8.リュディガー公爵領での日々6. 夕食会.
夜、ジャレッドはリュディガー公爵家の面々とともに夕食を囲んでいた。
フーゴの子供たちとは屋敷に滞在中に顔を会せており、挨拶もしている。リリーの母たちとも同様だ。
明日の朝にはリュディガー公爵領を立つジャレッドたちのために夕食会を開いてくれたフーゴに感謝しつつ、改めて挨拶をするジャレッドたち。
その中にはプファイルもいた。
「ジャレッド殿、エルネスタ殿、プファイル殿は今回の領地の危機に力を貸してくれた恩人だ。俺たちリュディガー公爵家は恩を決して忘れない。この借りは必ず返そう!」
公爵の感謝の言葉とともに夕食会は始まった。無論、食人鬼の一件が起きたばかりであるため夕食会とは名ばかりで、普段と変わらない食事だ。
マナーは気にせず、談笑を交えて食事は進んでいく。意外なのはプファイルの作法は慣れている人間のものであり、フーゴの妻たちと笑顔を浮かべて言葉を交わす姿にジャレッドは驚かされた。
声を小さく尋ねてみると、
「ふん、暗殺する相手が貴族ならば近づくために必要なスキルだ」
と当たり前だと言われてしまう。
会話を楽しんでいる婦人たちも、まさか目の前の少年が暗殺者であることは知らないはずだ。
食事を終えると酒を中心にした飲み物が振る舞われた。ジャレッドとプファイルは未成年であることを理由に紅茶をもらう。
すっかり元気を取り戻したエルネスタはリリーと彼女の母たちと一緒にワインを飲んでいる。
ジャレッドとプファイルはフーゴと彼の息子たちと戦いに関する会話を交えつつ、リリーの姉や妹の紹介を改めて受けた。
「アルウェイ公爵家と違い、この一族の家族仲は悪くないようだな」
「……お前、口が裂けてもオリヴィエさまたちの前では言うなよ」
実際、ジャレッドも同じようなことを考えていたのだが、口にすることはしなかった。
ときどき遠慮なく言いたいことを言うプファイルが羨ましくなることもあるが、自分にはそんな勇気がないことを自覚している。
「あの、フーゴさま」
「ん? なんだ、ジャレッド殿。そろそろ酒がほしくなったか?」
「いいえ、違います。その、プファイルのことですけど」
フーゴが警戒なく家族に会わせていることに疑問を抱き尋ねようとすると、彼がいかつい顔に笑みを浮かべ、心配するなとジャレッドの肩を叩く。
「息子の何人かはプファイル殿がただ者ではないと気づいているようだが、あいつらも馬鹿ではない。余計なことを口にすることはないだろう。そもそも腹芸などできぬ奴らばかりだ。街道を外れた食人鬼の駆逐に参加していたこともありプファイル殿の技量に惚れ込んでいるだけなので心配することはない」
先日挨拶を交わした長男がプファイルにやや興奮気味に話しかけているのが目に映る。
彼はフーゴの後継者であり、剣技も優れていると聞く。食人鬼の襲撃の際には、ひとつの部隊を指揮し、父親が倒れたあとは兄弟を協力して打ちもらしがないよう的確な指示を出し、自らも駆逐戦に加わっていた。
兄弟からの信頼も厚く、後継者として信頼であるらしい。礼儀正しく、公爵家の長男であることを感じさせない気安さがある。フーゴによく似た心根の持ち主だった。
「あいつは強い人間が――いや、優れた人間が好きでな。同じくらい努力家が好きだ。今でこそ一族の騎士たちをまとめさせているが、騎士団に所属させていたころはハーラルトの奴に懐くなど面倒な奴だった」
リュディガー公爵とアルウェイ公爵は不仲ではないが、お互いをライバル視している。両者の娘からすれば、なんとも子供っぽいコミュニケーション方法だと呆れられているが、男など歳を重ねようが子供である。
跡継ぎである長男がライバルに懐いたことは父親として面白くなかったはずだ。
「話が逸れたが、プファイル殿がヴァールトイフェルの一員だと知られたとしても俺の家族にそれだけの理由で彼を害する人間はいない。まあ、言ってしまえば自分たちに害がなく、恩人でもあるプファイル殿になにかすることはないので心配するなということだ」
「それなら安心です」
「とはいえ、プファイル殿は随分とお困りのようだ。助けてくるとしよう」
息子たちに囲まれ笑顔が崩れかけているプファイルに苦笑しながら近づくと、フーゴはリリーに声をかけなにかを耳打つ。すると、彼女はプファイルを伴いこちらに近づいてきた。
「解放されてよかったな。笑顔が引き攣っていたぞ?」
「黙れ。あの武人どもがなかなか解放してくれなかったのだ」
苦い表情を浮かべるプファイルに、リリーが謝罪する。
「兄たちがすまない。父を含め武人らしく脳筋なんだ。ジャレッドはもちろん、プファイル殿にも興味があるみたいで、とくにプファイル殿は弓と矢で食人鬼を容易く倒し、剣の使い手としてもすぐれていたと聞いたから、その目で見ていた兄上たちの興味をいっそう強くしたようだね」
酒を片手に豪快に笑うフーゴと、食人鬼との戦いを話す息子たちは楽しそうだ。
公爵の息子たちは誰もが武人らしく体を鍛えており、容姿も整っているが、フーゴの面影を持っている。
「ねえ、ジャレッド……兄上たちに温めてもらわなくてよかったでしょう?」
冷たくなった体を裸の彼らに抱きしめられている光景を想像すると、なんとも言えない感情が込み上げてくる。ついリリーに頷いてしまうと、隣にいたプファイルが小さなメモと取りだしてなにかを書き留めた。
「ふむ。ジャレッドはリリー・リュディガーとおそらくエルネスタ・カイフに温めてもらった、と」
「……お前、なにしてるんだよ?」
「オリヴィエに報告すれば小遣いをもらえることになっている。感謝するぞジャレッド」
「おおおいぃっ! 暗殺者っ! 小遣い目当てで俺を危険に晒すつもりか!」
まさか小遣い稼ぎのために自分の情報を売られるとは思っておらず、新たなプファイルの一面を知り突っ込みを入れる。
なんだかんだとうまくいき過ぎているオリヴィエとヴァールトイフェルの後継者の関係に頭を痛くするジャレッド。リリーも「困ったな」と呟くもなぜか笑顔だ。
「オリヴィエに怒られるのはジャレッドに任せるとして、お母さまたちが君たちと話したがっているから、ほらこっちにもきてよ」
腕を取られ女性陣ももとへ連れていかれたジャレッドたちは、エルネスタを含めて会話に花を咲かせている婦人たちに挨拶をする。
「よかったわ、ジャレッド殿。こうして元気になってなによりです。さあ、こちらへ」
「ありがとうございます」
「プファイル殿もこちらへどうぞ」
「感謝します」
ソファーに腰を降ろすと、リリーの母が笑顔で話しかけてくる。若干酔っているのか、彼女の顔は赤い。
「改めてお話がしたかったのですジャレッド殿。この子を、娘をどうかお願いします」
「はい、もちろんです。秘書官としてリリーさまの力をお借りします」
「いいえ、秘書官の話ではありませんよ」
てっきり秘書官として続けることを決めている娘を頼まれたのだと思っていたジャレッドは、嫌な予感がして動きを止めた。
「アルウェイ公爵家にはこちらからお話をしますので、どうか娘を娶ってあげてください」
やはり側室の話だったことに冷や汗を流し、会話の流れを変えようとするも、
「もうお母さまったら。ジャレッドは自分の力で側室になるよう説得して見せるから心配しないで」
「立派になったわね。あなたは私の誇りよ、リリー」
「……あの、俺の前で堂々と言われても困るんですけど?」
リリーが止めようしてくれるのかと期待するも、目の前で側室になってみせると宣言されてしまう始末だ。間違いなく酔っている母親は、娘に感極まっている。
「はははっ、ジャレッド、困っているな。まあ俺の一族の家訓というべきか――ほしいものは正々堂々手に入れる」
「はぁ」
「お前の立場は理解しているし、色々と戸惑うこともあるだろうが、娘がオリヴィエを説得できたらよろしく頼む」
息子たちを引き連れたフーゴからも念を押され、挙句の果てには兄たちも揃って、
「ようやく訪れた妹の春だ。ジャレッド殿なら義弟として申し分ない。どうか妹をよろしくお願いする!」
リリーの幸せを願いだしたので、引き攣った笑みを浮かべることしかできない。
「ふむ、なるほど。興味深い」
そんなジャレッドの視界の隅で、メモをとっているプファイルはあとで殴ろうと決めた。
活動報告にて重要なお知らせがございます。
どうぞよろしくお願い致します。




