都並みじゃないか……」
驚愕を隠せないアキラに対し、タマモは何事もなかったかのような淡々とした手際で次の資料へとスライドを切り替えた。
「続きまして、第11階層から第20階層。ここは農業、畜産、食品加工を中心とした広域大規模生産区域となっております――」
「ちょっと待ってくれ」
アキラは思わず手を挙げた。ホログラムの推移がピタリと止まる。
「農業階層……それって、俺が昔初期段階で作ったやつだよな?」
「原型の基本設計はマスターが作成されました」
「原型?」
「現在の第11階層から第20階層は、その後、私たちが需要に応じて拡張・最適化したものとなります」
「……具体的にどんな農業をやってるんだ?」
「ご覧になりますか?」
「見せてくれ」
即答だった。専業農家としての本能が揺さぶられる。
画面が切り替わった瞬間、そこに映し出された景色にアキラは息を呑んだ。
眼下に広がるのは、遥かな地平線まで続く膨大な農地。完璧に区画整理された美しい水田、色とりどりの作物が実る畑、果樹園、なだらかな牧草地、精神を落ち着かせる緑の温室群。
地下水路を活用した緻密な自動灌漑設備に、気象制御魔法による完璧な温度・湿度管理。さらに、収穫された作物を寸分の狂いもなく選別・搬送する全自動コンベアラインまで完備されていた。見たこともない異世界の高栄養作物までもが、極めて健全に育っている。
「…………」
言葉を失うアキラ。
「マスター?」
「……これ」
「はい」
「俺が最初に作ったゲームの農業なんだよな?」
「左様でございます」
「……専業農家の俺より、遥かに本格的で高度な農業してないか?」
緊張に包まれていた会議室に、ふっと温かな笑いが弾けた。厳格そうだったドワーフの代表までもが肩を揺らして微笑んでいる。
「笑わないでくれよ……」
アキラが頭を掻きながら呟くと、笑い声はさらに広がり、室内の空気は一層和やかなものへと変わった。
しかし――タマモが次の資料を投影した瞬間、その場の空気が一変した。
第41階層〜第50階層:超巨大複合都市群
第51階層〜第60階層:高層魔導研究都市
第61階層〜第70階層:広大な海洋世界と環礁文明
第71階層〜第80階層:地下大鉱山とドワーフ・魔族融合文明
第81階層〜第90階層:未知の超未来技術文明区域
ポイントを示していたタマモの指先が動き、表示された第91階層から第100階層のエリアには、詳細なデータが一切記載されていないことが露わになる。
「……最後の十階層はどうなっているんだ?」
アキラの問いかけに、タマモは一瞬だけ沈黙を置き、狐耳を静かに伏せた。
「現在、口頭や資料で説明するよりも、実際に現地をご覧いただくことを推奨いたします」
「どうしてだ?」
「マスターが最後に設定された初期構想と、現在の実際の状態との間に、極めて大きな差異が存在するためです」
「……どれくらい違うんだ?」
「計測不能なほどに、大きいです」
「…………」
アキラは深く椅子に背をもたれかけた。
十年前。俺はこのゲームの自動発展機能を有効化し、管理AIであるタマモに後を託した。
最初はほんの4階層ほどの小さな箱庭だった。第一階層に街を造り、第二階層以降にささやかな農地と鉱山、鍛冶場を用意し、住人となるNPCを配置しただけだった。
その後、俺は現実世界の多忙な日常へと戻っていった。
そして、十年の月日が流れた。
俺の知らないところで、ダンジョンは加速度的に成長を遂げていたのだ。
都市を創り、農業を極限まで発展させ、鉱山を掘り進め、魔法と科学を融合させ、海を広げ、新たな生命と種族を受け入れ――さらには、信仰を集める神々まで生み出していた。
俺はまだ、その真実の全貌を知らない。
タマモは、静かなトーンで告げた。
「マスター」
「なんだ?」
「明日は第100階層へご案内いたします」
「……なあ」
「はい」
「俺、そこに何を作ったっけ?」
「何も作成されておりません」
「…………」
今度こそ、二の句が継げなかった。
「第100階層は、マスターが一切手を加えていない完全な空白地帯です」
「じゃあ……一体誰がそこを作ったんだ?」
会議室の緊張感が跳ね上がった。タマモはすぐには答えず、九本の尾をそっと揺らしながら言葉を紡ぐ。
「それにつきましても、明日現地にてご説明いたします」
「……どうして今日言わないんだ?」
「実際に目で確かめていただいた方が、事態の真意を正確に理解していただけると判断いたしました」
「相変わらず、含みのある言い方だな」
「そうでしょうか?」
タマモは、いつもの穏やかで可愛らしい笑みを浮かべた。
「だからこそ、ぜひマスターご自身のお目でお確かめいただきたいのです」
十年ぶりの「再ログイン」。
その日から、俺の想像を遥かに超えた『ダンジョンワールド』の真の探求が始まろうとしていた。




