7.リュディガー公爵領での日々5. 甘さ.
リュディガー公爵家の中庭で、プファイルと軽く手合わせをしたジャレッドはタオルで汗を拭いながら体調が整ったことを確認していた。
明日には王都に戻ることが決まっており、もう少し経てばリュディガー一族と夕食会がある。もちろん、夕食会といっても名ばかりのもので、一緒にテーブルを囲むだけだ。
そもそもリュディガー公爵家は煌びやかなものを好まないらしい。偏見はあるものの華々しいものが好きな傾向にある貴族の中では変わっていると思えた。アルウェイ公爵もそうだが、ジャレッドの知る公爵家は控えめなのだ。
先日、食人鬼の群れが領地を襲ったことを考えると質素であることは好ましく、あくまでも応援にきてくれたジャレッドたちに礼をするという最低限の礼儀で夕食会は開かれる。
「やっぱり、プファイルの言うように地属性に集中したほうがいいのかもしれないな」
呼吸を整えながら簡単な手合わせとはいえ魔術を使ったものの、有効な一撃を与えることができなかったことを悔やむ。
本来、ジャレッドは魔術も戦闘も時間をかけて培ったものではない。恵まれた魔力と素晴らしい師のおかげで短期間で一角の実力を手に入れたのだ。しかし、先日魔力を解放し、石化魔術、身体能力強化魔術を使えるようになったことで戦法の幅が広がり、結果――中途半端になっている。
「石化魔術、身体能力強化と戦いに秀でているのだからそこを伸ばすべきではないか?」
隣で水を飲むプファイルが助言をくれるも、すぐに返事はできない。
今まで持っていなかった術を手に入れたことは嬉しいが、どこまで自分のものにできるのか不安だった。
古代魔術はまだ不完全なこともあり、燃費が悪い。これが今までの地属性魔術であればそうでもなかったのだが、大技である大地属性魔術を放つときと同等の魔力を持っていかれるのだから改善点が多い。
「身体能力強化は使いこなしたいと思うけどさ」
「けど、なんだ?」
「石化魔術はそこまで必要かって疑問なんだ」
一度石化してしまえば解除する方法を持ちあわせていない。先日の食人鬼のように倒すことだけを考えるのなら構わないが、対人戦では必ず相手の命を奪うこととなる。もし命を奪わなかったとしても、石化した肉体を元に戻せない以上、その人間は苦しむだろう。
敵対している人物ならば罪悪感も抱かずに済むのかもしれないが――バルナバス・カイフを思い出すと躊躇いが生まれる。
「ふん。相変わらず甘いことを言う。戦いとは常に敵と戦うものだ。ならば、石化だろうと身体能力強化だろうと使えるものは最大限に使うべきだろう」
「頭ではわかっているだけどさ」
「大方、相手を必要以上に傷つけたくないと言うつもりだろうが、それは甘さだ。貴様――バルナバス・カイフを石化したことで臆したか?」
「――ッ」
心中を当てられ、ジャレッドは唇を噛む。
「残された遺族、エルネスタ・カイフと会ったことで後悔が生まれたのか?」
「かもしれない」
「貴様は甘くなった。いや、弱くなったというべきだな。覚えているか――はじめて相対したとき、貴様は私を殺してでもオリヴィエ・アルウェイを守ろうとした。甘さはあのときもあった、だから私は生きている。だが、今の貴様はあのときよりも甘く、弱い」
プファイルの指摘に反論することはできない。
甘さはさておき、弱くなった自覚はある。オリヴィエと出会い、プファイルと戦い、その後も何度も苦戦し、死にかけた。
「お前を含めて敵が強かった。別に慢心していたわけでも、相手を舐めていたわけでもない」
「そんなことを言っているのではない。貴様は、オリヴィエに影響されているのだ。よい面も悪い面も、な。もっとも私自身がお前たちに感化され甘くなった自覚はある。だが――戦いでは甘さを捨てろ。すべての敵を殺せとは言わないが、己の命を守れるようになれ」
確かにプファイルは変わった。甘くなったとは思わないが、出会ったときのように人形めいた印象はもうない。
ときには感情的にもなり、口の悪いことを言う。プファイルという少年の一面だと思っていたが、彼にしてみるとそれは甘さだと言う。
言われれば思い当たる節もないわけではない。オリヴィエと出会う前は、失うものなどなく、敵に対して冷静に対処するだけでよかった。しかし、不器用な年上の婚約者と暮らすようになり、彼女の温かさを覚え――失いたくないもが増えた。
「俺って甘くなったのか?」
「ああ、甘い。初めて会ったとき、貴様はオリヴィエを守ろうとしながらも敵である私を必ず倒そうとした。利用価値がないとわかれば殺そうともした。だが、それを止めたのはオリヴィエだ。貴様は婚約者の影響を受けている。甘さも貴様には悪いものではないかもしれないが、戦いの中で甘さを持っていると危険であることは覚えておけ」
喉を鳴らして水をいっきに飲みほしたプファイルは、どこか心配するように表情を変え、
「日常では今のままでいいだろうが、戦いでは切り替えろ。守るべきものがあるのなら――どんなことをしてでも守れ」
「……プファイル」
「――ふん。私らしくなかったな。今の話は忘れろ。だが、やはり甘さを抱えたままでは強者ではいられない。よく考えろ」
それだけ言い残すと、彼は屋敷に向かい足を動かした。
残されたジャレッドは友人の助言を噛みしめ、自分がどうするべきなのかを考える。
「一応、言っておくが――」
「うん?」
「あくまでも私の考えでしかない。お前はお前なりの答えを見つけろ。甘くとも、後悔しないように強くあればそれでいいのだと思う。しかし、私は甘さを抱えたまま叩くことはできない」
「わかってるよ。俺なりの答えを見つけてみせるよ」
「答えが出たら教えろ――楽しみにしている」
ジャレッドが言葉を噤む前に、プファイルは屋敷の中へ消えていく。今度は足を止めることも振り返ることもなかった。
彼なりに自分のことを案じてくれていることを痛感した以上、中途半端な答えは出したくない。
ジャレッドはリリーが呼びにくるまで、中庭の一角に腰をおろして、自分のあるべき姿を思い浮かべるのだった。
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