46.Epilogue.
エルネスタ・カイフはリュディガー公爵家から離れ、街の中を歩き、夜風を浴びていた。
「ジャレッドさまは、かつての兄のような方だった」
今回の一件は、エルネスタにとってジャレッドを知ることができたものとなった。もちろん、被害に遭った人々を思えばよかったなどと口が裂けても言えないが、彼女にとって得るものがあったのは事実だ。
かつて、兄バルナバスが宮廷魔術師候補となり、純粋に宮廷魔術師を目指していたことを思いだせた。
親友のトレスと魔術師の将来を考え、強さを求めながらも正義を求めていた。
「兄を失ってから、思い出だけが鮮明に浮かぶのね」
ジャレッドが正義感で行動をしているわけではないとわかっているが、彼が身を挺して領民と領主を守ろうとした姿勢は尊敬に値する。兄が目指した姿ではないかと思えた。
理想を掲げていたバルナバスと違い、魔力があるから両親に言われるまま魔術師の訓練を受け、王立魔術師団に属したエルネスタには眩しく映った。
重傷だったジャレッドを目にしたときには血の気が引いた。兄のように、彼まで失ってしまうのかと怖くなった。
無事に彼が目を覚ましたときの安堵は言葉にできない。
気づけば、彼に抱いていた理不尽な恨みは消えていた。今、エルネスタの心の中に残っているのは、兄を止めてくれたジャレッドへの感謝の気持ちだけ。
――これで前に進める。
憑き物が取れたように晴れやかな顔をしたエルネスタが、屋敷に戻ろうと踵を返したときだった。
「エルネスタ・カイフ――君を迎えにきた」
「誰っ!」
暗がりの路地で急に名を呼ばれ、警戒心を露わにして声の主を探す。
魔術師至上主義者たちの組織である正統魔術師軍の存在がわかり、王立魔術師団の一員が属していることが判明したせいもあり、彼女にとって信頼できる人は限られてしまった。
そのせいもあり、いつでも魔術を放てるよう集中する。
「警戒する必要も、敵意を抱く必要もない。私はただ、君を迎えにきただけだ」
「……あなたは」
闇の中からひとりの男性が現れ、エルネスタは目を疑った。
耳にかかる程度に伸ばされた金髪と、氷のような青い瞳。三十半ばに見える外見よりも、少し歳を取っていることを彼女は知っていた。魔術師らしくローブを身に纏った姿は王立魔術師団に属する者なら知らぬはずがない。
ここにいるはずのない人物の登場に、彼女は震える声で名を呼ぶ。
「レナードさま……どうして、あなたがここに?」
王立魔術師団団長を務めるレナード・ギャラガーがそこにいた。
突然過ぎる、上司の登場にエルネスタの混乱が極まる。
「迎えにきたとは、どういう意味ですか?」
「バルナバス・カイフの妹である君は私たちの同志になる資格がある。ともにこい」
「まさか、あなたは――正統魔術師軍に関わりが?」
震える声で問うと、レナードは表情を変えず首肯した。
「せっかくのお誘いですが、断らせていただきます」
「君に拒否権はない」
「大声をだせば、あなたの立場も悪くなると思いますが……ジャレッドさまと戦うつもりですか?」
この場で大きな声をだしても屋敷にいるジャレッドには届かないだろう。
エルネスタの実力では、レナードに勝てない。姿を見せ、正統魔術師軍に関係していることを明かした以上、ただでは済まされないはずだ。
情報を得ることもできず、ただ殺されることを避けるため、彼の名を伝えることで短慮な行動に走られぬよう釘を刺したつもりでいた。
「――弟の仇だ。生きていると知ったときには驚いたが、なかなかやるものだと感心する。あの少年の生存が確認されたことで、君を早く迎えることを決め、私自らが直接こうして目の前にいる」
しかし、ジャレッドの名を聞いたレナードは静けさを帯びていた顔を、憎悪に染める。
「わざわざお手間をかけさせてしまいすみませんが――お断りします。反逆者に与するつもりはありません。私は、王立魔術師団員です。国に仕えているのです!」
「ふっ――君は、兄と同じことを言うのだな」
歪んでいた表情から一変し、苦笑を浮かべた彼の言葉にエルネスタは戸惑った。
「兄を知っているのですか?」
「無論。彼にブラウエル伯爵の不正を教え、復讐するよう道を示したのが私だ」
「――なっ」
彼女は絶句した。
兄がどこでブラウエル伯爵の不正を知り、復讐に走ろうとしていたのか知らなかった。だが、まさか王立魔術師団団長の手によるものだとは夢にも思わなかったのだ。
「あなたがっ、兄をっ――唆したのか!」
怒りで視界が真っ赤に染まる。
魔力を体内から吹きだし、風を巻き起こす。地面を蹴り、レナードに肉薄すると至近距離から風の塊を放とうとするも――、
「無駄だ。やめておけ」
魔力を帯びた腕を簡単に捕まれ、魔力を散らされてしまう。
どのようなすべて発動しかけた魔術を無効化されたのかわからないが、せめて一撃ともう片方の腕を使い拳を放つ。
しかし、やはり掴まれてしまう。
両腕を押えられ、身動きが取れなくなったエルネスタに、落ち着きのある声が諭すようにかけられた。
「そう怒る必要はない。私と君は同志である。そして、マーフィーに兄弟を奪われた被害者だ。私は奴のせいで、弟を自らの手で殺さなければならなかった」
「黙れ! あなたの弟のことなど知るか!」
「ならば知っておけ。弟の名はジリル・ギャラガー。表舞台には出ずとも、私の影となり働いてくれた大切な半身だ。ジャレッドと戦い、石化しながらも彼の命を奪ったと思われていたが―――残念なことに、彼は生きていた」
「ジャレッドさまとリュディガー公爵を襲ったのはあなたの弟!?」
ならば自業自得だとエルネスタは吐き捨てた。
兄を失う原因を作った男の家族に同情などしない。それ以前の問題として、彼らは犯罪者だ。
「これでわかっただろう。マーフィーさえいなければ私たちは兄弟を失うことがなかったと」
「ふざけるな! 兄は復讐さえしなければ死ななかった! 唆しておきながら、自分は悪くないと言うつもりか! ジャレッドさまが、兄を奪ってしまった罪悪感を抱き、それでも逃げずに私を受け入れ向きあおうとしてくれているんだ! それを、よくもあの人だけが悪いような言い方ができるな!」
もう団長に対する敬意などないとばかりに、感情のままエルネスタが怒鳴る。
唾を飛ばし、なんとか腕を解き放とうともがくも、レナードの力は緩む気配がない。
「お前などと一緒にするな!」
なにもできないエルネスタは、悔しさからもっとも大きな声で拒絶する。
「ねえ、パパ――もういいんじゃん。説得するだけ、無駄じゃない?」
刹那、またしても闇から新たな人物が現れた。
大陸では珍しい黒髪を伸ばし、ツインテールにした少女だった。年は十五、六歳ほどだ。あどけない笑みと、かわいらしい容姿を持っていた。
まったく気づくことができなかった第三者にエルネスタが体を強張らせた。
「邪魔をするな――と、言いたいが、お前の言うとおりかもしれぬ」
「なら早くやっちゃおうよ?」
嗜虐めいた歪んだ笑みを浮かべる少女にレナードが頷く。
「だが、まだ黙っていろ」
「はぁい」
「さて、邪魔が入ってしまったな。これが最後だと思え――エルネスタ・カイフ、私たちとともにこい。マーフィーを恨む者は同志にもいる。私たちとともに彼を殺し、実力の伴わない宮廷魔術師たちを引きずり降ろそう。そして、王を、貴族を、すべて排除しようではないか!」
「狂っているわ――そんなこと、できるはずがない」
瞳に狂気を浮かべ、決して間違ったことをしていないと確信しているレナードを恐ろしく思いながらも、エルネスタあらん限りの勇気を総動員して言うべきことを言った。
「私はお前たちの仲間なんかにならない!」
「そうか……残念だ。やれ」
「はぁい、パパっ」
逃げようとするもエルネスタの腕はレナードに捕まれたまま動けない。
せめて自分の身がどうなっても構わないから、敵の正体を伝えたい。そう願うも、抵抗は虚しく終わる。
抗い続ける彼女の胸に、少女の指先が光り魔力が放たれた。
「私たちの同志になることを拒むのであれば、力づくで従ってもらう。このような結末になり、とても残念だ。エルネスタ・カイフよ」
魔力光を受け、意識が遠のいていく。
「ジャレッド、さま……リリー、さん……お兄ちゃん……たすけ」
薄れゆく意識の中で助けを求めるが、彼女の声は誰にも届かず、消えていった。




