9.リュディガー公爵領での日々7. エルネスタと.
にぎやかな夕食会を終え、一息ついていたジャレッド。明日のために早めに寝ようとすると、窓から屋敷の庭でひとりたたずむエルネスタを見つけた。
気になり庭へ向かうとこちらに気づいていない彼女に声をかける。
「眠らないんですか?」
「ジャレッドさま?」
夕食時と変わらない姿のエルネスタは、ワインを飲んだせいか少し頬が赤い。
「俺が言っても説得力はないけど、病み上がりなんですからちゃんと休まないと」
「すみません。自分ではなんともないと思うのですが、記憶がないので不安で……寝ようと思っても眠れませんでした」
「無理もないと思います」
「あの……っ」
なにかを言おうとして顔を上げたエルネスタだったが、言葉に迷ったのか口を噤んでしまう。
だが、すぐに再び口を開いた。
「よろしければ少しお話をしませんか?」
「もちろん」
二人は噴水の淵に並ぶように腰を降ろす。
上を向けば星がきれいだった。リュディガー公爵領はウェザード王国の最北部に位置するため、王都に比べて涼しい。空気も澄んでいるのか今まで見た夜空とまた印象が違う。
エルネスタの言葉を待ちながら、しばらく星を眺めていると、
「はじめてお会いしたとき、私は感情に任せてジャレッドさまに色々なことを言ってしまいました。ごめんなさい」
彼女の口からこぼれたのは謝罪の言葉だった。
「気にしてませんよ。理由はどうあれ、俺は加害者であなたは被害者の家族だ。感情的にならいほうがおかしいです。でも、どうして急に?」
「先日、戦うあなたの姿を見て、かつての兄を――いいえ、兄たちを思い出しました」
エルネスタは懐かしむように目を細める。
「まだ宮廷魔術師候補として正義感と夢に燃えていた兄の姿が思い浮かびます。トレスさまや、他の友人たちと国のために、魔術師のために、国民のために語り合っていました」
「俺には正義感も夢もありません。戦うから、戦った。それだけです」
バルナバス・カイフのように宮廷魔術師になることを夢見たことはなく、高潔な目的も持っていない。ジャレッドは、仮に宮廷魔術師になれなかったとしても、残念だと思うくらいで気持ちを切り替えることができるだろう。
彼はできず、復讐に走った。ブラウエル伯爵に陥れられたことも彼の怒りを助長させた。
気持ちをわかるとは言えないが、理解ができないわけではない。バルナバスは自分のためもあっただろうが、国と民をも考えていた。だが、本来国と民を守るべき貴族と魔術師協会の職員たちによってすべてを失ったのだ。思い入れが強ければ強いほど、怒りも大きくなったのだろう。
そんな彼を思い出させる要素が自分のどこにあったのか不思議に思う。
「ですが、――ジャレッドさまは多くの人を救いました。あなたがいなければ、救えなかった命もたくさんあったでしょう」
「そう言ってもらえるなら、嬉しいです」
「兄は志こそ高かったですが、自己評価の低い人でした。やはりあなたと似ています」
自分では自己評価を低くしているつもりはないが、エルネスタの目にはかつての兄と似ているようだった。
彼女がバルナバスのことを口にするたび、胸に小さな痛みが走る。
「もうジャレッドさまのことを恨んではいません」
「――え?」
「身勝手な感情をぶつけてしまい本当にごめんなさい。そして、改めて――兄を止めてくれてありがとうございました」
エルネスタは優しく微笑んでから頭をさげた。
なぜか憑き物が落ちたような彼女の笑顔にジャレッドは戸惑いを覚える。
「……どうして?」
言葉足らずな問いかけに、エルネスタが応える。
「ジャレッドさまは兄のことで苦しんでくれました。誰もがあなたを悪くないと言うでしょう、実際に非はありません。それでも、私たちのために、兄のために罪悪感を抱き苦しんでいます。それだけで私たちは救われます」
ですが、と彼女は続けた。
「もう兄のことで罪悪感を抱かないでください。道を間違えた兄をジャレッドさまが糺してくれました。そのことに感謝しています。ですが、もしも――ジャレッドさまが罪悪感を消すことができないのなら、民のためにもよき宮廷魔術師なってください。かつて兄がめざしていた理想です」
「……俺は、自分がそんな立派な人間になれるのか自信がないけど――努力すると約束するよ」
「はい。それだけで嬉しいです」
エルネスタが穏やかな表情を浮かべるのを目にし、ジャレッドの心が少しだけ軽くなる。きっと罪悪感がなくなるのはずっと先だと思うし、もしかしたら消えることがないかもしれない。
それでも約束したように、よき宮廷魔術師を目指すことで彼と遺された遺族のためになればいいと願う。
「なあ、エルネスタ――」
「え?」
リリーの助言を受けていたので、意を決意して呼び捨ててみる。
突然のことに驚いた顔をするも、嫌がっている感じはない。
「約束を果たすためにも、これからも秘書官としてよろしくな。それと、ジャレッドさま――なんて堅苦しく呼ばなくてもいいから」
「……ありがとうございます。では、公の場以外では――そうですね、ジャレッドくんと呼ばせていただきますね」
ようやくエルネスタと距離が縮まった気がして、ジャレッドは優しく微笑み、頷くのだった。




