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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
七章

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18.ジャレッド・マーフィーとトレス・ブラウエル 1.




 ルザーと別れたジャレッドは、すっきりした顔をしていた。

 オリヴィエにも弱音を吐くことができるようになったが、どうしても心内を明かすことは得意ではない。気づけば自分の中で解決しようと閉じこもり、なんとか答えを出そうと必死になる癖がある。結果、苦しもうとも成長しないで、同じことを繰り返す。

 それがジャレッド・マーフィーの悪癖だった。


 しかし、少しずつ変化があった。オリヴィエと出会い、三ヶ月が経ち――自分と同じように自らの殻に閉じこもり誰にも頼らず強くあろうとし続けた不器用な婚約者が変わったことで、ジャレッドもまた影響を受けたのだ。

 今では自分のことを支えてくれる人がいるのだとわかる。かけがえのない家族、友人たちがいる。


「――よしっ!」


 甘いと言われようが、弱くなったと心配されようが、多くの人たちのおかげで今の自分があるのだから変わらなくていいのだと思えた。

 オリヴィエと約束を交わしたように――二度と負けない。勝って彼女のもとへ帰ってくる。そう決めた以上、敗北はもうしない。


 霧が晴れた気分だ。不安や疑問はあるけれど、一歩一歩が軽い。

 生まれ変わったとは言えずとも、気持ちを切り替えることができたことで楽になったのだった。

 歩いてきた道を振り返れば、王都の街並みが見える。あまり足を運ぶことはない王立学園、友人たちと放課後に寄る商店街、さらに向こうには王宮もある。


 この王都に暮らす全員を守ろうなどとは思わない。ジャレッドは聖人君子ではないし、すべてを守れるほど強くもない。だけど、手を伸ばして届く範囲にいる大切な人たちだけはなんとしても守りたいと願い、新たに歩きだしたのだった。



 ※



「久しぶりだね、ジャレッド」


 魔術師協会の一室を借り、ジャレッドは宮廷魔術師のトレス・ブラウエルと久しぶりに顔を合せていた。

 最後にこうして会ったのは、リュディガー公爵領に向かう前であるので一週間以上となる。

 見舞いの手紙はもらっているし、色々と気づかってもらっていたことは知っているので礼を述べると気にしていないと言われてしまった。

 挨拶を交わし、テーブルを挟んでソファーに腰を降ろす。


「リュディガー公爵領では大変だったと聞いたよ。君からも手紙をもらっていたけど、どうしても詳細を君から直接聞きたかったんだ。手間をかけさせてしまってすまないね」

「俺も直接トレスさまにお伝えしたかったので問題ありません。なによりも、正統魔術師軍について情報が欲しかったのは同じですので」


 今後、正統魔術師軍と戦うのであれば情報は必須だ。相対したのになにも知りませんでしたでは話にならない。


「さっそくだけど、君とリュディガー公爵を襲った人間のことを聞いても構わないかな?」

「もちろんです――」


 ジャレッドはトレスに語る。

 リュディガー公爵領にて、起きた一件を。食人鬼をなにかしらの方法で操り、公爵領を襲い多くの人々を恐怖に陥れ、命を奪った正統魔術師軍。奴らは戦いの最中に現れ、ジャレッドとフーゴ・リュディガーを襲った。


 明らかに命を奪おうとした襲撃者たちと戦うも、連戦のせいで正統魔術師軍の兵を指揮している男に敗北してしまった。一命こそ秘書官のリリー・リュディガーとエルネスタ・カイフによって取り留めるも、数日の安静が必要だった。

 エルネスタが身元を確認すると、ジャレッドが倒した正統魔術師軍の人間は王立魔術師団に属する魔術師であることが判明した。


「……ありがとう。国に仕える人間が宮廷魔術師と公爵を殺そうとするとは国家に対する反逆でしかない。正直、頭が痛いよ」


 苦笑しようとしてできず、引き攣った笑みを浮かべたトレスにジャレッドは同意する。

 正統魔術師軍はもともと魔術師至上主義たちの集まりの中でも、強硬派と呼ばれる面々の一部を指す。大なり小なり魔術師至上主義を掲げる魔術師はおり、中には魔力を持たずとも魔術師を至上と崇める人間もいる。


 個人の思想は自由であり、良し悪しもないのだが、正統魔術師軍のように公爵を殺そうとするばかりか、果てには自らの国を作ろうとなると話は別だ。

 正統魔術師軍はこのウェザード王国の人間で形成されているらしい。つまり反逆者でありテロリストなのだ。


「水面下で動いていた過激派たちがなぜ今になってという疑問はあるけど、本格的に動きだしたようだね」

「俺たちの読みも外れましたね。接触があると思いきや、まさかいきなり命を狙われるとは思いませんでした」


 実際は予想していたのだが、明らかに行動が早い。まるですぐ近くに正統魔術師軍の人間がいるように思えてならない。いや、実際にいるのだろう。現に王立魔術師団の人間が加担しているのだ。

 それでもジャレッドの情報を手に入れることができた以上、王立魔術師団か魔術師協会の中でも幹部クラスではないかと考えられる。


「先日も話したと思うけど、僕は魔術師至上主義者たちを追っていた。とくに強硬派と呼ばれる危険思想を持つ者たちを。しかし、不甲斐ないことだが誰が強硬派を動かしているのかまったく掴めない」

「今まで行動を起こしていないから、ですか?」

「その通りだよ。唯一掴めたといえば、魔力を持ちながら魔術師になれない人間や、ただ優遇されることばかりを求める魔術師ばかりさ」

「ということは正統魔術師軍に関してはなにも?」


 苦い顔をしてトレスは頷く。


「すまない。強硬派の中に、水面下でなにかをしようとしている集まりがあることと、王立魔術師団員の中にも強硬派が潜んでいることは知っていたよ。まさか君のほうが僕よりも早く掴むとは……迷惑をかけたくなかったが結局巻き込んでしまったようだね」

「いえ、命を狙われた以上他人ごとではありません。なによりも公爵家を明確に狙った以上、見過ごすことなどできそうもありません」

「オリヴィエさまにも危険があるかもしれないと考えているんだね?」

「はい。リュディガー公爵がどのような理由で狙われたのかはっきりしない以上、アルウェイ公爵はもちろんオリヴィエさまを含む公爵家の人たちも危険ではないかと思います」


 同じ理由で、秘書官を務めるリリー・リュディガーもそうだ。

 すでに彼女には伝えてあるが、自衛手段を持っているから大丈夫だと言い、秘書官を辞めるという選択肢はないそうだ。


「僕も同意見だ。しかし、現状だと確証はなく、これといって尻尾を掴むこともできていない。もちろん、リュディガー公爵の一件がある以上、本格的に国に害をなそうとしていることがわかった」


 ならば各公爵家をはじめ貴族たちに注意を促すことも可能だろう。なによりも王宮に警戒するよう伝えなければならない。


「問題は、誰が正統魔術師軍に所属しているのか掴めないことだね」

「ですが、先日エルネスタが身元を確認し判明した襲撃者の家族はもう捕らえてあるんですよね?」


 聞くところによると、魔術師団員がテロに加担していたことは明らかにされていない。

 国民が怯えることもそうだが、潜んでいる仲間が息をひそめてしまっては、捕縛はもちろん見つけることすらできなくなるからだ。


「ああ、すでに僕が尋問した」

「家族も正統魔術師軍でしたか?」


 ジャレッドの問いかけに、トレスは首を横に振るう。


「彼らは代々魔術師至上主義の思想にかぶれていたようだが、正統魔術師軍に関しては知らなかった。無論、隠している可能性があるので尋問は続くが、家族を失ったことを嘆いていたので本当に知らないのだと思う。もし演技であれば大したものだ、僕には見抜けそうもない」




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