第5話 薬草は道の外に生えています
魔法馬車での旅は、フィリエンヌが思っていた以上に快適だった。
目的地を指定すれば、街道に沿って馬車が進んでくれる。
街道には一定間隔で古い道標魔術が刻まれており、馬車はそれを読み取って現在地と進路を判断しているらしい。
フィリエンヌは詳しい仕組みを知らない。
動くので問題ないと思っていた。
そのおかげで移動中にも仕事ができる。
薬草を選別し、乾燥具合を確認し、軟膏を瓶へ詰める。揺れは不思議なほど少ないので、簡単な調合なら走行中でも可能だった。
とても便利な馬車である。
「止まってください」
便利な馬車は止まった。
フィリエンヌは窓から外を見た。
街道脇の草むらに、細長い葉が何本か伸びている。
「銀糸草です」
銀糸草は葉の裏に細かな銀色の毛が生える。乾燥させて煎じると咳止めになる。
フィリエンヌは籠を持って馬車を降りた。
シュネリュもついてくる。
「根は残します。来年も生えますから」
必要な分だけ採取する。
土を落とし、籠へ。
十五分ほどで馬車へ戻った。
「行きましょう」
再出発。
しばらく進む。
「止まってください」
停止。
「シュネリュ、赤星茸です」
「キュ」
今度は茸だった。
採取。
戻る。
再出発。
三度目。
「止まってください」
馬車が止まる。
フィリエンヌが籠を持つ。
シュネリュは動かなかった。
「行かないんですか?」
「キュ」
御者台で丸くなる。
「では、待っていてください」
シュネリュは旅というものを理解し始めていた。
少なくとも、フィリエンヌについて毎回馬車を降りる必要はない。
午後。
街道の先に小さな森が見えてきた。
フィリエンヌは窓際で薬草を束ねていたが、ふと顔を上げた。
「……?」
森の縁。
淡い紫色の花が見えた気がした。
「止まってください」
馬車が止まる。
外へ出る。
近づいてみると、やはり花だった。
「紫鈴花……ではありませんね」
よく似ているが、葉の形が違う。
フィリエンヌの興味が動いた。
森の奥にも同じ花が見える。
馬車へ戻って操作板に触れた。
「少し森へ入りたいです」
動かない。
「この先です」
動かない。
操作板には、
『道標を確認できません』
と表示された。
「なるほど」
フィリエンヌは初めて、自走機能がどこでも使えるわけではないと知った。
道標魔術のある街道なら自動で進める。しかし森の中や廃道、道標のない土地では進路を判断できないらしい。
手動で御者をすれば進めそうだが、木々の間を馬車で進むのは難しい。
「歩きましょう」
「キュ」
今度はシュネリュもついてきた。
森の中は春の匂いがした。
湿った土。若い葉。苔。木漏れ日。
フィリエンヌは目的の花を採取する。
「やはり紫鈴花ではありません。花弁が一枚多いですね」
知らない植物だった。
数株だけ採り、根の一部も持ち帰る。
これで終わるはずだった。
少し先に珍しい苔があった。
「……シュネリュ」
狐は振り返らない。
「少しだけです」
苔を採る。
その先に薬用樹の若木。
樹皮を少量。
さらに倒木の陰に茸。
「これは……」
フィリエンヌはしゃがみ込んだ。
気がついた時には、森の中がずいぶん暗くなっていた。
「…………」
空を見る。
夕方だった。
「シュネリュ?」
返事がない。
周囲を見る。
いない。
「先に戻ったんでしょうか」
フィリエンヌは籠を持ち直した。
帰る方向は分かる。森へ入る時に簡単な目印もつけている。オルテンシアから採取の基本として叩き込まれたことだった。
迷ってはいない。
ただ、予定より何時間か遅くなっただけである。
馬車へ戻ると、シュネリュは御者台に座っていた。
前足を揃え、じっとこちらを見ている。
「ただいま戻りました」
返事なし。
「遅くなりました」
「…………」
「珍しいものがたくさんありまして」
「…………」
「怒っています?」
「キュ」
短かった。
尻尾も膨らまない。
「すみません」
フィリエンヌは素直に謝った。
夕食はシュネリュの干し肉を少し多くした。
すると尻尾が少しだけ膨らんだ。
許されたらしい。
その夜、フィリエンヌは採取した植物を机に並べた。
知らない花は押し花にして保存し、一部は乾燥用。一部は成分を調べるため生のまま保管する。
楽しい。
非常に楽しい。
地図を見る。
今日進むはずだった距離の半分にも届いていない。
「明日はもう少し進みましょう」
「キュ」
シュネリュが寝台から返事をした。
翌朝。
馬車は街道を進み始めた。
フィリエンヌは昨日の反省をしていた。
採取に時間をかけすぎた。
旅には予定というものがある。
目的地へきちんと到着することも大切だ。
だから今日は、なるべく止まらない。
一時間ほどして。
「…………」
窓の外を見る。
「…………シュネリュ」
「キュ」
「あそこに生えているのは、もしかして――」
「キュ」
先に止められた気がした。
馬車は道を間違えない。
道標魔術も正常だった。
目的地も正しく指定されている。
それでもフィリエンヌの旅が予定どおり進むとは限らなかった。
薬草というものは、たいてい道の外に生えているからである。




