21.オリヴィエ・アルウェイとリリー・リュディガー 1.
婚約者が魔術師協会にいるころ、オリヴィエ・アルウェイは知己であるリリー・リュディガーと会っていた。
「時間を作ってくれてありがとう」
久しぶりに会ったリリーは、白いズボンとブラウスに袖を通し、ボーイッシュな雰囲気を露わにしていた。幼いころから体を動かすことを得意とし、兄たちに混ざって剣を学んでいた彼女にとってドレスよりも動きやすさを重視する服装が好ましいのだろう。
仮にも婚約者の秘書官なのだから、女の子らしくとまではいかずとも少年じみた格好はしてほしくないと嘆息する。
「挨拶が遅れてしまってすまない。わたしたちのせいでジャレッドを危険な目に遭わせてしまった」
「いいのよ。話は聞いているわ。リュディガー公爵領ではいろいろ大変だったみたいね」
本当は婚約者の命が危うかったことは少しもいいのだと流せることではないが、リュディガー公爵家やリリーが悪いわけではないとわかっているので、不必要な言葉は飲み込んだ。
「ジャレッドのおかげで父も命を救われた。感謝してもしきれない。本来なら、一族総出で感謝を伝えるべきなんだろうけど、きっと嫌がると思ってね。秘書官としてもだけど、リリー・リュディガー個人としてもお礼にきたんだ」
「宮廷魔術師として働いただけよ――と言いたいのだけれど、わたくしはまだジャレッドが危険な目に遭うことに慣れそうもないわ」
宮廷魔術師になるのだから今後もこのようなことが起きる可能性があるのだ、と自分に言い聞かせることで、胸に抱える不安を抑え込む。
「その感情は普通だよ。婚約者の危機に平然とできるほうがおかしいと思う」
「あなたのこともよ、リリー。一時はわたくしのせいで疎遠となっていたとはいえ、あなたにだってなにかあれば、わたくしは生涯悲しむわ」
「……ありがとう、オリヴィエ。不謹慎だけど、君がわたしのことを案じてくれて嬉しいよ」
形ばかりの婚約であれば、婚約者のことなど気にしない子女もいる。冷たいかと思うが、貴族の中には本当に家同士のためだけの婚姻があるのだ。オリヴィエは言うまでもなく、ジャレッドに恋心を抱いているのだとリリーは痛感した。いや、愛情と訂正するべきかもしれない。
彼女だけではなく、リリーもまた家同士の道具になることを拒み続けた――公爵家令嬢らしからぬわがままである。
「もう済んだことだから終わりにしましょう。ジャレッドもあなたたちもみんな無事だった。それだけでいいのよ」
「うん。そうだね、そうしよう」
用意されていた紅茶に小さく口をつけ唇を湿らすと、オリヴィエはリリーに少し険のある瞳を向ける。
「それで、今日はどうしたのかしら? まさかジャレッドに関する謝罪だけじゃないわよね?」
不意に態度を変えられてしまい戸惑うリリーはひしひしと嫌な予感を覚えた。
数年前、まだ親交があったころに覚えがあった。オリヴィエ・アルウェイは急に感情を切り替えることがあった。優しさを見せていたと思えば、急に厳しくなることも、怒りだすこともある。理不尽ゆえ、ではない。
性格的な癇癪であれば対応ができるのだが、彼女はいつも他者によって不機嫌となる。
つまり――リリーに思うことがあるのだ。だが、その前に、友人として案じていたことを伝えてくれたのだ。
「ど、どこか君の態度が素っ気なく思うのは気のせいかな?」
「いいえ、気のせいではないわよ。というか、わたくしの婚約者に正体を偽って近づく女に愛想よくできるはずがないでしょう」
「ついさっきまで優しい幼なじみだったのに」
「あのね、わたくしだって謝罪にきた相手を邪険にしたりしないわよ。でも、それは先ほどまでだから、今からは厳しくいくわよ」
「じゃ、ジャレッドには謝罪したんだよ?」
「当たり前よ」
謝っていなかったら屋敷から蹴りだしているわ、と明らかに怒っているオリヴィエに、違いないとリリーは苦笑した。
「先日、会ったときには驚いたのは言うまでもないわ。でも、あなたなりに理由があると言うからジャレッドにも黙っていたのよ」
「そのことはごめん、としか言えないかな。今日はね、オリヴィエに謝罪をしにきたと同時に――できることならジャレッドの側室になることを許してほしいとお願いにきたんだ」
「まあ、そうでしょうね」
事の発端はリリー・リュディガーがジャレッド・マーフィーの側室になるべく動きだしたことだ。公爵家の令嬢が――いくら問題児であろうと側室になるなどありえないと思っていたが、当の本人はこれでもかというほど本気だった。
事実、ジャレッドが本当に運命の相手か確かめたいと――年齢の割には少女めいたことを言い、そのために名前と年齢、そして性格までを偽って彼の秘書官になるべく近づいていた。
オリヴィエが知ったのは、婚約者の秘書官にリリーが決まってからだった。
彼女の行動力に驚かされたのは言うまでもないが、なにを理由にそうまでするのか不思議ではあった。
ジャレッドとリリーは秘書官になるべく面接をするまで顔を合せたことがなかったはずだ。にもかかわらず、彼女はジャレッドの側室になりたいとすでに思っていた。順序が逆である。
「驚かないんだね」
「だって、フーゴさまからお父さまにもう話がきているもの。ジャレッドのおじいさまにもすでに話はされているようよ」
「……自分で話をつけると言ったのに」
娘を思ってか、ジャレッドを気に入ったからか、早くも行動して起こしているフーゴ・リュディガーにオリヴィエは頭が痛い思いをするのだった。




