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弱火の魔女は、今日も馬車で旅をする ~万能魔法使いと始める、二人と一匹の移動工房~  作者: 風流


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17/27

第17話 仮眠するだけです

今回は内容盛りだくさんで少し長めになってしまいました。

今日は朝から忙しかった。


 傷薬がない。

 ほかにも在庫の少ない薬がいくつかある。

 そして、そのために作ったばかりの在庫帳を、今日から使わなければならない。


「傷薬、補充十五個」

「書きました」

「本当に書いたか?」

「書きましたよ」


 フィリエンヌが在庫帳を見せる。

 確かに傷薬の欄には、補充予定として十五個と書かれていた。


「これでいいですか?」

「ああ」

「では作ります」

「待て。材料は」

「あります」

「確認したのか」

「しました」

「全部か?」

「…………」


 フィリエンヌが材料棚へ向かった。

 乾燥させた薬草の束や薬壺を一つずつ確認する。


「薬草はあります」

「ほかは?」

「あります」

「全部か?」

「……油が少ないですね」

「どのくらい作れる」

「三個くらいです」

「十五個作るんじゃなかったのか」

「薬草はありますよ」

「そこを強調するな」


 レオナールは在庫帳を見る。

 完成した薬の数だけ把握すればいいと思っていたが、どうやらそれでは足りないらしい。

 薬草はフィリエンヌ自身がかなり細かく状態を把握している。しかし油や薬壺といった消耗品については、なくなれば買えばいいという扱いだった。


「油も買うぞ」

「はい」

「薬壺は?」

「あります」

「本当に?」

「昨日洗いました」

「数は」

「…………」

「数えろ」

「はい」


 昨夜、宿へ戻らずに作った在庫帳の運用確認は、始まって間もなく終わった。

 その代わり、管理するものが一つ増えた。


 初日の運用確認は重要だった。

 重要ではあった。

 だが、一晩ここにいる必要があったかと聞かれれば、レオナールは答えたくなかった。


「今日は店を休む」

「そうですね」

「薬を補充しないと明日も売れない」

「傷薬以外はありますよ」

「少ないものもあるだろう」

「では作ります」


 フィリエンヌは販売窓口へ休業を知らせる木札を出した。

 今日は一日、薬の補充に使うことになった。


 レオナールは居住区を見る。

 フィリエンヌの寝台。

 その隣にある、先日拡張した何もない空間。

 昨夜もそこで寝た。床は相変わらず硬かった。


「ここに寝台を作る」

「レオナールのですか?」

「ああ」

「宿にありますよ」

「…………」


 いきなり正論だった。


「ここで仮眠することもある」

「今まで床で寝ていましたよ」

「硬い」

「宿の寝台は柔らかいと言っていましたよね」

「毎回、仮眠のために宿まで戻るのは面倒だ」

「仮眠するんですか?」

「することもある」

「いつです?」

「必要になったときだ」

「そうですか」


 フィリエンヌは納得した。

 追及されなかったことに、レオナールは少しだけ安心した。


「材料を買いに行く。ついでに不足している油も買うぞ」

「分かりました」

「外套掛けも作る」

「それも必要なんですか?」

「外套を毎回椅子へ置くわけにもいかない」

「私のは掛けていますよ」

「一つしか掛からないだろう」

「そうですね」


 話は決まった。


 シュネリュも連れて、三人で町へ出る。

 最初に向かったのは木材を扱う店だった。


 レオナールは寝台に使う板と脚材を選び、外套掛けに使う細い木材も加えた。

 フィリエンヌは横で見ている。


「自分で作るんですね」

「その方が早い」

「家具職人ではないですよね?」

「違う」

「作ったことは?」

「ある」

「寝台を?」

「家具くらいならな」

「何でもできますね」

「何でもではない」


 材料をまとめてもらう。

 当然、大柄なレオナールでも一人で抱えて歩ける量ではない。


 レオナールが指先を動かした。

 束ねられた材木が、ふわりと浮く。


「便利ですね」

「こういうときにはな」

「私にもできます?」

「風魔法か、物を浮かせる魔法が使えるなら」

「火しか使えません」

「知っている」

「では無理ですね」

「ああ」


 材木の束がレオナールの後ろをついてくる。

 歩けば動き、止まれば止まる。


 フィリエンヌが振り返った。


「ついてきますね」

「浮かせているからな」

「少し面白いです」

「遊んでいるわけじゃない」


 次は寝具店だった。


 レオナールは寝台に合わせて敷物と掛け布団、それに枕を選ぶ。

 数日使うだけの仮眠用にしては、フィリエンヌにはずいぶんしっかりしたものに見えた。


「いいものを買うんですね」

「寝具は長く使えるものの方がいい」

「仮眠用なのに?」

「…………」

「レオナール?」

「安物を何度も買い替える方が無駄だ」

「なるほど」


 どうやら納得したらしい。


 レオナールは隣に積まれた寝具を見る。

 フィリエンヌが使っているのは、寝台と毛布だけだった。


「お前の分も買うか」

「いりません」

「即答するな」

「毛布があります」

「掛け布団くらいあった方がいい」

「今まで困っていません」

「冬はどうする」

「冬?」

「寒くなるだろう」

「毛布がありますよ」

「足りない」

「そうなんですか?」

「……お前、旅に出てから冬を越していないのか」

「はい」


 レオナールはフィリエンヌを見る。

 本人はまったく困っていない顔をしている。


「寒くなってからでは遅いぞ」

「必要になったら買います」

「今買えばいいだろう」

「まだ必要ありません」

「…………」

「お金は大切に使うんですよね?」

「そうだが、そういう意味ではない」


 昨日まで金額も把握していなかった人間に言われると、妙に腹立たしい。


「好きにしろ」

「はい」


 寝具を包んでもらっている間、フィリエンヌは店内の隅に置かれた小さなクッションを見つけた。


「シュネリュ」

「キュ」


 いくつか床へ置いてもらう。

 シュネリュは一つずつ匂いを嗅いだ。

 柔らかいものには前脚を乗せ、硬めのものは一度嗅いだだけで離れる。


「好みがあるのか?」

「ありますよ」

「分かるのか」

「いつも使っていた布も柔らかいものが好きでした」


 シュネリュがクリーム色の毛を揺らしながら、少し厚みのあるクッションへ乗った。

 一度回る。

 そのまま座った。


「それですか?」

「キュ」

「これにします」

「本人に選ばせるのか」

「シュネリュが使いますから」

「……まあ、そうだな」


 購入したクッションも包んでもらった。

 寝具は中身が分からないよう厚手の布でまとめられ、レオナールがそれも浮かせる。


 店を出る頃には、材木の束と大きな布包みが後ろをついてきていた。


「増えましたね」

「見れば分かる」

「馬車へ置いてきます?」

「いや。先に買い物を済ませる」

「これを連れて?」

「問題ない」

「目立っていますよ」

「…………」


 実際、目立っていた。

 材木と大きな布包みを従えて歩く男を、通行人が時折振り返っている。


 それでもレオナールは薬の材料を扱う店へ向かった。

 不足していた油を買う。


「これで傷薬が作れます」

「ああ。ほかに必要なものは?」

「ありません」


 フィリエンヌが答えた直後、隣の棚を見た。


「…………」

「何だ」

「何でもありません」

「何を見ている」

「薬草です」

「必要なのか?」

「今日の薬には使いません」

「在庫は?」

「あります」

「なら買わない」

「でも質がいいです」

「…………」


 レオナールは薬草を見る。

 何が違うのか、ぱっと見ただけでは分からない。


「どのくらい違う」

「かなり」

「必要になるのか?」

「いつかは」

「銀葉草(ぎんようそう)のときも聞いた気がするな」

「これは銀葉草(ぎんようそう)ではありません」

「種類の話はしていない」


 結局、フィリエンヌは少量だけ買った。

 自分の財布から代金を出し、何かを言われる前に帳面へ記入する。


「書きました」

「……そうか」

「成長しました」

「自分で言うな」


 最後に食材を買う。

 野菜、肉、卵、パン。それからいくつかの香草。

 レオナールが選ぶものを、フィリエンヌが横から眺めていた。


「何を作るんです?」

「まだ決めていない」

「食べられるものなら何でもいいです」

「知っている」

「では任せます」

「最初からそのつもりだ」


 買い物を終えて馬車へ戻る頃には、レオナールの後ろを材木と大きな包みが連なっていた。

 食材だけはフィリエンヌが持っている。


「レオナール」

「何だ」

「材木を連れて歩く人みたいでした」

「二度と言うな」


 馬車へ戻ると、作業を分担した。

 フィリエンヌは調合台へ。

 レオナールは居住区へ向かう。


 まず、フィリエンヌの寝台と拡張した空間の間に残っていた仕切りを外した。

 もともと一人で使うことを想定した仕切りで、今の配置ではかえって邪魔になる。

 フィリエンヌの寝台と新しく作る寝台の間に少し空間を残し、そこへシュネリュのクッションを置くことにした。


「ここでいいですか?」


 フィリエンヌが包みを開く。

 シュネリュは新しいクッションの周囲を歩き、匂いを嗅いだあと、その上へ乗った。


「キュ」

「気に入ったみたいです」

「店でも座っていただろう」

「ここでも使うか確認しました」

「そうか」


 シュネリュはもう丸くなり始めていた。


 フィリエンヌは調合台へ戻る。

 小さな火を灯し、鍋を温め始めた。

 レオナールは材木を測り、必要な長さに切っていく。


 しばらく、鍋を混ぜる音と木を削る音だけが馬車の中に続いた。


「そういえば、昨日の話だが」

「何です?」

「走査(サーチ)だ」

「ああ。どこまで話していいか決めるんですよね」

「その前に、お前が何を見ているのか確認する」

「普通に見ていますよ」

「その普通が信用できないから聞いている」


 フィリエンヌが鍋を混ぜながら首を傾げる。


「傷は?」

「見えます」

「それは普通だ。深さは」

「分かります」

「異物は?」

「見えます」

「骨」

「見えます」

「血管」

「見えます」

「筋は」

「見えます」

「炎症は?」

「分かります」

「……内臓は」

「見ようと思えば」


 レオナールの手が止まった。


「何です?」

「それを普通だと思っているのか」

「走査(サーチ)ですよね?」

「そういう問題じゃない」


 レオナール自身も走査(サーチ)は使える。

 状態の把握なら、一般的な魔法使いよりはるかに精度が高い自覚もあった。

 それでも、フィリエンヌの見ているものは違う。


「普通の走査(サーチ)は、対象へ魔力を流して反応を見る。傷がある、何か異物がある、魔力の流れがおかしい。その程度だ」

「骨は?」

「異常があるかどうかくらいなら分かる者もいる」

「血管は?」

「一本ずつ見分けたりはしない」

「レオナールは?」

「俺ならもう少し見える」

「私より?」

「…………」

「レオナール?」

「お前ほどではない」


 フィリエンヌが鍋を混ぜる手を止めた。


「そうなんですか?」

「ああ」

「レオナールでも?」

「そうだ」

「…………」


 今度はフィリエンヌが黙った。

 ようやく少しだけ、自分の走査(サーチ)が普通ではない可能性を考え始めたらしい。


「薬草も見ていますけど」

「何を」

「状態とか、内部の傷みとか、魔力の偏りとか」

「薬は?」

「同じです。馴染み方も見ます」

「…………」

「言わない方がいいですか?」

「言うな」

「全部?」

「人に聞かれたら、走査(サーチ)で状態を確認した、とだけ言え」

「骨まで見えるか聞かれたら?」

「詳しくは答えるな」

「見えるのに?」

「答えるな」

「……はい」


 少し不満そうだった。

 それでも、今度は理由も多少理解したらしい。


「珍しい能力を持っていると知られれば、それを利用しようとする人間も出てくる」

「店を始めた日も言ってましたね」

「ああ。だから隠せとは言わない。必要なら使え。ただし、自分からできることを全部説明するな」

「分かりました」

「本当に?」

「たぶん」

「そこは言い切れ」

「……分かりました」


 話が終わると、二人はそれぞれの作業へ戻った。


 傷薬。

 解熱薬。

 残りの少なかった軟膏。


 フィリエンヌは次々と補充していく。

 作り終えるたび在庫帳へ数を書く。二度ほど忘れかけたが、そのたびにレオナールが視線を向けるだけで思い出した。


 傷薬は十五個。

 昨日までの売れ方を考えれば、しばらくは持つはずだった。

 もちろん客の数は日によって変わる。何日分になるのかは、これから在庫帳をつけていけば分かる。


 レオナールの方も寝台を組み上げていった。

 魔法で材木を固定しながら接合し、歪みを確認する。魔法だけで作るのではなく、必要なところに手を使う。

 最後に外套掛けも壁際へ取り付けた。


「できたぞ」


 フィリエンヌがやってくる。


「寝台ですね」

「ああ」


 新しい寝台は、レオナールが横になっても余裕がある大きさだった。

 買ってきた寝具を置くと、最初からそこにあったように収まった。


 隣にはフィリエンヌの寝台。

 二つの間にはシュネリュのクッション。

 仕切りはもうない。


「広くなりましたね」

「仕切りを外したからな」

「シュネリュの場所もできました」

「キュ」


 呼ばれたシュネリュがクッションから顔を上げる。


「これなら床で寝なくて済みますね」

「ああ」

「仮眠するとき」

「…………そうだ」


 フィリエンヌは何も疑っていなかった。


 夕方には薬の補充も終わった。

 在庫帳には新しい数が並んでいる。


 レオナールは買ってきた食材を調理台へ出した。

 肉を焼き、野菜と一緒に煮込む。香草を少し加え、パンも温めた。


「いい匂いです」

「もう少し待て」

「はい」


 フィリエンヌは卓上で在庫帳を確認している。

 シュネリュは調理台の近くまで来て座った。


「お前も待て」

「キュ」

「シュネリュは何も言ってませんよ」

「顔で言っている」

「分かるんですか?」

「何となくだ」


 出来上がった料理を二人分に分ける。

 シュネリュの分は味をつける前に取り分けてあった。


 フィリエンヌは一口食べた。

 何も言わない。


「どうだ」

「食べられます」

「…………」

「何です?」

「いや」


 いつもの評価だった。

 だが、食べる速度はいつもより少し速い。


 しばらくして、フィリエンヌが空になった器を見た。


「まだあります?」

「ある」

「もう少しください」

「……ああ」


 レオナールは黙って二杯目をよそった。


 食事を終えると、フィリエンヌは食器を片づけ、桶に水を汲んだ。

 布を浸して固く絞る。


「何をしている」

「身体を拭きます」

「ここで?」

「いつもそうしていますよ」


 フィリエンヌは当然のように答えた。

 レオナールは居住区を見る。


「向こうを向いていてください」

「…………」

「レオナール?」

「ああ」


 レオナールは背を向けた。

 今日、寝台を作るために二つの空間を隔てていた仕切りを外したばかりだった。


「仕切りを外したばかりなんだが」

「そうですね」

「不便じゃないのか?」

「何がです?」

「着替えるときだ」

「向こうを向いてもらえば大丈夫です」

「…………」


 それでいいらしい。


 背後から水の音がする。

 布を濯ぎ、絞る音だった。


「いつも水なのか」

「はい」

「冷たくないのか?」

「今は平気です」

「今は?」

「寒い日は少し冷たいです」

「少しじゃないだろう」

「拭けば終わりますから」


 本人はまったく問題にしていなかった。


「湯を使えばいいだろう」

「沸かすのが面倒です」

「…………」

「水ならすぐです」

「そういう問題か?」

「そういう問題です」


 フィリエンヌにとっては、これも今まで続けてきた普通の生活なのだろう。


 しばらくして声がした。


「もういいですよ」


 振り返ると、フィリエンヌはすでに着替えを終えていた。

 桶の水を片づけている。


「レオナールも使います?」

「あとで使う」

「そうですか」


 フィリエンヌはそれ以上気にすることなく、調合道具の片づけを始めた。


 レオナールは桶を見る。

 今はまだ暖かい。

 だが、冬になれば話は違う。


 そのときになれば本人も考えるだろう。


 たぶん。


 食事の片づけも調合道具の整理も終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。

 レオナールは新しい寝台を確認する。


「レオナール」

「何だ」

「宿へ戻らないんですか?」

「…………」


 聞かれるとは思っていた。

 今日は戻ってもいい。

 在庫帳の確認も終わった。薬も補充した。寝台も外套掛けも完成した。

 宿へ戻らない理由は、もうない。


 レオナールは新しい寝台を見る。


「強度を確認する」

「強度?」

「ああ」

「さっき座っていましたよね」

「座るのと寝るのは違う」

「横になれば分かるのでは?」

「一晩使わないと分からない」

「そうなんですか?」

「そういうものだ」


 フィリエンヌが寝台を見る。

 それからレオナールを見る。


「壊れそうには見えません」

「見た目では分からない」

「レオナールが作ったのに?」

「作ったから確認するんだ」

「なるほど」


 納得した。


 レオナールは少しだけ罪悪感を覚えた。

 嘘ではない。

 家具は実際に使ってみなければ分からないこともある。

 一晩必要かどうかは別の話だった。


「では、おやすみなさい」

「ああ」


 フィリエンヌが自分の寝台へ入る。

 シュネリュも二つの寝台の間に置かれたクッションへ向かい、くるりと一度回って丸くなった。


 レオナールも新しい寝台へ横になる。


 床とは比べものにならない。

 身体を伸ばしても余裕がある。

 買った寝具も悪くなかった。


「…………」


 宿の寝台も同じくらい柔らかかった気がする。

 一週間分の宿代も払っている。


 隣を見る。

 仕切りがなくなったため、フィリエンヌの寝台がそのまま見えた。

 もう目を閉じている。


 二つの寝台の間では、シュネリュも丸くなっていた。


 仮眠用。

 そのために作った寝台である。


 少なくとも、そういうことになっている。


 レオナールは目を閉じた。


 強度を確認するには、一晩必要だった。

挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

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