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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
七章

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20.ジャレッド・マーフィーとトレス・ブラウエル 3.




 助言を噛みしめ頷くジャレッドに、トレスは一度咳払いをしてから問う。


「ところで、エルネスタのことなんだけど」

「彼女の件は申し訳ありませんでした。まさか、倒れてしまうことになるなんて……原因もはっきりしていないため、俺も心配しています。ただ、外傷は見当たらないと医者に見てもらっていますから――」

「待ってほしい、ジャレッド。僕は君に謝ってほしいわけでも、責めようとしわたけでもないんだ」


 謝罪をはじめたジャレッドに慌てたのはトレスのほうだった。

 彼の耳にもエルネスタの一件は届いているが、責任がジャレッドにないことはよく理解していた。


「バルナバスの一件以来、彼女は心ない言葉を浴びせられ、不快な態度をとられていたからね、心労が祟ったのかもしれない」


 兄の死と汚名と家族であることへの迫害を受けていた彼女は、心が疲れたまま日々を送り、ジャレッドの秘書官となった。そこへリュディガー公爵領での食人鬼の一件と、肉体面でも疲労は蓄積されていったはずだ。

 トレスは、心身ともに疲れてしまったゆえのことだと思っていた。同時に、リリー・リュディガーという偏見を持たず接してくれる友人ができたことで、張りつめた糸が切れたのかもしれないとも考えていたのだ。


「かもしれませんね。もっと彼女と接する時間があればよかったんですが、事が事でしたので。倒れたことをお聞きしたいのではないのなら、彼女がどうしました?」

「その、だね、先日、エルネスタが僕に手紙をくれたんだ」


 嬉しそうに表情を緩めたトレスに、安堵の息を吐いた。

 エルネスタが兄の一件で距離を置いてしまったトレスと歩み寄ろうとしていたのを知っていただけに、彼の様子を一目見ればうまくいったのだとわかる。


「よかったです。エルネスタは前に進むと決意していました。俺のことをもう恨まないとも。だからトレスさまとの関係も修復できればいいと願っていました」


 ブラウエル伯爵がバルナバスにしたことは許されない。だからといって、なにも知らなかった息子のトレスまでが罪を背負うことはないはずだ。彼はバルナバスから復讐として死の瀬戸際まで追い込まれてもいる。仮に、罪があったとしても十分に償っただろう。

 彼もまたジャレッド同様に、自分を責め続けているのだ。もう許されてもいいと思わずにはいられない。


「彼女は僕を許してくれるそうだ。そして、謝罪と感謝の言葉をもらってしまったよ」


 謝罪とは頭では悪くないとわかっていながら恨まずにはいられなかったこと。感謝とはエルネスタを含め彼女を悪意から守ってくれていたことだ。


「僕はただ、罪悪感を抱えていられず、罪滅ぼしをしようとしただけなのに――ありがとう、と言われてしまった」


 泣きだしそうな顔をしたトレスは、きっと嬉しくもあり、同じくらい言葉にはできない感情をもて余しているのだろう。


「許されていいものかと迷うよ。僕はあの男の息子なのだから」


 父親のせいで友を失った事実は消えることはない。彼もまた、自分で自分のことを許せるまで苦しむのかもしれない。エルネスタが許してくれたことと、あとは時間がトレスを癒してくれることを切に願う。


「ご自分を責めないでください。エルネスタのためにも、乗り越えてください」

「乗り越える、か。あの子が兄に起きたことを乗り越えようと頑張っているのはジャレッドのおかげだ。君が逃げることなく向きあってくれたからだ――ありがとう」

「いいえ、俺のほうこそ彼女と向きあう理由をくれたトレスさまに感謝しています」

「君は強いんだね」


 眩しそうに目を細めるトレスに、首を振る。


「俺は強くなんてありません。エルネスタと出会い、バルナバスを殺してしまったことを後悔しています。もっと他に手がなかったのか、もっと俺が強ければ殺さずに済んだんじゃないのか、と」

「そんなことはないよ。君は最善を尽くしてくれた。気に病むなとは言わないが、本来君が苦しむことじゃない。罰せられるべきなのは僕だ」

「――おそらく、この話を続けても堂々巡りになるのでやめましょう。ただひとつだけ、生意気だと思いますが助言をしても?」


 ジャレッドもトレスも、まだ時間が必要だった。エルネスタが許そうと、一度抱いた罪の意識は消えない。


「ぜひ、聞かせてほしい」


 縋る瞳を向けるトレスに、ジャレッドは口を開く。


「友達に言われました。罪の意識もすべて抱えて生きていけ、それが俺の生きた証なのだから、と。だから、苦しくても辛くてもこの感情を抱えて前に進むことにしましょう。エルネスタのように」


 目元を手で覆いうつむいてしまったトレスは、しばらくそのまま動かなかった。しかし、時間をかけて顔を上げた彼の瞳には、強い感情が宿っているのを見つけた。

 決意――と呼ぶべきか、それとももっと違う彼なりの答えが見つかったのかもしれない。


「やはり君は強いね、ジャレッド。願わくは、僕も君のように勇気をもって生きていきたい」


 そう言葉にしたトレスの顔はどこか晴れているようだった。




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