第13話 お金は数えてください
卓上に硬貨が並んでいた。
銀貨。
小銀貨。
銅貨。
そして、なぜかボタンが一つ。
「……これは何だ」
「何がです?」
レオナールがつまみ上げたものを見せる。
調合台で昨日採った銀葉草を束ねていたフィリエンヌは、それを見て「ああ」と頷いた。
「ボタンです」
「それは見れば分かる。なぜ財布に入っている」
「取れたので」
「服から?」
「はい」
「それをなぜ財布へ入れる」
「なくさないようにです」
「……そうか」
理屈だけなら間違っていない。
レオナールはボタンを卓上の端へ置いた。
もう一度財布を逆さにする。
小さな石が一つ落ちた。
「これは」
「きれいだったので拾いました」
「財布は物入れじゃない」
「お金も物ですよ」
「そういう話をしているんじゃない」
シュネリュが卓上へ前脚をかけた。
「キュ」
銀貨へ鼻を近づける。
「触るな」
「キュ」
「お前まで混ぜるな」
レオナールは硬貨を種類ごとに分けた。
一度数える。
念のため、もう一度数えた。
「フィリエンヌ」
「はい?」
「こっちへ来い」
「今、手が離せません」
「自分の金だぞ」
「お願いします」
「何をだ」
「数えるのを」
「お前が数えるんだ」
しばらくして、ようやくフィリエンヌがやってきた。
「いくらありました?」
「その前に聞く。お前は普段どうやって金を管理している」
「財布に入れています」
「保管方法じゃない。収支だ」
「しゅうし?」
「入ってくる金と、出ていく金だ」
「薬を売ったら増えて、買い物をしたら減ります」
「それは知っているのか」
「知っていますよ」
少しだけ不満そうだった。
「では、今いくら持っている」
「銀貨がたくさんあります」
「金額を聞いている」
「数えていません」
「……そうだったな」
先ほど財布を渡されたときにも似たような答えを聞いた。
「薬を売ったら、売上は記録しているのか?」
「していません」
「材料費は?」
「計算していません」
「食費は?」
「それも計算していません」
「では、何にいくら使ったかは?」
「必要なものを、必要になったら買っています」
「残金は?」
「財布を見れば分かります」
「見ても分からなかったから俺が数えている」
フィリエンヌは財布を見る。
「まだありますよ」
「そういう管理をするな」
レオナールは額を押さえた。
「今まで金が足りなくなったことは?」
「あります」
「あるのか」
「薬草を買おうとしたら足りませんでした」
「そのときは?」
「買いませんでした」
「それで終わりか?」
「はい」
潔い。
計画性がないともいう。
「薬はいくらで売っている」
「いろいろです」
「例えば」
「咳止めなら小銀貨二枚くらいです」
「どうやって決めた?」
「師匠の価格表に書いてありました」
「いつの価格表だ?」
「分かりません」
「相場は確認したのか?」
「相場?」
「……していないんだな」
「はい」
レオナールはしばらくフィリエンヌを見た。
「売る予定の薬を見せろ」
「どうしてです?」
「いいから」
フィリエンヌは販売用の箱を持ってきた。
中には薬瓶や小さな薬壺が整然と並んでいる。
咳止め。
傷薬。
解熱薬。
腹痛用の薬。
虫刺され用の軟膏。
金の管理とは違い、こちらはきっちりしている。
容器には一つずつ内容と使用量が記され、種類ごとに分けられていた。
レオナールは咳止めを一本取る。
「品質はどうやって確認している」
「作るときに見ています」
「何を」
「色と濁りと沈殿。それから魔力の馴染み方です」
「……魔力の馴染み方まで?」
「はい」
フィリエンヌが首を傾げた。
「見ませんか?」
「普通はそこまで見ない」
瓶へ薄く魔力を流す。
反応は安定していた。
少なくともレオナールが見た限り、かなり質がいい。
「これを小銀貨二枚で売るのか?」
「はい」
「安すぎないか」
「売れますよ」
「売れるだろうな。安いから」
「なら問題ありません」
「ある」
即答した。
「材料にも金がかかる。瓶にも金がかかる。食料も必要だ」
「はい」
「今後、この馬車に何か手を入れるなら、その金も必要になる」
「はい」
「だから、いくら入って、いくら出たか把握しろ」
「難しそうですね」
「足し算と引き算だ」
「調合の計算ならできます」
「ならできる」
「お金はあまり興味がありません」
「興味の問題じゃない」
できないのではない。
やっていないだけらしい。
調合に必要なら細かな分量まで覚え、薬草の状態も見分けられる。それなのに、自分の財布の中身となった途端、銀貨がたくさん、で済ませてしまう。
それはそれで厄介だった。
「帳面は?」
「師匠の備忘録ならあります」
「それには触るな。別のだ」
「ありますよ」
フィリエンヌが本棚から一冊取り出した。
ほとんど使われていない。
レオナールは最初のページを開く。
白紙だった。
「今日からこれに、売ったものと買ったものを書く」
「レオナールが?」
「お前が」
「忘れそうです」
「忘れるな」
「……努力します」
「努力ではなく書け」
シュネリュが帳面を覗き込んだ。
「お前も見張れ」
「キュ」
「シュネリュに頼んでも無理ですよ」
「お前より期待できそうだ」
フィリエンヌが少し不満そうな顔をした。
夕方。
窓の外に町の外壁が見えてきた。
「あれがリュセールか」
「たぶん」
「行き先を告げた本人が言うな」
フィリエンヌも窓を見る。
「着きましたね」
「昨日着く予定だったがな」
「星露草がありましたから」
「今日は銀葉草も採った」
「たくさん採れました」
「そうだな」
もう説明する気になれなかった。
町へ近づくにつれて、人の姿が増えていく。
荷馬車。
旅人。
商人。
冒険者らしき一団。
レオナールは無意識に腰の剣へ触れた。
意識を失う前の記憶は、まだ完全には整理できていない。だが、自分が毒を受けたことだけは確かだった。
偶然ではない。
人の多い場所へ入れば、警戒する必要がある。
「フィリエンヌ」
「はい?」
「町では、知らない人間に簡単についていくな」
「ついていきませんよ」
「本当か?」
「子供ではありません」
「……そうだったな」
その言葉をどこまで信用していいのか分からない。
「それから、金の入った財布を人前で無造作に出すな」
「どうやって払うんです?」
「必要な分だけ出せ」
「面倒ですね」
「やれ」
「……はい」
レオナールは息を吐いた。
なぜ自分がこんなことまで教えているのだろう。
町に着いた。
もう毒も抜けた。
フィリエンヌに世話になる理由はない。
今夜は遅い。
だが明日になれば、馬車を出ればいい。
レオナールはそう考えた。
馬車はゆっくりとリュセールの門をくぐった。
【アルヴェリア王国のお金について】
銅貨10枚=小銀貨1枚
小銀貨10枚=銀貨1枚
銀貨10枚=小金貨1枚
小金貨10枚=金貨1枚
地域や季節によって物価は多少変わります。
※作者用・読者用の目安です。フィリエンヌも基本的な貨幣の換算は理解していますが、自分の所持金や収支をきちんと管理する習慣はありません。




