第22話見えざる“手”
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セレスの歌が、静かに空を満たしていた。
まるで祝福のように、まるで祈りのように。
「……不思議だな」
クロウが呟いたのは、誰に向けた言葉でもなかった。
「何が?」と、エリスが尋ねる。
「この街の人たち……昨日、セレスの歌に涙を流してたのに、今日はそのことを誰一人として口にしないんだ」
彼の目は冴えていた。気のせいではない、と確信している瞳だった。
「まるで――その記憶ごと、何かに消されたみたいに」
セレス自身も、薄々気づいていた。
彼女の周囲で、小さな“不在”が増えている。昨日まで話しかけてくれた人が、突然“知らない”と言ってくる。
手紙を書こうとすると、文字がかすれて読めなくなる。
歌詞を書いた紙が、朝になると真っ白になっている。
「私、どうして……こんなに“消えていく”の……?」
誰かに問いかけたかった。けれど、その“誰か”すら思い出せなくなるような恐怖が、彼女の背に重くのしかかる。
そしてその夜――セレスの夢に、“それ”は現れた。
白く、音もなく、ただそこに“在るだけ”の存在。
声はなかった。だが確かに伝わった。
――存在が過ぎれば、世界が壊れる。
ゆえに、おまえを“調整”する。
セレスは、声にならない叫びを上げた。
目覚めた彼女の手には、血のように赤い光の残滓が残っていた。
“それ”は夢ではない。現実だった。
だが、彼女は震えながらも言葉にする。
「私は、消えない……。私には……歌があるから」
その朝、セレスは誰にも言わず、ひとりで街を出ようとした。
自分がいるだけで、誰かが記憶を奪われ、存在を喰われるなら。
だが――
「バカかお前は」
主人公の声が、背中に突き刺さった。
「勝手に全部背負って、勝手にいなくなるなんて。お前が一人で泣いてんの、俺たちは見てたんだよ」
「……でも、私がいると……みんな……っ」
「だったら、なおさら一緒に戦う。
この世界が、お前を許さないって言うなら――俺たちが、“世界”を説得してやる」
そして、セレスの手を、主人公が取った。
「一緒に、あいつらに会いに行こう。消そうとするやつらに、“俺たちはここにいる”って言ってやろうぜ」
セレスの目から、涙がこぼれた。
それは、初めて“誰かと一緒に未来を選ぶ”と決めた少女の涙だった。
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次回、第23話
「見えざる理、その名を識れ」




