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弱火の魔女は、今日も馬車で旅をする ~万能魔法使いと始める、二人と一匹の移動工房~  作者: 風流


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第12話 寝る場所を考えます

経過観察が終わった。

 つまり、レオナールはもう患者ではない。

 そして患者でなくなった以上、一つの問題を解決しなければならなかった。


「寝台ですね」


 フィリエンヌが言った。


「ああ」


 二人で寝台を見る。

 この馬車には一つしかない。

 昨夜までレオナールが使い、フィリエンヌは床で寝ていた。


「今夜から私が使います」

「当然だ」

「レオナールはどうします?」

「床でいい」

「硬いですよ」

「野営には慣れている」

「ここは馬車の中です」

「屋根があるだけましだ」

「そういうものですか?」

「そういうものだ」


 フィリエンヌは床を見る。

 レオナールも見る。

 大柄な男が横になれば、通路のかなりの部分を塞ぐ。


「……でも、邪魔ですね」

「…………」

「レオナールが」

「分かっている」


 シュネリュが床を歩き、レオナールが寝ることになりそうな場所を横切った。


「キュ」

「お前の通り道でもあるのか」

「キュ」


 どうやらそうらしい。


「町へ着いたら宿を取る」

「そうしますか?」

「ああ」

「でも、まだ着きませんよ」

「どのくらいだ」

「分かりません」

「……地図を出せ」


 地図を見る。

 現在地を確認する。

 昨日、星露草(ほしつゆそう)を採るために足を止めたせいで、リュセールまではまだ数時間かかりそうだった。


「今度こそ、今日中には着く」

「はい」

「途中で止まらなければな」

「馬車はちゃんと走りますよ」

「馬車の心配をしているんじゃない」


 フィリエンヌは首を傾げた。

 レオナールは説明するのを諦めた。


 そういう話になった。


 昼。

 馬車が止まった。


 レオナールは嫌な予感がした。


「……なぜ止まった」

「あ」


 フィリエンヌが窓の外を見る。


「銀葉草(ぎんようそう)があります」

「…………」

「採ってきます」

「待て」

「はい?」

「昨日も同じことをしなかったか?」

「昨日は星露草(ほしつゆそう)です」

「薬草の種類を聞いているんじゃない」

「採ってきます」

「待て」


 レオナールは立ち上がった。


「俺も行く」

「もう患者ではありませんからね」

「ああ」

「では行きましょう」


 あっさり許可された。


 街道から少し離れた草地に、銀葉草(ぎんようそう)が群生していた。

 フィリエンヌは嬉しそうにしゃがみ込む。


「これは質がいいです」

「分かるのか?」

「葉の裏を見れば分かります」


 レオナールも一本見る。

 普通の草にしか見えない。


「何が違う」

「銀色が濃いでしょう」

「……そうか?」

「全然違います」

「俺には同じに見える」

「こんなに違うのに」


 フィリエンヌは心底不思議そうだった。

 採取が始まる。

 一本。

 二本。

 十本。

 二十本。


「もう十分じゃないか?」

「まだあります」

「全部採る気か?」

「いいものなので」

「持ちきれないだろう」

「馬車があります」

「収納場所にも限界がある」

「整理すれば入ります」

「何をどこへ移す」

「考えます」

「今考えろ」

「採り終わってから」

「…………」


 レオナールは嫌な予感がした。


 一時間後。

 嫌な予感は当たった。

 馬車の中が銀葉草(ぎんようそう)だらけになった。

 調合台の横。

 棚の上。

 床。

 椅子。


「寝る場所がさらに減ったな」

「乾燥させれば小さくなります」

「今夜までには乾かない」

「そうですね」


 フィリエンヌは満足そうだった。


「なぜ全部採った」

「質がよかったので」

「売るのか?」

「使います」

「全部?」

「いつか」

「…………」


 レオナールは馬車の内部を見回した。

 狭い。

 もともと一人用に近い造りだ。

 調合台がかなりの場所を占め、棚も多い。寝台は一つ。小さな調理台。最低限の生活空間。

 そこへ今は大柄な男が一人増えている。

 さらに大量の薬草。

 どう考えても狭い。


「この馬車、空間拡張は?」

「ありますよ」


 レオナールが止まった。


「……あるのか?」

「たぶん」

「たぶん?」

「師匠が使っていました」

「お前は使えないのか」

「やり方を知りません」


 レオナールは天井を見る。

 古い術式の気配は以前から感じていた。

 自走機能だけではない。

 いくつもの術式が重ねられている。

 ただし、かなり古い。


「少し見てもいいか?」

「馬車をですか?」

「ああ」

「壊さないなら」

「壊さない」


 壁へ手を当てる。

 魔力を流す。

 術式を探る。


「……なるほど」


 思った以上だった。

 空間固定。

 外形保持。

 内部拡張。

 収納領域。

 ほかにもいくつかある。

 しかも、術式の奥が深い。

 普通の魔法馬車ではない。


「誰が作った?」

「知りません」

「オルテンシアは?」

「師匠も古い馬車だと言っていました」

「それだけか?」

「はい」


 レオナールは壁から手を離した。

 この馬車も調べる必要がありそうだった。


「広げられそうだ」

「本当ですか?」

「ああ。ただし、今の状態で大きく広げるのはやめた方がいい」

「どうしてです?」

「古い術式だ。状態を確認しながらやる必要がある。それに俺の魔力も完全に戻ったばかりだ」


 嘘ではない。

 だが、すべてでもない。

 術式そのものは理解できる。

 レオナールなら、もっと大きく広げることもできそうだった。

 ただ、そこまでする必要はない。

 自分は町へ着くまでここにいるだけだ。


「どのくらいなら広げられます?」

「寝る場所を一つ確保する程度だな」

「十分です」


 フィリエンヌは即答した。


「でも寝台はありません」

「それは町で材料を買う」

「魔法で作れないんですか?」

「空間を広げるのと、物を作るのは別だ」

「そうなんですね」

「無から家具は出てこない」

「便利ではないですね」

「十分便利だ」


 レオナールは壁際を指した。


「ここを少し広げる」

「はい」


 魔力を流す。

 術式へ干渉する。

 馬車の外見は変わらない。

 だが内部の壁が、ゆっくり遠ざかっていった。


「……おお」


 フィリエンヌが珍しく声を上げた。

 ほんの少し。

 人一人が横になれる程度の幅が増えている。


「広くなりました」

「ああ」

「もっとできます?」

「できるが、今はここまでだ」


 レオナールは答えた。

 フィリエンヌは疑わない。


「では、ここに寝台を置けますね」

「材料を買えばな」

「いくらくらいです?」

「木材と寝具で――」


 レオナールが概算を言う。

 フィリエンヌが固まった。


「そんなに?」

「普通だ」

「床では駄目ですか?」

「さっき硬いと言ったのはお前だろう」

「お金がかかるなら話は別です」

「…………」


 レオナールはフィリエンヌを見る。


「お前、今いくら持っている」

「ありますよ」

「いくらだ」

「銀貨がたくさんあります」

「金額を聞いている」

「数えていません」

「…………」


 嫌な予感がした。

 今日、何度目か分からない。


「財布を出せ」

「どうしてです?」

「数える」

「レオナールが?」

「ああ」

「お願いします」


 フィリエンヌはあっさり財布を渡した。

 重い。


「……これを数えずに持ち歩いていたのか」

「増えたり減ったりしますから」

「金とはそういうものだ」


 レオナールは卓上へ硬貨を並べ始めた。

 シュネリュが隣から覗き込む。

 フィリエンヌは途中で興味を失い、銀葉草(ぎんようそう)の整理へ戻っていった。


「おい」

「はい?」

「自分の金だぞ」

「お願いします」

「…………」


 レオナールは硬貨を見る。

 次にフィリエンヌを見る。

 そしてもう一度、硬貨を見る。


「……よく一人で旅を始めたな」


「何か言いました?」

「何でもない」


 馬車はほんの少しだけ広くなった。

 けれどレオナールには、別の意味で自分の仕事が増えたような気がしてならなかった。

挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

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