第14話 値段はそれでいいんですか
翌朝。
フィリエンヌはリュセールの露店区画へ馬車を移動させた。
街道沿いの町だけあって、朝から人通りが多い。旅人や商人の姿も目立つ。
「ここで売るのか?」
「はい」
「使用許可は?」
「使用許可?」
「……知らないのか」
「何をです?」
レオナールはフィリエンヌを見た。
「露店区画を使うなら管理所へ申請する」
「そうなんですね」
「前の町ではどうした」
「何も言われませんでした」
「どこの町だ」
「名前を忘れました」
「……そうか」
結局、レオナールも管理所までついていった。
場所を借り、使用料を払う。
フィリエンヌが財布をしまおうとした。
「待て」
「はい?」
「帳面」
「今ですか?」
「今だ」
「あとでは駄目ですか?」
「忘れるだろう」
「……たぶん」
「書け」
フィリエンヌは帳面を取り出した。
昨日決めたばかりの支出欄へ使用料を書く。
「これでいいですか?」
「ああ」
「面倒ですね」
「まだ二回目だぞ」
馬車へ戻る。
フィリエンヌは販売窓口を開いた。
外側へ張り出した小さなカウンターの向こうに、通りが見える。
もともと薬を売るために作られた場所らしく、窓口の内側には薬瓶を並べるための浅い棚がある。
フィリエンヌはそこへ販売用の薬を並べた。
レオナールは少し離れて、その様子を見る。
「それで終わりか?」
「はい」
「値札は?」
「ありません」
「値段は?」
「聞かれたら答えます」
「……木札はないのか」
「ありますよ」
収納から小さな木札が何枚か出てきた。
「これに値段を書け」
「必要ですか?」
「客がいちいち聞かなくて済む」
「なるほど」
フィリエンヌは素直に木札へ値段を書いた。
開店して間もなく、最初の客が来た。
年配の女性だった。
「咳の薬はあるかい?」
「あります」
フィリエンヌが咳止めを一本出す。
「小銀貨二枚です」
「安いねえ。本当に効くのかい?」
「効きますよ」
フィリエンヌは女性を見る。
「咳はいつからです?」
「三日くらい前からだね」
「熱はあります?」
「ないよ」
「痰は?」
「ほとんど出ないねえ」
「では、朝と夜に一匙ずつ飲んでください。熱が出たり、咳がひどくなるようなら治療院へ行ってください」
「分かったよ」
女性は薬を買っていった。
フィリエンヌが代金を財布へ入れる。
「帳面」
「……今ですよね」
「分かってきたな」
「はい」
売上を記入する。
次の客。
傷薬。
その次は腹痛用の薬。
さらに解熱薬。
売れる。
かなり売れる。
そしてレオナールには、どう考えても安く見えた。
「フィリエンヌ」
「はい?」
「その傷薬はいくらだ」
「小銀貨三枚です」
「材料費は?」
「銀葉草と――」
「材料の名前ではなく金額だ」
「分かりません」
「……だろうな」
予想できるようになってしまった。
そこへ若い男が来た。
腕に布を巻いている。
「傷薬ある?」
「あります」
フィリエンヌは腕を見る。
「その傷、少し腫れていますね」
「昨日切ったんだ」
「見てもいいですか?」
「ああ」
布を外す。
浅い傷だが、周囲が赤くなっている。
フィリエンヌが手をかざした。
「走査――」
「待て」
レオナールが止めた。
「はい?」
「ここでは使うな」
「どうしてです?」
「傷を見るだけなら必要ない」
「中まで見た方が確実です」
「それが問題だ」
フィリエンヌは首を傾げた。
客も不思議そうに二人を見ている。
レオナールはフィリエンヌへ小声で言った。
「お前の走査は普通のものとは違う」
「でも走査です」
「名前の問題じゃない」
「?」
「とにかく、人前では必要以上に使うな」
「……分かりました」
納得したようには見えない。
それでもフィリエンヌは手を下ろした。
傷の状態を目で確かめ、洗う方法と薬の使い方を説明してから、男へ傷薬を渡す。
客が離れてから、フィリエンヌが聞いた。
「どうして使ってはいけないんです?」
「珍しい能力を持っていると知られると面倒が増える」
「面倒?」
「利用しようとする人間もいる」
「どうやって?」
「……そこから説明するのか」
レオナールは額を押さえた。
「とにかく、必要がないときは使うな」
「分かりました」
「本当に分かったか?」
「必要がないときは使いません」
「……ならいい」
昼を過ぎても客は途切れなかった。
「フィリエンヌ」
「はい?」
「昼飯は?」
「まだです」
「食べないのか?」
「お客さんがいます」
「交代しろ」
「誰と?」
「………俺だ」
言ってから気づいた。
なぜ自分が店番をすることになっている。
「お願いします」
フィリエンヌは何の疑問も抱かず窓口をレオナールへ譲った。
「待て。本当に行くのか?」
「食事してきます」
「……そうか」
行ってしまった。
シュネリュが窓口の横からレオナールを見る。
「キュ」
「何だ」
「キュ」
「俺も分からない」
結局、そのまま店番をした。
夕方には、用意していた薬の半分以上が売れていた。
「たくさん売れました」
フィリエンヌは満足そうだった。
「安すぎるからな」
「売れたならいいのでは?」
「よくない」
帳面を確認する。
売上と使用料、それに薬へ使われている材料を見比べる。
「明日から値段を変える」
「高くするんですか?」
「ああ」
「売れなくなりません?」
「適正な値段にするだけだ」
「今の方がたくさん売れます」
「ほとんど利益の出ない値段で売るな」
「利益?」
「……そこからか」
レオナールは天井を見た。
「お前、本当にどうやって今まで生活してきた」
「薬を作って売っていました」
「金は残ったのか?」
「なくなったら、また薬を売ります」
「……そうか」
駄目だ。
これは一日ではどうにもならない。
そう思ってから、レオナールは止まった。
一日でどうにかする必要などない。
そもそも、自分は明日ここを出る。
「フィリエンヌ」
「はい?」
「俺は明日、馬車を出る」
「そうなんですね」
「ああ」
フィリエンヌはそれだけ言うと、売れ残った薬を棚へ戻し始めた。
レオナールは少し待った。
何も続かない。
「……それだけか?」
「何がです?」
「いや」
別に引き止められたいわけではない。
世話になった礼はした。
金の管理方法も教えた。
商売についても最低限は伝えた。
十分だ。
「明日は一人で帳面をつけろ」
「忘れたら?」
「忘れるな」
「……努力します」
「努力ではなく書け」
昨日も同じことを言った気がする。
だが明日からは、自分の問題ではない。
そういうことだった。




