45.戦いのあと 親馬鹿.
フーゴの言葉にジャレッドは驚くも、予想していないわけではなかった。
敗北した相手こそ見覚えがなかったが、先日トレスから王立魔術師団内に魔術師至上主義者がいることを聞いており、彼はそれを暴こうとしている。
とはいえ、トレスの任務をフーゴに軽々しく話していいものかと考え、口にはしなかった。
この話が終わったら王都のトレスに伝えなければいけない。
「残念です」
「まったくだ。だが、やはり王立魔術師団という魔術師のエリートに属していれば、少なからず賤民意識は持ってしまうんだろうな。騎士団だって、同じようなものだ。しかし、過激な思想や行動は起こさない」
「その違いがあまりにも大きすぎますね」
まったくだ、と二人そろって頷いた。
騎士団員は、騎士の中でも実力を持ち、国に仕えることができるエリートだ。ゆえに、プライドは高く、ときどき問題も起こす。だが、騎士以外を排除しようと思うような危険思想は今のところ聞いたことがない。
おそらく、生まれ持った魔力の有無の違いなのか、それとも魔術師至上主義者を支配している人間の思想ゆえか。
「もともと魔術師至上主義者どもに、過激思想の連中が集まって徒党を組んでいるという情報はあった。王宮はもちろん、魔術師協会、騎士団でも話に上がるほどな。だが、奴らは水面下で行動しているせいで尻尾を掴めないどころか、目立つ行動さえ起こさなかった」
「ですが、ここにきてなぜか動きだした。それも、魔術師以外を排除するなんて馬鹿げたことを掲げて、ですか。頭が痛くなりますね」
なぜそのような結論に至ったのか理解に苦しむ。同じくジャレッドも魔術師ではあるが、奴らの考えに呆れるほかなかった。
「まったくだ。だが、行動を起こした以上、もう犯罪者だ。奴らを必ず暴き、潰してくれる!」
領地を襲われたフーゴの怒りが痛いほど伝わってくる。
正統魔術師軍を名乗る危険人物たちのせいで壊滅した町だってあるのだ。彼の怒りは正しく、被害に遭っても事情を知らない人々の分まで感情的になっていた。
「お手伝いできることがあれば言ってください。俺にとっても、これは他人事じゃありません」
「感謝する、ジャレッド殿。お前がいれば心強い!」
魔術師至上主義者はなにもウェザード王国に限定して存在するわけではない。しかし、他国の魔術師至上主義者と繋がりがあるとも思えない。国によって魔術師に境遇は似ているが違うこともある。
今回の関係者は、国内の人間だろうと予想していた。
王立魔術師団員がメンバーだったことくらいしか証拠はないが、襲撃者が自分のことを知っていたことなどからそう判断するのが自然だ。
もっとも奴らは魔力を持たない王族貴族を排そうとしているのだ、どこの国の人間であろうと、誰であろうと許されるはずがない。
なによりも奴らの行動が本格化すれば、貴族であり魔力を持たないオリヴィエたちも標的になるだろう。ジャレッドには、正統魔術師軍を潰さなければならない理由があるのだ。
「被害に遭った領民のために、これから巻き込まれるかもしれない民のために、正統魔術師軍を潰さなければならない!」
これからどの程度の規模で正統魔術師軍が動くか不明だが、魔術師協会はもちろん、魔術師至上主義者を追っているトレスにもいち早く連絡をすることを決める。
王宮にはフーゴが伝えるだろう。今はとにかく情報が足りていない。それが問題でもある。
現状では、今回のように後手に回ることとなる。それは避けたい。
「ところで、身元の判明した彼らはどう扱いますか?」
「正直、扱いに困っている。大々的に反逆者だと明かせば、他の奴らが警戒して動かんだろう。今は、秘密裏に事を運びたい」
「懸命な判断だと思います」
「すでに人を使い、奴らの家族を捕縛するよう命じてある。魔術師至上主義者に魔力を持つ家族がいるのなら、多くの場合が親から子に思想が受け継がれている。ただ自分たちを選ばれた存在だと思うのなら勝手だが、正統魔術師軍に属しているのなら捕縛しなければならない」
「おそらく奴らの交友範囲にも似た人間はいるでしょう」
「ああ。そちらは調べるくらいが限界だが、監視をつければいい」
手間はかかるが、事を起こせばすぐに捕縛できる。誰かと通じている現場だって抑えられるかもしれない。空振りとなるデメリットはあっても、対応する侯爵の考えは正しい。
「今できることはすでに手を打っておいた。巻き込んでおいて悪いが、あとはこちらに任せてもらっていたほうがいいだろうな」
「わかっています」
今回はあくまでも食人鬼の群れを倒す応援として呼ばれただけである。
正統魔術師軍を名乗る組織が現れたのは予想外であり、今は学生でしかないジャレッドでは介入することも難しい。
フーゴも悪いと思っているのか、表情は苦々しい。助けられておきながら、任せろと言わなければならない自分の立場に思うことがあるようだ。
「すまない、気を悪くしないでくれ」
「いいえ、お気づかいくださってありがとうございます。ですが、大丈夫です」
いずれ自分が生きていることがわかれば、再び接触があるだろう。
トレスが予想するよりも早く、過激なものとなったが、こちらを害するつもりであるのなら容赦するつもりはない。
今回こそ、消耗したところを突かれ敗北という結果となったが、生きている。ならば、同じ失敗はしない。
「その、大きなお世話かもしれませんが、リリーさまを秘書官から外しますか?」
「ん? いや、その必要はないぞ。気にしてくれるのはありがたいが、娘が望んでいるのだから存分に使ってやってくれ。俺からジャレッド殿に情報を送るときに信頼できる伝手がほしかったのでちょうどいい」
「ですが、危険では?」
「俺の領地にいたってそれはかわらん。魔獣、蛮族、正統魔術師軍、戦う相手はたくさんだ。俺とジャレッド殿のどちらに近くとも巻き込まれるのは必須だ。気にかけてくれて悪いな」
いいえ、とジャレッドは首を横に振った。
すると公爵が、思いついたとばかりに身を乗りだす。
「追々、機会を作って話すつもりだったがちょうどいい――娘の話をしよう」
「はい?」
「ジャレッド殿にはオリヴィエがいることは承知している。それと従姉妹殿もいたな。だが、リリーには幸せになってもらいたいという俺の親心を酌んでくれると嬉しい」
困った。いきなり話が急展開してしまい、対応できない。
「男に興味がないと思っていたあいつが、はじめて好いたのがお前だ。正直に白状させてもらうと、わざわざ側室になってまで――と思いもしたが、秘書官になってでもそばにいようとするなど行動力に驚かされた。素性を偽っていたことは、親の俺からも謝罪する。どうか邪険にしないでやってほしい」
「別に邪険にしたつもりは……」
「もちろん、わかっている。俺からこんな話をされても迷惑なこともな」
別に迷惑だとは思わないが、どう返事をしていいのか迷うのは事実だ。
ジャレッドにはオリヴィエがいる。彼女と彼女の家族を守ると約束してもいる。大事な人だと思っているし、同じようにイェニーだってそうだ。
彼女たちのいないところでこうして別の女性に関する話をすることも、正直躊躇われた。
リリーが嫌だとか、そういう話ではなく――もともとジャレッドは結婚などの話に疎いのだ。
オリヴィエの場合は、有無を言わせない状況から巻き込まれ、自分で決めた。イェニーの場合は、自分の知らないところでオリヴィエと会っていたことと、アルウェイ公爵家の問題に巻き込まれた妹分のためというのもある。
しかし、今では二人とも大切な存在だ。
「悪いな、困らせたくなかったんだが、やはり親として伝えておきたかったんだ」
「いえ、謝らないでください」
「近いうちに、ハーラルトの奴と会うことにしている。オリヴィエにはリリーから話をさせることにした。勝手に決めて悪いが、お前が答えを出す前に話をさせてくれ。それに、リリーを嫁にもらうことが、そう悪いことになるとは思わん」
「え?」
フーゴの言葉の意味がわからず、つい間抜けな声をあげてしまう。
「俺は、今回の礼を兼ねてジャレッド殿のうしろ盾になることを決めていた。もちろん、オリヴィエという婚約者がいる以上、誰もがアルウェイ公爵家がお前のうしろ盾であり、最大の支援者だと思うだろうな」
「そう、ですね。俺としてはあまりご迷惑はかけたくないのですけど」
「なんだ、ジャレッド殿は権力が嫌いか? 若い男には珍しいな」
権力云々は考えたことがない。男爵家の家督を継げない長男だったのだ。今まで貴族らしく振舞ったこともないのだ。
宮廷魔術師になれば伯爵の位が与えられるが、それさえ理解の範疇を超えている。だと言うのに、公爵家のかかわりが増えることを考えると、思考が止まる。
「リリーが側室としてジャレッド殿の婚約者のひとりとなれば、俺も大腕を振って力になれる。若き魔術師を疎ましく思う輩はどうしても現れるだろう。俺もハーラルトも騎士団よりではあるが、力になれることは多いはずだ」
「お力になってくれるのはありがたいのですが、まだ宮廷魔術師にも正式になったわけではないですので、なんとも」
「いや、リリーはジャレッド殿が宮廷魔術師にならなかったとしても想いは変わらんさ。若干男勝りなところがあるが、あれで器量もよい。あのオリヴィエとうまくやっていけるのなら、ウチのリリーちゃんだって問題はないはずだ」
――今、この人……リリーちゃんって言ったよ!
いかつい武人から発せられた言葉の中に、信じられないものが混ざっていて目を見開いた。
「本音を言えば、娘の幸せを願う親として、どうか嫁き遅れになる前にもらってほしい――頼む、ジャレッド殿、いや、婿殿!」
ジャレッドは確信する。フーゴ・リュディガーという男は、親馬鹿であると。
「今なら、目に見えて贔屓してやるぞ?」
「いやいや、駄目ですから!」
「娘のためなら構わん!」
冗談なのか、本気なのか――おそらく本気だと思われるが、なりふり構わず娘を売り込み始めた公爵に、ジャレッドはただただ苦笑いを浮かべるだけだ。
その後、娘自慢と彼女の逸話を語りだしたフーゴは、深夜になって心配したリリーが部屋を訪ね、父の所業に制裁行為を与えるまで止まらなかった。
顔を真っ赤にして謝るリリーに、ジャレッドは「気にしないで」としか言えず、どっと疲れることとなる。
だが、かつてのオリヴィエとは違い、親子仲がいいとわかるフーゴとリリーの関係に、つい笑みがこぼれるのだった。




