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弱火の魔女は、今日も馬車で旅をする ~万能魔法使いと始める、二人と一匹の移動工房~  作者: 風流


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第22話 宿代わりのはず

朝、目を覚ますと、レオナールはいつものように調理台へ向かった。

 火を起こし、朝食を作りながら今日の予定を考える。

 宿の契約は今日で切れる。荷物を取りに行かなければならない。

 問題は、更新するかどうかだ。

 レオナールは鍋をかき混ぜながら、自分の寝台へ目をやった。

 あれは自分で作った。材料も寝具も自分で金を払った。ならば、使う権利は自分にあるはずだ。

 ここで眠れるのに、わざわざ宿代を払う必要があるのか。

 ない。

 次の町へ行くまで、ここを宿代わりにすればいい。

 朝食が出来上がる頃、フィリエンヌが起きてきた。


「おはようございます」

「おはよう。フィリエンヌ、俺は今日、宿へ行ってくる」

「あぁ、宿の更新をしに行かないといけませんね」

「いや。荷物を取ってくる」

「なぜですか? もうこの町を出るのですか?」

「いや。今日からここで寝る」

「?」


 フィリエンヌが首を傾げた。


「ここには俺が金を払った材料と寝具で作った寝台がある」

「ありますね」

「俺が使うことに問題はない」

「ないと思います」

「次の町へ行くまで、ここを宿代わりにする。寝る場所があるのに宿代まで払うのは無駄だ」

「そうですか」


 昨夜から考えたことを説明したというのに、たったそれだけだった。


「レオナールが作った寝台がありますから」

「……そうだな」

「次の町に移動するまでの宿ということでしょう?」

「……そうだ」

「では、朝食にしましょう」

「ああ」


 どうやらフィリエンヌにとっては、レオナールがここで寝ることより朝食の方が重要らしい。

 食事を終えると、フィリエンヌは乾燥させていた月香草(げっこうそう)を確認した。

 一日置いた花からは余分な水分が抜けている。精油を作るには今日が一番いい。

 ちょうどレオナールは宿へ行く。精製している間に香りの影響が出るかもしれない。レオナールのいない間に終わらせよう。


「レオナール」

「何だ?」

「お願いがあります」

「どんな?」

「小ぶりの密閉瓶を六本と、それより小さい密閉瓶を二本、買ってきてもらえますか?」

「何に使う?」

「月香草(げっこうそう)の精油を入れます」

「今日作るのか?」

「はい。それから黄色と赤と紫と金のリボンもお願いします」

「リボン?」

「瓶に結んで目印にします。結びやすいものを少し長めにお願いします」

「……分かった」

「それと、お昼もお願いします」

「まだあるのか?」

「すぐ食べられて、途中でも置いておけるものがいいです」

「俺は宿へ荷物を取りに行くんだぞ」

「ついでです」

「ついでが多くないか?」

「そうですか?」

「……もういい」


 レオナールは財布を持ち、馬車を出ていった。

 フィリエンヌは窓口を開ける前に、乾燥した月香草(げっこうそう)を調合台へ運んだ。


「走査(サーチ)」


 花の状態を一つずつ確認していく。

 普通。

 良質。

 高品質。

 そして、ごくわずかだが最高品質。

 採取したときにも状態のいい花を選んだつもりだったが、一日乾燥させたことで違いがはっきりしている。

 四つに分け終えると、まず普通の月香草(げっこうそう)から精製器具へ入れた。

 火は弱くする。

 精製には時間がかかるが、ずっとそばについている必要はない。火加減さえ時々確認すればいい。

 フィリエンヌは窓口を開けた。

 昨日ほどではないが、客は途切れずにやってきた。

 薬を渡す。代金を受け取る。印をつける。

 客が途切れると火を確認する。

 最初の精製が終わると、出来上がった精油を一時保管用の小さな容器へ移し、次は良質の花を器具へ入れた。

 その間にも客が来る。

 薬を渡す。代金を受け取る。印をつける。

 二度目が終わると、次は高品質。

 三度目が終わり、最後に最高品質の花を入れた。

 量は少ない。

 同じように弱い火で精製しながら、フィリエンヌは店番を続けた。


 ◇


 宿へ着くと、レオナールは主人へ声をかけた。


「今日で宿を出る」

「更新しないのか?」

「ああ」


 主人は少しからかうように、にやりと笑ってレオナールを見た。


「旦那、一泊もしなかったな」

「…………」

「でも返金はしないぞ」

「分かっている」

「一週間借りて、一泊もしない客は初めてだ」

「部屋は使った」

「何に?」

「荷物を置いた」

「高い荷物置き場だったな」

「…………」


 主人が笑った。


「次はちゃんと泊まれよ」

「次はない」

「気に入らなかったか?」

「いや。いい宿だった」

「ますます分からんな」


 レオナールは答えず、部屋へ荷物を取りに行った。

 荷物をまとめて戻り、主人へ鍵を返す。

 宿を出てから、フィリエンヌに頼まれたものを思い出した。

 小ぶりの密閉瓶を六本。それより小さいものを二本。

 黄色、赤、紫、そして金のリボン。

 それに昼食。


「……多いな」


 宿へ荷物を取りに来ただけだったはずなのだが。


 ◇


 四度目の精製を終えると、フィリエンヌは火を消した。

 最後に出来た精油は、やはり少ない。

 それぞれを一時保管用の容器へ分け、もう一度確認する。


「走査(サーチ)」


 最初のものは普通。

 二つ目は良質。

 三つ目は高品質。

 四つ目は――最高品質。

 フィリエンヌは小さく頷いた。

 きちんと分かれている。

 器具を片づけていると、馬車の扉が開いた。


「戻ったぞ」

「おかえりなさい」


 一瞬、レオナールの返事が遅れた。

 おかえりなさい、と言われるのは妙にくすぐったい。


「……ああ」


 レオナールは荷物を置き、買ってきたものを調合台へ運んだ。


「瓶はこれでいいか?」

「はい」

「リボンも言われた色だ」

「ありがとうございます」

「昼飯もある」


 レオナールは調合台に置かれた四つの容器を見る。


「もう出来たのか?」

「はい」

「俺が出てから、それほど経っていないだろう」

「火にかけておけば、ずっと見ている必要はありませんから」

「そういうものなのか」

「そういうものです」


 レオナールには精油の作り方など分からない。フィリエンヌがそう言うなら、そうなのだろう。

 買ってきた昼食を二人で食べ、シュネリュにも食べられるものを分けた。

 食事が終わると、フィリエンヌはさっそく買ってきてもらった密閉瓶を並べた。

 まず普通品質の精油から瓶へ移していく。

 こぼさないよう慎重に移していると、窓口から声がした。


「すみません。傷薬を一つください」


 フィリエンヌは手元を見たまま言った。


「レオナール、お願いします」

「俺が?」

「はい。今、手が離せません」

「……お前の店だぞ」

「お願いします」


 レオナールはしばらくフィリエンヌを見たが、窓口へ向かった。


「傷薬だったな」

「ああ。一つくれ」


 棚から傷薬を取り、客へ渡す。代金を受け取り、販売メモの傷薬の横へ印をつける。

 昨日、自分で決めた手順だ。問題なくできる。


「ありがとうございました」


 客を見送り、レオナールが戻ってくる。


「終わったぞ」

「ありがとうございます」


 フィリエンヌはそのまま作業を続けた。

 すべての精油を移し終える。

 普通品質は小ぶりの瓶に二本。黄色いリボンを必要な長さだけ切り、瓶の首へ結んだ。

 良質も二本になったが、二本目はいっぱいにはならなかった。こちらには赤いリボンを結ぶ。

 高品質は一本しか作れなかった。紫のリボンを結んだ。

 最高品質はさらに小さな瓶に一本だけだった。

 フィリエンヌは金のリボンを結んだ。

 残った密閉瓶とリボンは、また使えるよう調合台の下の棚へしまう。

 黄色と赤と紫のリボンを結んだ瓶も並べていく。

 金のリボンを結んだ小さな瓶だけは、少し離れた棚の端へ置いた。

 レオナールがそれを見た。


「それは?」

「最高品質です」

「金が?」

「はい。黄色が普通、赤が良質、紫が高品質、金が最高品質です」

「なるほど」


 レオナールは棚を見る。

 黄色が二本。

 赤も二本だが、一方は満たされていない。

 紫は一本、金はさらに小さな瓶が一本だけだ。


「一番少ないんだな」

「最高品質の月香草(げっこうそう)は少ししかありませんでしたから」

「なら、それが一番高く売れるのか?」

「そうですね」

「なぜ分けて置いた?」

「これは売りません」

「一番品質がいいんだろう?」

「はい」

「一番少ないのに?」

「はい」

「なぜだ?」

「試したいことがあります」

「何を?」


 フィリエンヌは少し考えた。


「確実に分かるまで、嘘は言えないので言いません」

「……そうか?」


 分かったような、分からないような返事をしたところで、また窓口から声がした。


「すみません。薬をください」

「レオナール、お願いします」

「また俺か?」

「お願いします」

「…………」


 レオナールは窓口へ向かった。

 その間にフィリエンヌは使った器具を片づける。

 次の客が来たときは器具を洗っていた。その次は出来上がった瓶を棚へ移していた。

 フィリエンヌの手が塞がっていれば、そのたびにレオナールが窓口へ立つ。

 最初こそ一つずつ手順を確かめていたが、何度か繰り返すうちに、薬を渡し、代金を受け取り、印をつけるところまで考えずにできるようになった。

 それでも、慣れていることと、やったことのない客商売を何度も任されることは別だった。

 夕方になり、最後の客が離れていく。

 レオナールは窓口を閉めた。

 今日だけで、何度ここへ立ったのか分からない。


「……俺は客商売などしたことはなかったんだが」

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