19.ジャレッド・マーフィーとトレス・ブラウエル 2.
「今後しばらく後手に回る可能性が大きいですね」
「相手がいつ行動を起こすのかわからない以上、残念だがしかたがない。僕にできることは少しでも情報を集めることだけだね」
「その情報をどう集めるかが問題なんでしょうけど……俺でよければ協力します」
「感謝するよ。今もアデリナの力を借りているけど状況は芳しくないんだ」
困ってしまうね、と呟くトレスと責任は大きいのかもしれない。
「できれば君の意見を聞かせてほしいんだけど、情報を解禁することをどう思うかい?」
「正統魔術師軍に関してですか?」
「残念だが、まだ情報が整理できていないので、あくまでもテロに加担する人間がいることを呼びかけたいんだ」
ジャレッドは悩む。
情報公開はするべきだと思う。実際、現状で危険を隠されている人たちのことを思うとすべきだ。同時に、敵に情報が伝わるリスクももちろんあることも考えなければならない。
だが、それ以上に恐ろしいのは――、
「情報公開には賛成です。でも、最悪の場合、疑心暗鬼を生じて面倒なことになる可能性があると思います。魔女狩りはごめんです」
誰が敵で、誰が味方かわからない以上、冷静な判断をできなくなる人間が当然出てくるということだ。
過去にも似たようなことがあったのは歴史を紐解けばわかる。
力を持った魔術師が権力者に恐れられ、ありもしない罪によって裁かれたこともある。魔力を持たない人々が、魔力を持つ人間を異形として迫害した時代もあるのだ。
「僕も魔女狩りを望んでいるわけではない。魔術師協会も王宮も、混乱を招くことを恐れて現状を維持したがっているが――なにかあってからでは遅いんだ」
「はい。全員には難しくても、騎士団と魔術師団の双方の幹部あたりには話をしておいたほうがいいのかもしれませんね。正直、魔術師団はリスクがありそうですが」
「そうだね。だが、いつまでも情報をせき止めておくのも考えようだからね。後日、リュディガー公爵から宮廷に報告をされることになっている」
「公爵が直接ですか?」
「正統魔術師軍を目撃した数少ない当事者だからね」
君もだよ、とトレスが言う。
確かに直接正統魔術師軍と相対したのはジャレッドとフーゴのみ。倒された魔術師は、二人の証言をもとに正統魔術師軍と判断されている。つまり、魔術師協会も王宮も現状では正統魔術師軍の存在をはっきりと認知できていないことになる。
とはいえ、宮廷魔術師になることが決まっているジャレッドと、リュディガー公爵家当主フーゴ・リュディガーの言葉を疑うことはないだろう。
「フーゴ・リュディガーさまから直接証言を得た上で、今後どうするべきかを話しあうことになるんだろうね」
ちらり、とトレスがジャレッドを伺うと、やや躊躇いがちに口を開く。
「もしかすると君もその会議に招かれる可能性があるよ」
「はい?」
「さっきも言ったけど、君も当事者だからね」
「……困ったな。この間まで、ただの学生だったのに」
「僕の記憶が正しければ、ただの学生じゃなかったような気がするけど……まあ、でも、いきなり王宮に呼ばれることはないと思うよ。魔術師協会幹部、他宮廷魔術師を含め事情聴取をして終わる可能性もある。ただ――」
なぜか歯切れが悪く言葉に詰まったトレスに疑問符を浮かべる。
彼は言い辛そうだが、おもむろに閉じた口を再び開いた。
「一部の貴族たちが君を呼びたがっているという噂があるんだ」
「どうしてですか?」
いつ貴族の興味を引くようなことをしただろうかと不思議だった。
「君の功績は輝かしい。すでに公爵領を守り、テロリストと戦った。アルウェイ公爵の娘オリヴィエさまと婚約しただけでも話題に欠かないというのに、ハンネローネさまを狙う人間を暴いた。噂好きの貴族が興味を覚えるのはしかたがないことだと思うよ」
正式に宮廷魔術師になっていないとはいえ、すでに十分すぎるほどの働きをしているジャレッドに自然と関心は沸く。
久方ぶりの宮廷魔術師の登場に、後ろ盾になろうとしていた者から協力関係を築こうとしていた者まで思惑は多々あっただろう。
しかし、すでにジャレッド・マーフィーという新しい宮廷魔術師はアルウェイ公爵家の人間として周囲に認知されている。最近ではリュディガー公爵家ともつながりがあり、秘書官にはフーゴの娘のリリー・リュディガーがいるのだ。
乗り遅れた他家が、近づくきっかけを捜していることもあり、興味は後を絶たない。
「本当ならここまで大ごとになることはなかったんだけどね。人手不足のせいで、前倒しに君に動いてもらわざるを得なかった。リュディガー公爵領の一件は、僕やアデリナも志願したんだが、抱えている案件もあって駄目だったんだ。すまない」
「別にトレスさまが悪いわけではないので、いえ、誰も悪くはないので謝らないでください」
住んでいる国を守るために尽力するのは当たり前だった。秘書官にリリーがいることもあり、どちらにしてもリュディガー公爵領に向かっていた可能性だってある。
「ありがとう。代わり……というには少しおかしいかもしれないが、予定よりも早く君の宮廷魔術師就任が決まると聞いたよ」
「喜ぶべきなのかもしれませんが、正直不安ばかりです。まだ秘書官が決まっただけなのに、宮廷魔術師になることが早まったと聞いてもしっくりこなくて……」
「無理もないだろうね。幸い、明日、明後日に宮廷魔術師になるわけではないから、準備をしっかりしておくといいよ。そろそろ魔術師協会から戦闘衣の新調の話もあるだろうしね。先輩からのアドバイスをするなら――」
一度、言葉を止めて思案すると、
「忙しくなる前に、婚約者のオリヴィエさまと従姉妹のイェニー殿としっかり時間を過ごしておくといいよ」




