第4話 旅にはお金がかかります
暫くは20時過ぎに毎日更新していきます。続きをお楽しみしてくださいね。
旅をしながら調合屋をするというフィリエンヌの計画は、今のところ順調だった。
少なくとも、本人はそう思っている。
リュカ村で初めて店を開き、薬も軟膏も売れた。シュネリュが尻尾を膨らませれば子供が集まり、その子供を連れ戻しに来た大人が薬を買っていくという、本人たちが意図していない販売経路までできた。
そして翌朝。
フィリエンヌは昨日の売上が入った革袋を持ち、市場へ向かった。
「今日は旅に必要なものを買います」
「キュ」
「まず食料ですね」
これは正しい。
保存の利くパン。干し肉。豆。塩。干した果物。シュネリュが何を食べるのかまだよく分からないので、肉は少し多めに必要だ。
フィリエンヌは市場を歩き始めた。
そして最初の食料品店へたどり着く前に止まった。
「……シュネリュ」
返事はない。
フィリエンヌの視線の先には、薬草を扱う露店があった。
「青月草です」
「キュ」
「この辺りでも採れるんですね」
青月草は乾燥させると鎮痛薬になる。葉から抽出した油は軟膏にも使える。品質の良いものは魔法インクの安定剤にもなる。
つまり必要だった。
フィリエンヌは買った。
少し先では、小瓶をまとめ売りしていた。
調合品を売るには容器が必要だ。
これも必要だった。
さらに進むと、香油の原料が売られていた。
必要だった。
糸と布もあった。
薬草袋を作るのに必要だった。
そうして市場を半分ほど進んだところで、古書を並べた店を見つけた。
「…………」
「キュ」
シュネリュがフィリエンヌを見る。
フィリエンヌもシュネリュを見た。
「見るだけです」
「キュ」
見るだけなら無料である。
店先には農業書や古い物語、地方の歴史書などが積まれていた。フィリエンヌは一冊ずつ背表紙を眺める。
その手が止まった。
『北部山岳地帯における薬用苔類の分類』
「…………」
手に取る。
古い本だった。表紙は擦れ、ところどころ紙も変色している。
「珍しいですね」
「キュ」
「師匠の本棚にもありませんでした」
「キュ」
「見るだけです」
「キュ」
しばらくして、フィリエンヌは本を抱えて店を出た。
見るだけではなかった。
ようやく食料品店へ到着した頃、革袋はずいぶん軽くなっていた。
フィリエンヌはパンと豆を買い、干し肉の値段を聞いたところで袋の中を見る。
「……減りました」
店主が怪訝そうな顔をした。
硬貨は使えば減る。
別に珍しい現象ではない。
フィリエンヌは残った硬貨を数えようとした。
一枚、二枚、三枚。
途中で銅貨と銀貨が混ざった。
最初からやり直す。
一枚、二枚――。
「お嬢ちゃん、後ろがつかえてるよ」
「あ、すみません」
結局、干し肉は予定より少なくした。
市場を出たところで、フィリエンヌは荷物と革袋を見比べた。
昨日は銀貨がいっぱいあった。
今日はいっぱいではない。
「旅にはお金がかかるんですね」
「キュ」
シュネリュは何となく知っていたような顔をしている。
「でも、青月草は必要でした」
「キュ」
「瓶も必要です」
「キュ」
「本も……必要です」
「…………」
「本当に必要です」
シュネリュは先へ歩いていった。
馬車へ戻る途中、旅用品を扱う店の前でまた足が止まった。
厚手の毛布が吊るされている。
夜はまだ冷える。今使っている毛布は一枚あるが、予備があってもいいかもしれない。
フィリエンヌは値札を見る。
革袋を見る。
馬車にいるのは自分とシュネリュだけだ。
「一枚あれば十分ですね」
今回は買わなかった。
シュネリュには立派な毛皮がある。むしろ夏になったら暑そうである。
フィリエンヌはそのまま店を通り過ぎた。
馬車へ戻ると、買ったものを床へ並べた。
食料。薬草。瓶。布。香油の材料。そして本。
改めて見ると、食料より調合関係のものの方が多い。
「……次は、もう少し売ってから買い物をした方がよさそうです」
ここまでは正しい。
「つまり、たくさん調合すればいいんですね」
少し違った。
フィリエンヌはオルテンシアが残した古い価格表を開いた。
薬や軟膏の値段なら、これを見れば分かる。しかし材料費、場所代、食費、旅費をどう分けて考えればいいのかまでは書いていない。
師匠はどうしていたのだろう。
少し考えたが、分からなかった。
「まあ、足りなくなったら売りましょう」
フィリエンヌは価格表を閉じた。
この日、帳簿というものを作ろうとは思わなかった。
午後にはリュカ村を出ることにした。
地図を広げ、次の目的地を探す。
南へ向かえば少し大きな町がある。けれど、その途中にいくつか小さな集落もあるらしい。
フィリエンヌは地図の横に『北部山岳地帯における薬用苔類の分類』を置いた。
「北も面白そうですね」
「キュ」
「でも、北部山岳地帯は遠いです」
「キュ」
「では、ひとまず南へ行きましょう」
旅を始めた時と同じ失敗はしない。
フィリエンヌは地図に記された町の名前を確認した。
「エトレ村を経由して、カルフェンへ」
馬車の操作板に目的地が表示された。
やがて車輪がゆっくりと動き始める。
御者台にはシュネリュが座った。
自動で走るので御者をする必要はないのだが、この場所が気に入ったらしい。
フィリエンヌは車内へ戻り、買ったばかりの本を開いた。
街道を馬車が進む。
硬貨は昨日より減った。
食料もいつかなくなる。
薬を作れば材料も減る。
馬車だって壊れるかもしれない。
旅を続けるには、働いて、お金を得て、必要なものを買わなければならない。
フィリエンヌは、そのことを少しだけ理解した。
少しだけだった。
「……この苔、見たことがありません」
数分後には本に夢中になっていた。
お金のことは、もう頭の隅へ移動している。
どうやら旅を続けるには、調合以外にも覚えなければならないことがありそうだった。
けれどフィリエンヌは、買ったばかりの本を開くと、そんなことはすぐに忘れてしまった。




