森の中2
イリスは静かにマコトの横に座ると膝を抱えた。
横に座ったイリスからは嗅いだことのない甘い香りがしてマコトはドキドキしたが出来る限りの平常心を装った。
そのお陰かイリスには気がつかれていないようだった。
「私ね生まれた時から運がないの。」
「運がない?」
唐突に語られた一言にマコトは驚いた。
自分と一緒だと。
「それはどういう…………」
「文字通り。運がないの。運を使った物事は必ず負けるそういうことになってるの。」
やはり自分と同じだとマコトは改めて思った。
がしかし今は違う。
それは異世界に来る前の話だ。
今はその逆なんだと。
ここで同意してもそれはイリスを傷付け兼ねない。
「そんなの偶々じゃないの?」
マコトの精一杯の一言だった。
本当は知っている。
この世の中には他人には分かち合えない不条理があることを。
「…………だと良いんだけどね。」
それは諦めにも似た笑顔だった。
いつも見るイリスの弾けるような笑顔ではなかった。
「私の場合はね、呪いなのよ。呪い。」
「呪い…………」
マコトは何故かその一言に納得してしまった。
自分も常々思ってきた。
悪すぎる運はもはや呪いに等しいと。
しかしここでイリスの言う呪いはたぶん自分の解釈してきた呪いとは違うのだろうというのも同時に理解出来た。
「そう。突然降りかかった……ね……」
マコトはイリスの顔を直視出来なくなっていて思わず視線を下に落とした。
しかし、知りたいと言った以上向き合わないといけないだから聞くことにした。
「…………何があったの?」
「……私の家はね、それなりの名家なの。いや、そうだったが正しいかな。結構凄いんだよ。国を一つ纏めてたんだから。」
「え?国ってまさか?」
まさかとは思ったが聞かずにはいられなかった。
「そう。…………ヴェスタ公国。私はヴェスタ公国の家の生まれなの。」
「じゃあ、お姫様?」
「だったのかな?もう昔の話よ。今は只の女騎士……賞金稼ぎよ。」
異世界に来て一番の驚きだった。
さっきまで普通に喋り、行動を共にした人がまさか一国のお姫様とは…………
「私が生まれるずっと前の話よ。ある日突然城に封書が届いたの。何の変哲もない普通の封書。王様に宛てたね。そこにはこう書いてあったそうよ。『不運なれり呪いは移した』ってね。最初はただのイタズラだと思ったらしいわ。」
普通は誰だってそう思うはずだ。
「しかしある時から急に展開が変わったの。何をやっても悪い方に向かうようになってきた。特に運が関与してくる先の見通しにくい国政なんかはね。最初は交渉とかで上手くやれてたんだけどもそのうち天変地異も起きて農作物にも被害が出て飢饉にもなったのよ。」
もはやスケールが大き過ぎてマコトのイメージは全くついていけなかった。が要は国王家の不運が国全体に広がっていってしまったのだろうその結果だろう。
「それでも先代達は不運に立ち向かったのよ。知恵を絞り力を合わせてね。それで代々ヴェスタ公国をまもったの。でも…………」
「限界が来た…………」
マコトには分かってしまった。そう同類だから。
「そう、私の父の代の時の話よ。家臣の何者かが事件を起こしたの。」
「…………一体何を?」
「父を…………先代の王を暗殺したの。毒殺だったわ。」
「毒殺…………」
まさか不運がここまで来るとは……マコトの想像を越えていた。
経験はあった。
誰かと一緒に行動をしたりしていくと相手も一緒に不運になってしまう。
マコトもそれには気が付いていた。
だからいつからだろう。
他人との接触は最低限にしてきた。
誰もマコトから不運が伝達したとは思わないがマコトには分かった。
それが苦痛でしかなかったのだ。
「それで内乱が起きて治めるために大臣が国王に就いたわ。でも、内政は不安定で元国王の一族である私達にも危険が迫ったの。それで私は危険の及ばないところに逃れることになったの。クワトロ領の小さな田舎町よ。でも、私には心残りが、あった。
亡くなる間際、父は最後に言ったこと。『呪いを終わらせてくれ』って。」
「呪いを終わらせる…………そんな事が可能なの?」
それで今までのことがチャラにならないとしても今後が変わるならと思うがそんな事が出来るのだろうか?
「分からない…………ずっと前の事だし……でも出来ないと決まった訳じゃない。」
「…………確かにそうだけど。」
マコトには雲を掴む話かネッシーを見つけるような夢物語にしか聞こえなかった。
しかし、イリスは本気だった。
「でも、私は話を聞いて思ったの。ヴェスタ家に呪いをかけた奴に会えば呪いを止めることが出来るんじゃないかって。」
「呪いをかけた奴に会うって何百年も前の話じゃないか。」
「ええ、でもこれだけの強力な呪い。仕掛けた方も余程の力の持ち主よ。そして大き過ぎる呪いは本人も呪う。まだ生きてる可能性はあるわ。だから私は考えたの。」
「何を?」
「運を使わずに生きる方法。」
「まさか?そんな方法が…………」
「実際は無かったわ。」
そりゃそうだとマコトは思った。
世の中外に出れば運が絡む要素ばかりだ。
その日の天気から人との出会いまで人生で運が絡む要素はあまりにも多い。
「でも…………運をなるべく使わない方法を見つけた。」
「…………どんな方法?」
「兎に角、知識をつけるの。」
「知識?」
「そう。ここから右に行くとどこに着くのか左に行くとどこに着くのかって事からお金の事それから汚い事まで全部何でも。知識があると運に頼らなくて出来ることが増えたわ。」
だからイリスは兎に角物事を詳しいのか。
しかし会得するまでには途方もない苦労があっただろう。
「毎日勉強だったわ。何より驚いたのはヴェスタ家で習ったことはほとんど役に立たなかった事ね。テーブルマナーもダンスステップも旅に出たら使う要素が全く無いの。」
ここで初めてイリスが少し笑った。
恐らく旅の中での食事の様子などが余程の驚きだったのだろう。
確かに下級、中級の宿屋で上品なテーブルマナーを使うとは思えない。
そんな所でしっかりテーブルマナーをしていたらどう見ても浮いてしまうだろう。
「でも……ただ一つだけ役に立った事があったわ。」
「それは?」
「この剣よ。」
そう言うとイリスは腰の剣を抜いた。
「城で学んだ剣技これだけは嘘をつかなかった。」
「姫なのに剣を?」
「そう。それだけは本当に厳しかった。毎日傷だらけ。…………でもお陰で今の私がある。」
剣をまじまじと見ながらイリスが言う。
確かにあれだけの剣技だ。
相当鍛練したはずだ。
「だから…………だから君が羨ましかった。フォルトゥナの力を持つ君が。」
不意にイリスが目を落として言った。
「イリス…………」
「何でフォルトゥナの力は私じゃないんだろって。その力があればみんなひどい目に合わずに済んだのにって。」
「それであの時…………」
「うん。…………最低だよね。ごめん。」
「…………気にしてない。」
「良かった。」
だって、それは俺も同じだからとは言えなかった。
元々は同じくらい不運な人間だったからと。
「じゃあ、その呪いの手掛かりを探すためにシャーマンの情報を探してたんだね。」
「そ。でも外ればっか。やっぱり運が無いからかなあ。」
笑いながら言うイリスを見てマコトの中で思いは纏まっていた。
俺にしか出来ない事があるじゃないかと。
『無適正』なりの使い方を。
「イリス…………俺……」
「伏せて!」
言いかけた瞬間イリスがマコトに覆い被さってきた。
それと同時に多くの馬の足音が遠くでした。
「帰ってきたね。」
相当な数の足音だった。
恐らくはみんなかえってきたのだろう。
「ぺっぺっ。そうだ。イリス!あれはシャーマンじゃなくて…………」
「どっかの雇われ師団でしょ?」
「知ってたの?」
「気付いたのは森の中でだけどね。」
イリスが姿勢を低くして岩に登りそこから様子を見た。
マコトも真似をしてイリスの隣へつけた。
「あれだけのトラップあったら普通はね。だから手始めにトラップを壊してたの。誰かさんはトラップに気が付いてなかったみたいだけど。」
「…………すみません。でも、敵が少ない内の方が子供たちを助けやすいと思ったんだ。」
「それは間違いじゃないわ。でも子供を取り戻されたとあいつらが分かったらどうなる?」
「怒って村へ来る。」
「そ。そしたら村全滅。終了。」
「じゃあ、どうするんだよ。」
「だから全員を追っ払わないとダメなの。あの辺はヤバいってね。」
「それってどうやるの?二人しかいないのに。」
しかも武力的には一人の力しかなかった。
「最初は私一人だっけどね。まあ、君にも手伝ってもらうよ。フォルトゥナ様。」
イリスがマコトの肩をポンポンと叩いた。
「お、おう任せておけ。」
「うん。期待してるよ。じゃあ作戦準備始めようか。」
二人は準備を始めた。
二人だけで子供を助け敵を撃退する準備を。
仕事も始まり毎日は厳しいかもですが極力更新していきます。