↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
弱火の魔女は、今日も馬車で旅をする ~万能魔法使いと始める、二人と一匹の移動工房~  作者: 風流


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/28

第4話 旅にはお金がかかります

暫くは20時過ぎに毎日更新していきます。続きをお楽しみしてくださいね。

旅をしながら調合屋をするというフィリエンヌの計画は、今のところ順調だった。

 少なくとも、本人はそう思っている。

 リュカ村で初めて店を開き、薬も軟膏も売れた。シュネリュが尻尾を膨らませれば子供が集まり、その子供を連れ戻しに来た大人が薬を買っていくという、本人たちが意図していない販売経路までできた。

 そして翌朝。

 フィリエンヌは昨日の売上が入った革袋を持ち、市場へ向かった。


「今日は旅に必要なものを買います」

「キュ」

「まず食料ですね」


 これは正しい。

 保存の利くパン。干し肉。豆。塩。干した果物。シュネリュが何を食べるのかまだよく分からないので、肉は少し多めに必要だ。

 フィリエンヌは市場を歩き始めた。

 そして最初の食料品店へたどり着く前に止まった。


「……シュネリュ」


 返事はない。

 フィリエンヌの視線の先には、薬草を扱う露店があった。


「青月草(せいげつそう)です」

「キュ」

「この辺りでも採れるんですね」


 青月草(せいげつそう)は乾燥させると鎮痛薬になる。葉から抽出した油は軟膏にも使える。品質の良いものは魔法インクの安定剤にもなる。

 つまり必要だった。

 フィリエンヌは買った。

 少し先では、小瓶をまとめ売りしていた。

 調合品を売るには容器が必要だ。

 これも必要だった。

 さらに進むと、香油の原料が売られていた。

 必要だった。

 糸と布もあった。

 薬草袋を作るのに必要だった。

 そうして市場を半分ほど進んだところで、古書を並べた店を見つけた。


「…………」

「キュ」


 シュネリュがフィリエンヌを見る。

 フィリエンヌもシュネリュを見た。


「見るだけです」

「キュ」


 見るだけなら無料である。

 店先には農業書や古い物語、地方の歴史書などが積まれていた。フィリエンヌは一冊ずつ背表紙を眺める。

 その手が止まった。


『北部山岳地帯における薬用苔類の分類』


「…………」


 手に取る。

 古い本だった。表紙は擦れ、ところどころ紙も変色している。


「珍しいですね」

「キュ」

「師匠の本棚にもありませんでした」

「キュ」

「見るだけです」

「キュ」


 しばらくして、フィリエンヌは本を抱えて店を出た。

 見るだけではなかった。


 ようやく食料品店へ到着した頃、革袋はずいぶん軽くなっていた。

 フィリエンヌはパンと豆を買い、干し肉の値段を聞いたところで袋の中を見る。


「……減りました」


 店主が怪訝そうな顔をした。

 硬貨は使えば減る。

 別に珍しい現象ではない。


 フィリエンヌは残った硬貨を数えようとした。

 一枚、二枚、三枚。

 途中で銅貨と銀貨が混ざった。

 最初からやり直す。

 一枚、二枚――。


「お嬢ちゃん、後ろがつかえてるよ」

「あ、すみません」


 結局、干し肉は予定より少なくした。

 市場を出たところで、フィリエンヌは荷物と革袋を見比べた。

 昨日は銀貨がいっぱいあった。

 今日はいっぱいではない。


「旅にはお金がかかるんですね」

「キュ」


 シュネリュは何となく知っていたような顔をしている。


「でも、青月草(せいげつそう)は必要でした」

「キュ」

「瓶も必要です」

「キュ」

「本も……必要です」

「…………」

「本当に必要です」


 シュネリュは先へ歩いていった。


 馬車へ戻る途中、旅用品を扱う店の前でまた足が止まった。

 厚手の毛布が吊るされている。

 夜はまだ冷える。今使っている毛布は一枚あるが、予備があってもいいかもしれない。

 フィリエンヌは値札を見る。

 革袋を見る。

 馬車にいるのは自分とシュネリュだけだ。


「一枚あれば十分ですね」


 今回は買わなかった。

 シュネリュには立派な毛皮がある。むしろ夏になったら暑そうである。

 フィリエンヌはそのまま店を通り過ぎた。


 馬車へ戻ると、買ったものを床へ並べた。

 食料。薬草。瓶。布。香油の材料。そして本。

 改めて見ると、食料より調合関係のものの方が多い。


「……次は、もう少し売ってから買い物をした方がよさそうです」


 ここまでは正しい。


「つまり、たくさん調合すればいいんですね」


 少し違った。


 フィリエンヌはオルテンシアが残した古い価格表を開いた。

 薬や軟膏の値段なら、これを見れば分かる。しかし材料費、場所代、食費、旅費をどう分けて考えればいいのかまでは書いていない。

 師匠はどうしていたのだろう。

 少し考えたが、分からなかった。


「まあ、足りなくなったら売りましょう」


 フィリエンヌは価格表を閉じた。

 この日、帳簿というものを作ろうとは思わなかった。


 午後にはリュカ村を出ることにした。

 地図を広げ、次の目的地を探す。

 南へ向かえば少し大きな町がある。けれど、その途中にいくつか小さな集落もあるらしい。

 フィリエンヌは地図の横に『北部山岳地帯における薬用苔類の分類』を置いた。


「北も面白そうですね」

「キュ」

「でも、北部山岳地帯は遠いです」

「キュ」

「では、ひとまず南へ行きましょう」


 旅を始めた時と同じ失敗はしない。

 フィリエンヌは地図に記された町の名前を確認した。


「エトレ村を経由して、カルフェンへ」


 馬車の操作板に目的地が表示された。

 やがて車輪がゆっくりと動き始める。


 御者台にはシュネリュが座った。

 自動で走るので御者をする必要はないのだが、この場所が気に入ったらしい。

 フィリエンヌは車内へ戻り、買ったばかりの本を開いた。


 街道を馬車が進む。

 硬貨は昨日より減った。

 食料もいつかなくなる。

 薬を作れば材料も減る。

 馬車だって壊れるかもしれない。

 旅を続けるには、働いて、お金を得て、必要なものを買わなければならない。


 フィリエンヌは、そのことを少しだけ理解した。

 少しだけだった。


「……この苔、見たことがありません」


 数分後には本に夢中になっていた。

 お金のことは、もう頭の隅へ移動している。


 どうやら旅を続けるには、調合以外にも覚えなければならないことがありそうだった。

 けれどフィリエンヌは、買ったばかりの本を開くと、そんなことはすぐに忘れてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。